20:00

いただきます。


この家では誰も言わなくなってしまった言葉。


それを1人で呟き、ファミリータイプの大きなダイニングテーブルで1人分の食事を食べる。


…夏休みはすごい楽しかったな。


1人でやりたいことを出来る空間があって、好きなように時間を過ごせて、途中からは私のお兄さん日向 一ひゅうが ひとの引越した先で暮らしていた瑠愛さんの家でたくさんの人とご飯食べたの。


また、あの夏休みに戻りたいって思うけど、そんなこと出来ないんだよな。


私はさらに味が落ちた気がするロールキャベツを食べ終えて、お皿洗いをしていると仕事終わりのお父さんが帰ってきた。


天「おかえり。」


父「ああ。」


そう言ってお父さんはポスト入っていたチラシをゴミ箱に捨てていつも通り服を着替えに行った。


いつからお父さんって『ただいま』も『おかえり』も言わなくなったんだろうなと思っていると、お風呂から上がったお母さんが水分補給をしにキッチンに来た。


天「今日は鶏肉にしたんだね。ヘルシー志向?」


私はお母さんのご機嫌を伺うため、2日ぶりに挨拶以外の言葉を発してみた。


母「…あれ?鶏肉だった?」


天「え?うん…。美味しかったよ。」


母「あの人、まだ帰ってきてない?」


と、お母さんは急に慌てだし、パジャマのポケットに入れていた髪ゴムで髪の毛をまとめだした。


天「今さっき帰ってきて着替えに行ったよ。」


母「そう…。ちょっと手伝って。」


そう言ってお母さんはグリルパンを取り出し、冷蔵庫から牛の大きなステーキ肉を取り出した。


母「にんじん、ブロッコリー、芽キャベツ。湯通しして。」


天「…はーい。」


私はお母さんに言われた通りにお父さんの食事を準備していると、お父さんはリビングの扉に付いているガラス越しから横目でこちらを確認するとそのままお風呂に向かってしまった。


あーあ…、もうこのあと喧嘩になるの確定じゃん。


私はその喧嘩に巻き込まれたくないがためにビールグラスを冷やしたり、おつまみをお皿に盛って最低限のお手伝いをして自分の部屋がある上の階へ逃げる。


すると、ちょうど2人の揉め合う声が聞こえ始めた。


私は衣装代としてもらったワイヤレスイヤフォンを耳につけていつもより大きめのサラウンドでクラブミュージックを流す。


そうしていればずっとうるさいし、音が止まることは一度もない。


好きっていうわけでもないけど、この家ではよく聞くこのプレイリストに飽き飽きしながら私は明日からお世話になるお兄ちゃんの家へ持っていく荷物を物音立てずに準備することにした。



環流 虹向/天使とおこた

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