第218話 52日目②徳助の隠し財宝



 ガクちゃんから美味しいとお墨付きを貰ったスープの器を両手で持ってすすりつつ、あたしが作った炒め物をガクちゃんが口に運ぶのを気にしてない風を装いながら全集中で見守る。


「……みさち、そんなに血走った目でガン見されるとさすがに食いづらい。俺は検定の試験官じゃないんだからもうちょっと肩の力を抜けって」


 バレてた。そもそも全然隠せてなかった。


「……おぅふ。だってぇ、やっぱりガクちゃんがどんな反応するか気になるんだもん」


 今までもガクちゃんから食事の一品を任されることはあったけど、全部のメニューを一切ガクちゃんの監修なしで作ったのはこれが初めてだからやっぱり気になる。


「……まあ、気持ちは分からんでもないけどな。でも、ちゃんと味見はして美味しく出来てたんだろ?」


「そ、それはもちろん」


「なら心配しなくて大丈夫だ。みさちは味音痴じゃないからちゃんと美味しく出来てるに違いないさ」


 そう言いながら炒め物をパクリと食べ、箸を握ったままの右手でサムズアップ。


「うん。旨い!」


「よかった」


「……ほー、出汁だしを取った後の出汁ガラの煮干しも炒め物に入れたのか」


「うん。味は無いけどカルシウム補給にはなるし、歯ごたえのアクセントにいいかなって」


「なるほど。たんぱく質も摂れるし、元々火は通っているものだから生臭さは無いし、他の具材と味で喧嘩してもいないし……ふむ。俺は今まで出汁ガラの煮干しをこういう風に使ったことはなかったけど、悪くない……というか普通にアリだな。……味付けはこっちも塩麹か。干し貝と干しエビと干しシイタケの旨味も相まって中華炒めっぽくていい感じだな。ただ、ここまでするなら葛粉でとろみをつければもっといいと思うぞ」


「あ、そうか。そうだね。覚えとく」


「スズキの塩焼きの塩加減と焼き加減も絶妙だな。これも味付けは塩麹か?」


「そうだよー。前にガクちゃんがテリーヌを作った時に、個性の違う食材の組み合わせでも共通の味で統一感を出せるって教えてくれたでしょ。これは焼き始める直前まで切り身を塩麹に漬け込んで下味を付けてたんだけどどうかな?」


「……ずいぶん前にちらっと言っただけのことをよく覚えてたな。確かに共通の味付けの土台があれば統一感は出せる。だが、例えばキムチやカレーみたいな濃すぎる味をベースにすると全部同じ味になってしまうという落とし穴もあるんだ。その点、個性の強くない塩麹を共通のベースにしたのは大正解だな。統一感がありつつもそれぞれの個性がちゃんときてて味の多様性のバランスがいい。このスズキの塩麹焼きも冷蔵熟成だけではここまでの旨味は出せないから塩麹がいい感じに旨味を補完してただの塩焼きよりずっと旨くなってる。うん。みさちは塩麹の使い方が本当に上手いな」


「そう? えへへ。……白状するとそこまで深く考えて塩麹を使ったんじゃなくて、普通の塩に比べて塩加減を気にせずに使えて楽だからなんだけどね」


 塩麹は初めからほどよい塩加減になっているから、たっぷり使っても塩辛くならない。しかも旨味が強いから普通に塩で味つけるよりずっと美味しくなる。雑に使っても美味しくなるなんてまさにあたし向きの万能調味料だよね。


「なるほど。たしかに塩麹は調味料としては味薄めだから塩味が濃くなりすぎる心配はしなくていいな。でもな、逆にたっぷり使わないと物足りなくなるんだ。普通の塩での味付けに慣れてる人間だとそのたっぷり使うのに躊躇ためらってしまってついつい控えめに使って失敗しがちなんだが、みさちの場合、普通の塩での味付けの匙加減がまだ分かってないのが逆に幸いしたんだな」


「あー、確かにそうかも」


「とはいえ、絶妙の塩加減で本当に旨いのは本当だ。朝から愛する嫁さんの美味しい料理を堪能できる俺は幸せ者だなー。こんなに幸せでいいんだろうか」


 本当に嬉しそうな顔でしみじみ言うガクちゃんにこっちも嬉しくなる。


「いいんだよ。手料理を旦那さまが美味しいって喜んで食べてくれるのを見てヨメも喜んでいるんだから。……これからも時々作ってもいいかな?」


「もちろんだ。日々の生活の楽しみが増えるよ」


「えへへ。あたしも楽しみ! 作れるお料理のバリエーションも増やしたいな」


「そっかー。なら少し余裕が出来たら食材の選択肢を広げるためにも徳助氏の隠し財宝を探しに行ってみるか」


「隠し財宝? ……ああ、大叔父さんが箱庭のあちこちに植え付けたっていう作物のこと?」


「おう。それだ。一瞬で気づくとは察しがいいな。それにしても……徳助氏ってみさちと本当に血の繋がりを感じるよな。やってることが同じだもんな」


「う、あたしもそう思ってたから否定はできない。大叔父さんも本土でしばらく生活してからのリターン組だから、先細りの島の未来をなんとかしたいって色々模索してたんじゃないかな」


「本当に惜しい人を亡くしたもんだ。もし生きてたら美岬と意気投合してめっちゃ可愛がってくれただろうに」


「あはは。そうかもね」


 大叔父さんの遺したノートには、将来役に立つかもしれないからと色々な食用植物や有用な植物を持ち込んで育ちそうな環境の土に植えたという記録もあった。具体的にどこに何を植えたとかは書かれていないけど、もし上手く定着していて、あたしたちが見つけることができたら料理のバリエーションがますます増えることになる。


 大叔父さんのノートを読んだからこそ納得できたこともある。潮や鳥や風によって運ばれて来たとは到底思えない、かといって元からこの島に自生していたとも思えない出所不明の植物がすでにいくつか見つかっている。


 筆頭は地中海原産のミツカドネギだ。ミツカドネギは一度侵入を許すと爆発的に増える侵略的外来種だけど、さすがに海は渡れないし、日本に入ってきたのも比較的近年だから大昔の先住民が持ち込んだとも考えにくい。そして、あたしが見つけたコロニー以外の場所ではまだ見つかっていない。そう、まるで誰かがそこに数十年前に一株だけ植えてそこから増え広がったかのように。


 ジュズダマもそう。大叔父さんのノートを読むまで疑問にも思わなかったけど、そういえば、ここのジュズダマは日本で普通に見かける野生種のものより株も穀粒も大きく、殻も薄いので割と殻剥きしやすい。これは、どちらかといえばガクちゃんが教えてくれた栽培種のハトムギの特徴に近く、ハトムギとジュズダマの中間種のような感じになっている。これはジュズダマがハトムギに寄っていったというより、最初にハトムギが植えられて先祖返りでジュズダマに戻りつつあるという方が、遺伝の法則的には説明がつく。



 秋になって芽吹き始めるまでミツカドネギに気づけなかったように、時期的なものもあるので現時点では見つけられないものもあるかもだけど、逆に今しか見つけられないものもあるかもしれない。そんなあたしたちにとっては隠し財宝ともいえる大叔父さんが植えた作物を探すのはかなりワクワクする経験になると思う。


「ふふ。なんかオラ、ワクワクしてきたっす。いったいどんなお宝が出てくるんだろうね?」


「ああ、楽しみだな。彼が遺してくれた遺品だけでも俺たちにとっては本当に必要なものばかりだったんだ。きっと植物も俺たちにとって本当に役に立つものなんだろうな」


「あ、ちなみに今までに見つかっているものだと、ジュズダマとミツカドネギも大叔父さんが持ち込んだものだと思うよ」


「え? ミツカドネギは納得だが、ジュズダマもそうなのか?」


「うん。ここのジュズダマって普通の野生種より粒が大きくて数も多くて、殻も割と薄いでしょ? これは元々ハトムギとして植えられたものが野生化してジュズダマに先祖返りしてる途中だと思うんだよね」


「……ああ。確かに言われてみれば普通のジュズダマより大きいな。ハトムギよりは小さいが。そうか、先祖返りか」


「人間の手で品種改良された作物ってさ、人間にとっては都合のいい形になってるけど自然界からすると歪な存在だし、原種に比べると生き物としてすごく弱いからそのままの形だとすぐに淘汰とうたされちゃうんだよね。それに、DNAには生き物を本来の形に戻そうとする働きがあるから、どんな作物でも人間が世話をしなくなって野生化したら、世代を重ねるごとにだんだん原種に戻っていっちゃうんだよ」


「へえ。それは知らなかった。なかなか興味深いな」


「まあそんなわけだから、大叔父さんが持ち込んだ植物の内、世代交代の早い1年草なんかは上手く定着してても栽培種からだいぶ原種寄りに変化してる可能性もあるよね。あるいはそれも見越して原種に近い品種を選んで持ち込んでる可能性もあったりして」


「なるほど。面白い考察だな。そういう要素を踏まえながらも近い内にお宝探しをしてみるか」


「うん。お楽しみはこれからだね」


 これからの計画談義に花を咲かせながら、あたしたちの朝の時間はまったりと過ぎていった。









【作者コメント】

 ノアズアーク編の次の箱庭探索編(仮)への匂わせ的な?

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