第215話 51日目⑮ネタばらしピロートーク
ひとしきり愛し合って、ようやく身体の渇望が充たされて満足して、ようやく落ち着いたあたしたちは、寝床の中で密着したまま
相手の身体だけが目当ての関係だと性的に満足して性欲が弱まる賢者タイムには相手への関心も薄れてしまって扱いが雑になることもあるけど、相手を本当に愛しているなら性欲が弱まっても愛情はそのままだから甘やかしに拍車がかかる的なことを以前ガクちゃんは言っていた。つまり賢者タイムの態度こそが愛情のバロメーターだとあたしは理解している。実際、ガクちゃんは賢者タイムでもあたしを邪険に扱ったりしない。
お喋りしている間ずっと腕枕をしてくれて、空いた手であたしの髪を優しく撫でてくれる彼の目はとても穏やかで優しくて、それだけであたしは嬉しさで胸がいっぱいになる。猫のように喉をゴロゴロ鳴らせないあたしは彼の胸におでこを押し付けてスリスリして甘える。そんなあたしを彼は苦しくない程度に軽く抱き寄せてぎゅっとハグしてくれるので、あたしも彼の背中に手を回してゼロ距離で抱き合い、鼻と鼻をすり合わせて、軽くキスをする。それからハグを解き、最初の腕枕の体勢に戻る。そしてまたぽつりぽつりと言葉を発する。それを繰り返しながら心地好い気だるさの中でいつしか眠りに落ちていくのがいつものパターン。
でも今日はまだやるべきことが残っているし、お腹も空いたし、そもそも時間もまだ宵の口だから、こんな時間から寝たら絶対真夜中に起きて眠れなくなる。それはお互いに分かってるんだけど、事後特有の怠さもあってついダラダラと時間を過ごしてしまう。
スイッチの切り換えがあまり得意じゃないあたしはやっぱり『ご休憩』じゃなくて、1日の仕事を全部終わらせてから後顧の憂いなく夫婦の営みに
そして、とりとめのないことを喋っている中で、あたしはうっかり口を滑らせる。
「やー、まさかここまで効果強いとは……ガガイモ舐めてた」
「……は? なんだそれ?」
今までの優しい眼差しから一転して目が据わったガクちゃんに、そういえばガガイモの効果を隠して実験台にしていたことを思い出す。あたしの方に効果が出すぎてうっかり忘れてた。これはさすがにバレたら怒られるやつかな。
「………………えーと、そろそろ起きて作業しなきゃ、ね? お風呂も入りたいし、お腹も空いたし」
「ちょ、まて」
ごろんと寝返りを打ってガクちゃんに背を向け、そのままするりと寝床から脱け出そうとしたあたしだったが、即座に引き戻され、太い腕にがっちりホールドされて捕獲されてしまった。……ですよね~。その上、手のひらがピタリとあたしのお腹に当てられる。背中から抱き締められているのでガクちゃんがどんな顔をしているか分からないが、感情の読み取れない静かな低い声が耳元で囁かれた。
「さて、聞かせてもらおうか。つまり、俺たちがこうなった原因、今日の異常なまでの性欲の高まりの原因はガガイモで、美岬は最初からそれを知っていたと?」
「も、黙秘権を行使します。ひゃっ!?」
あたしのお腹に当てられている手のひらがサワッとおへその辺りを撫でる。
「……どおりでおかしいと思ってたんだ。昨晩しなかっただけで俺があんなにムラムラするというのもそうだし、前戯もしてないのに美岬があんなに発情してたのも不自然だ。……てっきりプレシオサウルスたちとの遭遇で身体が危機感を覚えて生殖本能に働きかけたのかと考えていたが……ガガイモの効果だったんだな? 正直に言わないとコチョコチョの刑に処す」
「ひぇっ! あたしのお腹がすでに人質に取られてる!? あ、や、やめ! 今まだ敏感だから、そういうのホントにヤバいから! ちょ、指を立てないで! 動かさないで! あひゃあ! 言う! 言う! 言うから!」
結局、ガガイモについて知っていることは洗いざらい吐かされてしまった。
昔から漢方では精力剤として処方されること。エロサイエンティストのナナミ先輩が専門的に研究してること。去年、ナナミ先輩たちが彼氏に食べさせていたがその結果は教えてくれなかったのでずっと効果が気になってたこと。ガクちゃんに食べさせてみて実際に効果があるか経過観察するつもりだったこと。たぶんそんなに即効性はないと思いつつも、仮に強い効果があったとしても受け止めるのは自分だから問題ないと思ってたこと。
すべてを聞き終えたガクちゃんが大きくため息を吐く。
「あぅ。……やっぱり怒ってる?」
「怒ってはないけど、呆れてはいる。さてはお前バカだろ?」
「ひどい」
「そもそも、俺を実験台にしたいなら、なぜ自分まで一緒になって同じ量をパクパク食ってたんだ? 自分にも媚薬の効果が出ることを考えなかったのか?」
「……考えてなかった。てっきり男性にしか効果がないものかと。あと普通に美味しかったし」
「美岬の先輩たちも食べてるものだし、昔から食用にされてるものだから、効果を隠して食べたことに関しては別にかまわない。でも、旅先ではガガイモは食うなとまで言い伝えられているってことは、かなり強めの効果があることは想像に
「あうぅ。なんでガクちゃんは平気だったのに、あたしばかりあんなに発情しちゃったんだろ」
「……俺も平気ではなかったけどな。……そもそも、精力剤なんて精力が減退しつつある年齢の人間が元気を取り戻すために使うもんだろ。それを、精力剤なんぞ使うまでもなく性欲と元気を持て余しているティーン世代の人間が服用するとか、普通に考えてヤバい結果になるのは目に見えてると思うんだが。あと、俺と美岬では身体のサイズがぜんぜん違うじゃないか。それなのに同じ量食べたら相対的に美岬の方により強く効果が出るのはちょっと考えたら分かるだろ?」
「……考えてなかった」
「だからバカだと言ったんだ」
「ぐうの音も出ないっす」
「そもそも俺の場合、我慢できる程度の性欲の
策士、策に溺れる。ほんとにその通り。あたしはガクちゃんがガガイモの媚薬効果で我慢できなくなって、あたしに「もう我慢できない。今すぐ抱きたい」と切羽詰まって求めてくるのをちょっと期待していた。それに対して「もう、仕方ないなぁ」とちょっと勿体ぶって応じることで気持ち的にマウントを取ることができたら、女としての自尊心がどれだけ満たされるだろうと妄想していた。
それが蓋を開けてみれば、あたしの方が強い媚薬効果で我慢できなくなって、泣きながらガクちゃんにエッチしたいとすがる情けなさ。
しかも、ガクちゃんはあたしがそういうことを企んでいたことも気づいてるっぽい。でなきゃ策士、策に溺れるなんて
顔を見なくても分かる。ガクちゃんは結局のところぜんぜん怒ってないし、なんならあたしが羞恥に悶えているこの状況を楽しんでもいる。今だって絶対ニヤニヤしてる。そしてあたしは負け惜しみを言うことしかできない。
「……ちくせう。これで勝ったと思うなよぅ……」
「え、なにその可愛いすぎるやられ悪役ムーブ」
「追い討ちするなぁー!」
「えーと、みさち先生の次回策にご期待ください?」
「打ち切りマンガへの応援コメントっぽいのもやめて。切なくなるから」
「じゃあどうしてほしい?」
「傷心のあたしを慰めるために、今度はゆっくり優しめで甘々成分多めで抱いてほしいです」
「……リクエスト承りましたよ。お嬢様」
まあ、結果だけみれば、ガクちゃんにたっぷり甘やかされながらいっぱい愛してもらえたから大満足だったわけだけど。でも、ガガイモの食べ過ぎは危険だね。少量なら…………夫婦の円満な関係のスパイスとしてたまにはありかな。
結局、ずいぶん遅くまでイチャイチャしてしまったせいで、当初予定していたアナゴ料理は明日に持ち越しになり、保存食で軽めの食事を済ませて、お風呂で汗を流すだけで今日の活動は終了となったのだった。
【作者コメント】
さすがにこのシーンから料理回に繋げるのはないな、とやや強引ながら51日目終了です。
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