第214話 51日目⑭策士策に溺れる

 ガガイモは思っていた以上に旨い食材だった。オクラとサヤインゲンの中間みたいな味という事前情報も食べてみたら納得だった。たしかにオクラでありサヤインゲンだった。サイズによって味が変わるようだ。美岬が刻んで混ぜてしまっていたから絶対ではないが、小さいものはオクラに近く、少し育ったものはサヤインゲンに近いような感じだ。粘りは無いが独特の甘味があり、変な癖もなく食べやすいので野生の食材としてはかなりクオリティが高い。


 正直、これなら山菜や食用植物としてもっとメジャーになっていても不思議じゃない。それこそタラノメとかワラビみたいに。むしろなんでこんなに知名度が低いんだろう? 美岬のような専門家ではないが、それでも山のメジャーな食用植物ならそれなりに知っているつもりだったが、ガガイモはそこかしこに生えているのに俺は名前すら知らなかったし、近所の人や山仲間など俺の周囲のそれなりに山菜に詳しい人たちの中にもガガイモについて詳細を知っている人間はこれまでいなかった。


 俺なりの考察だが、まず結実率の低さが食材として認知されていない理由の一つだろうと思う。そして、その実の食用にできる期間の短さ。

 ガガイモの実は20㌢ぐらいまで成長するそうだが、食用にできるのはせいぜい10㌢弱、一番美味しく食べられるのは5㌢前後のようだ。それ以上になると内部に綿毛ができはじめてパサパサのスポンジ状になり、外側も硬くなってどれだけ茹でても柔らかくならないらしい。そういえばさっきの採集中に見つけた8㌢ぐらいまで成長している実もすでに外側が硬くなりはじめていた。

 たしかにこれは食材としてかなり扱いが難しい部類だな。

 

「──っと、ガガイモが一般的に食用として認知されていない理由はこのあたりだと思うんだが、みさちはどう思う?」


「……あー、うん。そっすね。それはそうかも」


 俺の問いに対する美岬の返事は歯切れが悪い。なんかさっきから妙に挙動不審だ。


「……なんか隠してる?」


「……っ! や、その、そんなことないっすよ?」


 嘘だな。話し方もそうだけど、完全に目が泳いでる。ガガイモについてなのか、それとも別の件なのかは不明だが、美岬はなにやら俺に知られたくないことがあるらしい。根っから正直者の美岬は腹芸にはとことん向いてない。

 だが、美岬には嘘つきとして上達してほしくないので、あえて追及はしない。たぶんそこまで大事に至りかねない内容ではなくせいぜいサプライズ程度だと思うし。


「そうか。俺の気のせいならいいけど、なんかマズイことが起きたなら早めに言ってくれよ?」


「そ、それはもちろん! そういうのじゃ全然ないんで!」


 明らかにホッとした様子の美岬。しかし語るに落ちたな。それでは何か企んでいると言っているようなものだ。

 さて、この可愛いうちの嫁さんはいったいどんなイタズラを仕掛けてくるつもりなのかな。




 軽めの昼食を摂った後は、夕方まで家造りの続きに勤しむ。屋根は通常一つの工程を終わらせてから次の工程に移るものだが、俺たちはあえてそのセオリーを無視して、屋根の2/3は骨組みのまま、1/3だけを先に茅葺きまで完成させてしまうことにした。

 最近、雨はあまり降っていないが、先に一部でも屋根を完成させておけば濡れたら困るものをその下に入れてもおけるし、屋根作りの作業を骨組みの隙間から身を乗り出してできるので高所作業用の足場も最小限で済む。


 屋根1/3の木舞掻こまいかきが概ね終わったところで今日の作業は終了。次は接着剤であるにかわを用意して、骨組みの外側にうろこにように木の葉を貼り付けて屋根をハリボテにする作業だ。それなりに時間のかかる作業になると思われるのでここで切り上げて明日以降に回す。ハリボテ用の大きめの木の葉も集めなきゃいけないしな。

 今の時刻は午後6時。ちょうど日が沈んだぐらいだろう。西の空は夕焼けに染まり、東の空は群青を深め、星が瞬き始めている。まだかろうじて作業できるぐらいの明るさはあるが、急速に暗くなってきているので、すぐに灯りなしでは歩き回るのも覚束おぼつかなくなるだろう。


「それにしても暗くなるのが早くなったな」


「ねー。秋の日はつるべ落としだね」


 作業をしているうちにすっかりいつもの調子に戻った美岬と駄弁りながら後片付けをして仮拠点に戻り、この後の作業に支障が出ないよういくつかのランプに火を灯していく。


「さて、じゃあ暗くなる前に晩メシの準備にかかるとするか」


「…………」


 今夜は昨晩に釣り上げ、すでに捌くところまでしてあるでかいアナゴを使った料理の予定だ。美岬の返事がなかったので振り向いて見れば、美岬はなにやらボーッと俺を見ていた。


「……美岬? どうした? なんか呆けてるけど」


「……ハッ。や、なんでもないっすよ! あ、えーと、ガクちゃんは夕食の準備をしてくれるんだよね。じゃあ、あたしは洗濯物の片付けとお風呂の準備をしておくね」


「おいおい大丈夫か? 疲れすぎたか? 体調が悪いとかなら早めに言ってくれよ?」


「いや、全然そういうんじゃないんで! むしろ身体はすこぶる元気で、まだ普通に余力もあるから大丈夫だよ」


「ほんとかな? うちの奥さんは辛抱強いからなー」


 実はさっきからちょいちょいこんな状態になっている。顔も少し赤いような気がして、熱でもあるんじゃないかとちょっと気になっていたので、ちょうどいい機会だと思って近づき、手を伸ばして顎先あごさきに触れてクイッと上を向かせ、顔同士を近づける


「はわわっ!?」


 突然の事態に目を白黒させる美岬とおでこ同士をくっつけて発熱チェック。


「……熱は、ないか」


「ちょ、なにこれ? 熱チェック!? もうっ! 一瞬キスしてくれるのかなって期待したあたしがアホみた……」


 このあたふたしている表情も可愛い。期待してくれていたならお応えせねばなるまい。顎クイしているのをいいことにそのまま唇を奪う。


「むぐー!? …………ん。……あむ」


 最初は急展開に振り回されていた美岬だったがすぐに対応してきて、そのまま俺の背中に両手を回してぎゅっとハグしてきて、自分からも積極的に舌を絡めてきた。そのまま二人で立ったまま抱き合いながら互いの唇をむさぼり合う。

 ようやく離れたお互いの唇の間に透明な唾液の糸が伸びる。頬を上気させ、目をトロンと潤ませた美岬は物欲しげな顔で俺をじっと見つめてきて、俺もまたムラムラと強い衝動が沸き上がってくるのを感じていた。

 

 美岬がモジモジと身体をくねらせながら恥ずかしそうに言う。


「……はぁはぁ。ねぇガクちゃん。……その、すごくはしたないのは分かってるんだけど、今ね、すっごくエッチしたい。その、しばらく前から我慢してたんだけど、今ので完全にスイッチ入っちゃって、ちょっとこれ以上我慢できないかも」


 図らずも美岬がボーッとしていた原因が分かってしまった。どうやら発情していたようだ。そしてそれは俺も同じだ。さっき一緒に作業をしながらもやけに美岬がいつもよりも可愛く見えてドキリとさせられたり、作業中の胸チラやヘソチラなどとっくに見慣れているはずなのにやけに気になったりと普段ならスルーできることが今日はどうにも上手くいかずに煩悩に振り回されていた。


「……俺も、なんか今日はやけにムラムラが治まらなくてな。午前中はそんなこともなかったけど、午後……いや夕方近くなってきてからなんか妙に敏感になってたんだ」


「……全然そんな素振りみせてなかったじゃん。てっきりあたしだけこうなってるのかと思ってたよ」


「まあそこはいくらムラムラしてても30代の身体だからな。10代の頃みたいにところ構わず少しの刺激でガチガチにって前屈みになるわけじゃない。せいぜい半勃ちだから気をつけながらなら作業も普通にこなせる」


「うー、なんか悔しい。あたしなんて身体が疼いて疼いて切なすぎて、ガクちゃんが欲しくて堪らなくて、なんかもう泣きそうになってるのに」


 そう言いながら本当に半べそになっている美岬。前戯とか何もしてないのにここまでなってるのは初めて見るな。そして、愛しの嫁のそんな乱れた姿に俺自身の身体もアイドリング状態から一気にギアが入ってしまう。


「……お互いにこのままじゃ治まりそうにないから、夕食の支度とか、風呂の準備とか、一旦後回しにして……その、するか?」


 切羽詰まっている美岬がぱぁっと笑顔になってぶんぶんと激しく頭を縦に振る。


「うんうん! それがいい! 急いで避妊スポンジだけ準備してくるから!」


 そして本当にあっという間に準備を終え、まだ残照の残る早い時間だというのに俺と美岬は寝床であるテントに入って、お互いの身体を貪り合う勢いで激しく愛し合ったのだった。











【作者コメント】

 ガガイモの効果については資料不足なので今回の話は話半分程度の信憑性で読んでいただけたらと思います。ただし、数少ない資料によればかなり強めのムラムラ効果があるのは間違いないようです。とはいえあまりにも確認できるサンプル例が少ないので、とりあえず今うちの庭でガガイモを育てているので、秋に実ができたら自分をモルモットに試してみようとは思っています。

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