第190話 50日目②分かりやすいヨメ

 朝の洗濯を終えて仮拠点に戻ってきた俺たちは、小腹も空いていたのでティータイムと洒落込んでいた。時間はまだ7時を回ったばかり。

 飲み物は焙煎したジュズダマを煮出したハトムギ茶を淹れ、お茶請けには砕いた氷砂糖で甘味をつけたドングリ餅に、煎って粗く砕いたスダジイのドングリをそのまま練り込んだ“くるみゆべし”もどき──ドングリゆべしを出してやった。これは昨晩のうちに作っておいたものだ。


「……なるほど。バスローブとか浴衣みたいな風呂上がりに簡単に羽織れて寝間着にもなる服な」


「あい。これからだんだん夜と朝も寒くなると思うからそういうのがあるといいなって。……はむ。んー! これモチモチ感とコリコリの食感が堪んないっすね!」


 美岬はドングリゆべしがお気に召したようだ。


「旨いだろ。……まあ確かに浴衣とかあると便利だよな。着たり脱いだりするのも楽だし、それだけである程度動き回れるし。伊達に温泉旅館に常備されてるわけじゃないってわけか」


 美岬の提案になるほどと納得する。幸い徳助氏の遺品には衣服以外にも布素材とそれを加工するための裁縫道具なんかもあった。持ち込んだ衣類の補修や、必要に応じて新たに作るためだろう。


「ちなみにガクちゃんって服とか作れたりするっすか?」


「妹が趣味で裁縫とか編み物とかやってたから、好奇心でちょっとだけ手を出したことがある程度だ。裁縫はサバイバルの必須スキルでもあるから補修はそれなりにやってる。浴衣は作ったことはないけど、甚平じんべいなら妹の監修で作ったことがある。みさちは?」


「んー、高校の家庭科の授業で被服検定の3級までは取ったから、簡単なハーフパンツぐらいなら作れる程度っすね」


「ふむ。お互い全くの未経験ではないってことか。曲線が多い洋裁ようさいに比べて和裁わさいは基本的に直線ばかりだから仕上がりのクオリティにあまりこだわらなければ俺たち程度の裁縫スキルでも難しくはないと思うぞ。甚平の裾を長くした襦袢じゅばんみたいな感じでいいんだろ?」


「そう! それ! ジュバンって名前が出てこなかったけど、浴衣ぐらいの長さで、甚平みたいに紐で結ぶタイプのやつ」


「おっけ。じゃあそれもやっていこう。最近は日が暮れるのも早くなってきたから夜にする作業としてちょうどいいんじゃないか」


「おぉ、じゃあさっそく今夜から?」


 期待で目を輝かせている美岬には申し訳ないが。


「いや、ちょっと食材のストックが心許なくなってきたから今日は昼と夜は食料調達をしたいんだよな。今日はちょうど大潮だろ? 朝の時間はいつもの日課作業をして、昼の干潮で潮干狩り、午後は家作りの続きで、夕方から夜の満潮で夜釣り、その後、採った食材の処理をしたらそれだけで一日が終わると思うんだ」


「……なるほど。新鮮な食材の調達なら半月に一度の大潮は逃せないっすもんね。さすがにもう素潜りは寒いからタイラギとか海綿を歩きで採れる大潮の干潮は貴重な機会だし」


 納得しつつも落胆を隠せないでいる美岬の頭に手を伸ばして優しく撫でてやる。


「そうションボリするなよ。今日で十分な食料調達ができれば明日からは襦袢作りに集中できるんだから」


「ん。そうだね。ちょっと気持ちが急いちゃっただけでそんなに落ち込んでないから大丈夫だよ」


「そかそか。それに俺としては朝のみさちの彼シャツ姿は可愛いすぎて眼福だから、あれが見れなくなるのは残念なんだが」


 あの無防備すぎるゆるゆるで寝ぼけてる姿は本当に可愛いし、美岬が俺のヨメだという実感があって好きなんだけどな。


「も、もう! あたしだって彼シャツは好きだから襦袢ができても普通に着るしっ!」


 照れながらも嬉しそうにしている美岬。コロコロとその時その時の感情が素直に顔に出るから分かりやすくて実に助かる。指摘してポーカーフェイスを意識されても困るからあえて触れない。


「……か、干潮の潮干狩りで普段の干潮では採れないレアアイテムを集めるのは分かったっすけど、夜釣りでは何を釣るつもりなんすか?」


 照れ隠しか露骨なまでの話題転換と一瞬素に戻っていた口調の仕事モードへの変更。本人はあまり意識してないようだが、二つの口調を使い分けている今の美岬は内面の感情の変化が割と露骨に口調に出るので、表情の変化と合わさって実に分かりやすい。もちろん指摘はしない。


「潮干狩りでゴカイとかもけっこう出てくるからそれをエサにぶっこみの投げ釣りで夜の砂底の魚──カレイとかセイゴを釣りたいな。根魚は煮込むにはいいけど焼きだといまいちだから、塩焼きで旨い身の柔らかい白身魚を釣りたいんだ」


「おお! セイゴの塩焼きいいっすね! あたしも食べたい! もうスイッチ入っちゃったから塩焼きしか勝たーん!」


「取らぬ狸の皮算用って知ってるか?」


「知ってるけどセイゴの塩焼き食べたい!」


「まあ釣れるよう頑張るしかないな」


 すっかり機嫌が良くなった美岬と今日の予定を話し合いながら朝のまったりとした時間が過ぎていく。




 朝のティータイムで軽く腹ごしらえをして、日課であるゴマフの餌やりと畑の世話をするために砂浜に向かう。

 ゴマフの餌やりと朝の運動は二人で一緒にするが、その後、美岬は畑仕事に、俺は素材の採集に分かれる。今日は葦の採集をする予定なので、ノコギリとハサミと軍手と葛紐を持ってきている。


 この島に漂着した当初はまだ青々として穂も出たばかりだった葦も、10月にもなれば白っぽく枯れ気味になり、穂もすっかり成熟して綿毛のようになっている。素材にするにはこれぐらいが使いやすいから助かるが。


 おおよそ3㍍ぐらいまで伸びている葦の根元を鋸で数本まとめて切り、先端の穂をハサミでパツパツの切り落とし、軍手をはいた手で細長い葉を千切って竿状にする。

 そんな竿状になった葦が20本ぐらい集まったら、まとめて束にして根元を葛紐で縛り、逆さのV字にして物干し用のロープに掛けて乾かしていく。

 物干し用のロープは二本の木の間、3㍍ぐらいの高さに張られ、片方はしっかり結んで固定されているが、もう片方は弛められるようにしてあり、弛めた状態で葦の束を引っ掛け、引き上げて張った状態で葦を干せるようにしてある。

 こうして数日間乾かした葦を仮拠点に運び、素材として使っている。


 茅葺かやぶき屋根にはとにかく葦をたくさん使うし、葦を結ぶための葛紐も大量に必要になるから、葦と葛は交互にほぼ毎日採集することにしている。

 採集後の加工作業は葛の方がやることが多いので、葛の蔓から採集して乾かした葛緒くずおってひもにする作業は葦の採集後のルーティンとなっている。


 しばらく集中して葦の採集と処理をして、その日のノルマ分の葦──20本×5束を干し終える。その後、すでに乾いている葦を別の物干しロープから下ろし、全部を一まとめの束にして、根元と先端と真ん中の三ヶ所を縛ってバラけないようにしてから肩に担いで林の中の道を仮拠点に向かう。だいたいこれぐらい──100本が俺が一人で一回で無理なく運べる上限となるからおのずと一日あたりの採集量もこれぐらいに落ち着いた。


 持ち帰った葦の束は、ウッドデッキ下の現在は素材置き場となっているスペースに下ろす。

 同じぐらいのタイミングで美岬も畑から戻ってくるので、二人で駄弁りながら前日回収分の葛緒を撚って紐に加工する作業にいそしむ。徳助氏の遺品を見つける前は布を織ることを目的に葛緒を細い糸に加工していたが、今は布を織る優先度はかなり下がり、むしろ工作用の紐が必要になっているので、葛緒はすべて紐に加工している。

 仕事を持ち越すとどんどんタスクが積み上がっていくことになるから、葛紐撚りも一回の採集分の葛緒を加工し終わるまでがその日のノルマとなる。当然、葛の蔓の一回あたりの採集量も無理なくこなせる量に落ち着いた。


 そんなこんなで一連の日課作業を終えた頃には10時ぐらいになっている。今日の分の撚った葛紐を棒に巻き取り、これは主に新居建築で使うものなのでウッドデッキ下のロープ類をまとめてある篭に入れる。そこにはすでに同じような葛紐がいくつも入っている。

 それに加えて積み上がっている丸太や葦の束を見て美岬が満足げに頷く。


「うんうん。こうなってると安心するっすねー。最初の頃は作りたい物があっても材料が無かったっすもんね」


「地道な積み重ねって大事だよな。毎日少しずつでも採集と加工をしていれば素材に余裕もできてくるってわけだ」


「……ふぅ。一仕事終わったらお腹空いたっす」


「だな。潮干狩りにはまだちょっと早いから今のうちにブランチにしようか。なに食べたい?」


「ソーセージ入りのカレーポトフ!」


「また無茶な注文を……と思ったけど普通にできるな。おっけ。じゃあみさちにはキャベツ代わりのハマヒルガオを取ってきてもらおうか」


「わぁい! じゃあ採ってくるっすね」


 林の外に向かう美岬を見送り、俺も残りの食材の準備にかかるのだった。







 

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