第189話 50日目①事後の朝のこと

 そばにあった温もりが離れていき、少しの肌寒さを感じて意識が急速に覚醒する。ゆっくりと目を開くと、まだ薄暗いテントの中、ガクちゃんが裸の上半身に服を羽織っている様子が伺えた。


「…………ん、もう起きるの?」


 あたしの声にガクちゃんが気まずそうに振り向く。


「……あ、起こしちまったか。みさちはまだ寝てていいぞ」


「んー……あたしも……起きるぅ。……身体も拭きたいし」


 愛し合った翌朝は身体も寝床も色々とその大変なことになっているので、まずはその後始末から始めなくちゃいけない。面倒だけどそれ以上に身体と心が充たされてるから文句はない。


「そうか。でも、今朝はいつもより冷えてるみたいだからあと30分ぐらいしてから起きておいで。身体拭けるようにお湯を用意しておくから」


「……うん。じゃあお言葉に甘えて」


 あたしの返事にガクちゃんが優しく微笑み、あたしの首もとまでブランケットを引き上げ、額にちゅっとキスを落としてテントから出ていく。あたしは幸せを噛みしめながらほどよい温もりの中で目を閉じ、再び意識を手放す。


 どれくらい時間が経ったか、テントの外からあたしに呼び掛ける声で意識が浮上する。


「みさち、お湯の準備ができたぞ」


 浅い眠りの二度寝だったから今度はスッキリと目覚める。軽く伸びをして返事をする。


「んー……、ありがとー。起きるよー」


 裸のままごそごそと寝床から這い出す。テントの床には平たく潰してからしっかりと乾燥させた葦が数㌢の厚みで敷き詰められ、その上に寝床であるマットレスを敷いてあるので断熱効果とクッション効果があってかなり快適だ。外はちょっと肌寒いだろうけど、少なくともテントの中は裸でも平気で寝れるぐらいの温度に保たれている。


 洗濯済みの衣類が入っている篭から、あたしが着ると丈の短いワンピースみたいになるガクちゃんのTシャツを一枚抜き出して頭から被る。身体を拭くまで下着は着けないけど、テントの外に出るならなにかしら身に付けておきたい。

 今はこれでもいいけど、今後どんどん寒くなるだろうから、愛し合った後で下着を着けずに素肌の上に直接着れて、そのまま寝間着として使えて、朝に身体を拭いて着替えるまでの繋ぎとして使える浴衣とかバスローブみたいな服があるといいのになーと思う。徳助大叔父さんのおかげで使えそうな布素材そのものはあるからあとでガクちゃんに提案してみようかな。


 マットレスを汚さないためにシーツの代わりに敷いてあったタオルを剥がし、洗濯するために丸め、着替えと一緒に抱えてあたしはテントから出た。予想はしていたが、思っていた以上にひんやりした空気に思わずブルッと震える。さすがに10月の朝ともなればシャツ一枚で動き回るにはちょっと寒い。

 このテントを含む仮拠点から20㍍ほど離れた新居建築現場に隣接する風呂小屋までかかとの潰れたスニーカーを裸足でつっかけて歩いていく。新居が完成すれば風呂小屋がすぐ隣になるから今よりも使い勝手は良くなるはずだけど、今はこの微妙な距離がちょっと億劫だ。


 近づくにつれ、木陰に隠れていた作りかけの新居の全貌が目に入る。

 新居の建築を始めて今日で5日目。初日と2日目で土台となるウッドデッキを完成させ、3日目で家の大雑把な骨組みを終わらせたのでシルエットだけは家の形になった。飛騨の合掌造りのような三角形の屋根の小屋。片側にひさしを伸ばして倉庫用のスペースを拡張してある。

 4日目である昨日は葦を格子こうし状に屋根の内側に結んで固定する作業をしていた。まだ終わってないから今日も引き続きその作業……なんて言ったっけ? 木舞掻こまいかきの続きをするんだと思う。


 ガクちゃんは風呂小屋にいて、バスタブに残った昨夜の残り湯を使って洗濯をしているところだった。


「ガクちゃん、改めておはよ」


「おう。おはよう。その洗濯物はこっちに入れてくれ。湯沸かし釜の湯は今がちょうどいいぐらいだからそのまま使えるぞ」


「うん。ありがとね」


 バスタブの残り湯と木灰が混ざったアルカリ水に汚れたタオルを入れれば、すでに中に入っている他の洗濯物と一緒にガクちゃんが両手でわっしゃわっしゃと豪快に洗っていく。

 隣の湯沸かし釜に手を入れて温度を確認してみればちょうどお風呂ぐらいのほどよい湯加減。両手で掬ってまずは顔を洗ってさっぱりする。お湯に浸して絞った温かいタオルで顔を拭き、ついでに髪を拭いて寝癖を直しておく。髪が伸びてきたから今は肩にギリギリ届くぐらいのボブになっている。この長さって一番扱いづらいんだよね。作業中は結んでおきたいのだけど、まだちょっと結ぶには短いからもう少し伸ばしたら扱いやすくなると思う。


「今使ってるタオルはセルフで洗濯頼むな。あと最後の栓抜きと風呂掃除も」


「はーい。おまかせられ」


 ガクちゃんが洗い終えた洗濯物を篭に移し、すすいで干すために小川の洗い場に向かった。

 あたしはシャツを脱いで裸になり、しゃがんでまず使用済みの避妊スポンジを抜き取る。次いで濡らして絞ったタオルで全身を清拭せいしきし、持ってきた下着を身に着け、ジーンズをはき、一度脱いだTシャツを再び着る。仕事をする時はこのダボダボの彼シャツは不向きだけど、それまでのリラックスタイムにはこれぐらいゆったりしてるのがいい。何よりあたしが着たい。


 使用済みの避妊スポンジもしっかり洗ってよく絞って干して乾かしておく。乾いた後で再び避妊ゼリーに漬け込むことで再利用できる。同じ物を何個か作ってローテーションで使っているからこれが乾くのを急ぐ必要はないけど。


 使い終わったタオルをバスタブに残った灰水で洗い、栓を抜いて排水し、バスタブ用のスポンジで内部を洗ってそのまま乾かしておく。これで次に使う時はそのまま水を張れる。


 洗い終わったタオルを持って洗い場に行き、他の洗濯物と一緒にガクちゃんと濯いで絞ってロープに干していく。


「よし。洗濯終わり」


「お疲れさまー。朝の作業、エッチの翌朝バージョン終了だね」


「…………確かにその通りなんだがもう少し別の言い方はないのか?」


「えへ。どうせあたしたちだけしかいないんだからいいじゃない」


「まあそうなんだけどさ」


 エッチをしなかった日とした日とでは翌朝のルーティンがちょっと変わる。しなかった日はガクちゃんが先に起きて洗濯をさっさと終わらせてくれるけど、した日はガクちゃんがあたしのために身体を拭くためのお湯を準備してくれるし、汚したタオルも洗わなくちゃいけないからあたしも同じぐらいに起きて、昨晩の後片付けと一緒に洗濯をすることから始めるのが暗黙の了解になっている。


「それよりお腹空いたね」


「だな。とりあえずなんか腹に入れるか」


 どちらともなく自然に手をつなぎ、指同士を絡め合ってしっかりと握って仮拠点に向かって歩き始める。きっと今日も素敵な1日になる。そんな確信を胸に抱きながら。






【作者コメント】

 前話から5日ほど経ち、作中時間は10月となりました。何気に初めての美岬視点からの1日の始まりでした。

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