第185話 45日目⑧お風呂を準備する

──コンコンコン……コンコンコン……


 木釘を打ち込む音が静かな林の中に響いている。

 すでに半分ほど床材を張り終えた作りかけのウッドデッキ。休憩前までで土台と床を支える梁材を組み上げ、休憩後に梁材に床材を木釘で固定する作業をここまで進めてきた。

 初めは二人で足場に登って作業していたが、固定し終えた床材が足場にできるぐらいの幅になってからはガクちゃんが床材の上に登り、あたしが下からサポートする形になった。


 作業の流れとしては、あたしが下から床材の丸太を何本か上のガクちゃんに渡し、ガクちゃんはそれを梁材に交差するようにして仮置きする。

 次いであたしが梁材の下に置いた足場に登り、梁の隙間から上半身を出してこれから固定する床材を手で支え、それにガクちゃんが手回しドリルで床材と梁が交差している場所に釘を打ち込むための穴を穿うがっていく。梁の数は八本だから穴を開ける場所も床材一本につき八ヶ所。

 穴を開け終えたら、接着剤であるにかわをまぶした木釘を穴に差し込み、木槌で梁材まで叩き込んでしっかりと固定する。

 そんな感じで一本ずつ確実に固定していき、ガクちゃんが上にある床材を使い切ったらあたしが足場を下りて再び何本か床材を下から上に渡し、膠や木釘が足りなくなったら補充したり、とサポートに徹する。

 あたしってば、働く夫を縁の下の力持ちとして支える健気な妻じゃん! と自分の仕事っぷりにニヨニヨしつつ、デッキ作りは進んでいく。


 しかし、秋は夕暮れが早い。半分ぐらい床材を張り終えた頃にはだいぶ薄暗くなってきた。

 デッキに上げてあった最後の床材を固定し終えたガクちゃんが額に浮かんだ汗を拭い、腕時計で時間を確認する。


「ふぃー、そろそろ4時半だな。今日の作業はここまでにしようか」


「そっすね。灯りが必要になるぐらい暗くなる前に洗濯物の片付けとかお風呂の準備もしたいっすし」


「だな。俺もそろそろ晩飯の仕度をしなきゃな。……それにしても暗くなるのがだいぶ早くなってきたから作業できる時間がどうしても短くなるな。本当は今日中にデッキを完成させたかったんだが。……この調子なら明日には完成できそうではあるけど」


 そう言いながら作りかけのデッキからガクちゃんが降りてくる。


「いやいや、手付かず状態から今日だけでここまで出来たんだから上出来じゃない?」


「……ん。まあ、順調ではあるな。みさちのいいサポートがあったからこそここまで出来たわけだし。一日でデッキ完成はさすがに欲張りすぎか」


 さすがに自分でも高望みが過ぎたと納得したのかガクちゃんが苦笑気味に肩を竦めてみせる。


「ハイッ! あたしもガクちゃんも今日一日よく頑張って働いたんだから、できなかった後悔よりできた成果を誇るべきだと思います! 具体的には、とても良いサポートをした嫁ちゃんをねぎらうためにハグと撫で撫でとチューはすぐにすべきかと!」


 ビシッと挙手しながら要求を伝えると、ガクちゃんが楽しそうに笑い、真面目な仕事モードからプライベートのじゃれあいモードに切り替わる。


「おお、なるほど! それは名案だな! 俺も今すぐにもそれをしたい。……だが、今の俺もみさちも汗だくな上に手は膠でベトベトだからハグと撫で撫でをしたら大惨事になると思うんだが如何いかがすればいいんだろうか?」


「むむ、それは確かに由々しき事態です。しかしそんなあなたに朗報です! なんと分割払いも可能になりました! 初回は金利分に相当するチューのみでのお支払いがオススメです」


「なにその悪魔の契約リボルビング。金利だけ払うとか永久に元金が減らないやつじゃん」


「ご利用は勢いに任せて無計画に! ささ、難しいことは考えずに今すぐこちらの契約書に捺印を! ……ん」


 勢いだけで適当なことを口走りながら、汚れた両手を後ろに回して、顔を上げて目を閉じて唇をつき出してキス待ち体勢になる。

 ガクちゃんからしょーがないなぁと苦笑気味な雰囲気が伝わってきたが、それでもちゃんとあたしの意図を理解して優しくキスしてくれた。

 あとでたっぷりイチャイチャはするんだけど、甘えたいのをずっと我慢してて旦那さま成分がすでに枯渇気味だからせめてちょっとでも補充しておかないと。ということでキスをおねだりしてしてもらったわけだが……。


「これでよろしいでしょうか?」


「……どうしよう。こんなんじゃぜんぜん足りないんだけど」


 4日間もイチャイチャを控えてたから、触れるだけのキスではぜんぜん物足りない。むしろ火がついてしまったまである。


「奇遇だな。実は俺もそうだ。でも……あともう少しだけ残りの支払いは待ってほしいな。あとで利息もつけて一括返済させてもらうからさ」


「うぅ……わかってるんだけどさぁ……」


 頭では分かってるけど抑え難い衝動があたしを突き動かそうとする。あたしはガクちゃんの胸にトンと頭突きしてそのままグリグリを額を押し付ける。しばらくそうしてちょっと落ち着いてきた。


「…………ふう。よし! ちょっとだけ急速充電できたからもうちょっとだけ頑張るよ。やらなきゃいけないことを急いで終わらせていっぱいイチャイチャしようね?」


「おう。それはもちろん。嫁さんが満足するまで付き合うよ」


「言ったね? 生理の時と違って今回の4日間のお預けは身体が欲しがってるのにずっと我慢してたから、あたしもすぐには満足しないかもよ?」


 あたしの挑発にガクちゃんが不敵に笑って応じる。


「受けて立とうじゃないか。4日間我慢してたのは俺だって同じだぞ。……晩飯食ったら一緒に風呂に入ってたくさん愛し合おうな」


「ん。じゃあ、あたしお風呂の準備してくるね」


 もう一度ちゅっと唇を重ねてから、あたしは洗濯物の片付けとお風呂の準備のために風呂小屋に向かうのだった。




 風呂小屋と立ち木の間に渡したロープに吊るされている洗濯物と葛の繊維──葛緒くずおはすっかり乾いていた。葛緒はリース状に巻き、洗濯物はたたみ、それぞれ所定の位置に戻しておく。


 小川の川底を掘り下げて深くして水を酌みやすくしてある水酌み場から、バケツで水を酌み上げては大型クーラーボックスのバスタブとその隣の湯沸かし釜に移していく。バスタブに15杯と湯沸かし釜に5杯。それなりに重労働ではあるけど、小川のすぐそばだから畑の水やりよりは楽。

 バスタブと湯沸かし釜に水を張り終えたら、バスタブの横に設置してある湯沸かし専用のかまどを使ってお湯を沸かし始める。

 この湯沸かし専用のかまどは、石と粘土で作ったドーム状のかまどで、上の穴から洞窟で見つけた大きめのかめをすっぽりと嵌め込んで固定して湯沸かし釜としている。空焚きすると割れる可能性があるから、必ず水を入れてから火を点けるのがルール。


 釜の湯が沸いてきたら、バスタブの水と順次入れ換えていく。何度か繰り返せばバスタブからも湯気が立ち上り始め、お風呂の準備が調ってくる。だいたい1時間ぐらいの作業になるので終わる頃にはすっかり暗くなっている。多少暗くても問題ない作業ではあるけど。

 今から先に晩ごはんだから、少し冷めればちょうどいいぐらいの熱めの湯加減で準備を終える。湯沸かし釜にはまだ熱い湯が沸いているから、使っているうちにお風呂の湯が冷めたらまた継ぎ足せばいい。


 お風呂の準備をした者の特権として、きれいな温かいお湯で顔と手を洗ってさっぱりしてから、あたしは美味しそうな匂いを漂わせている仮拠点のタープ屋根に向かうのだった。





【作者コメント】

 サバイバル術……というか実用的なライフハックとして作者が普段からやっていることですが、百均の小型のケースに風邪薬、頭痛薬、胃薬、鼻炎薬、湿布などを少しずつ小分けしたミニ救急箱を自分が普段持ち歩くカバンに入れておくと意外と重宝します。出先で足を挫いたり、急にアレルギー性鼻炎で鼻水が止まらなくなったり、風邪の初期症状が出たりって割とあるんですよね。自分じゃなくても同行者がそうなる場合もありますし。

 今日、一緒に仕事をしていた相方が急に風邪の症状が出て苦しそうにしていて「そういや風邪薬とサバイバー(エナドリ)持ってるわ」と差し入れたら「なんで持っとんねん。でも助かる」とめっちゃ感謝されました。

 ……ちなみに、上記のミニ救急箱以外にも、裁縫セットとかミニ工具セットとかも常に持ち歩いているので、一部の友人たちからは海凪のトートバッグは『ドラえもんポッケ』とか『真田バッグ』などと呼ばれてます。

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