第130話 13日目⑧おっさんはサバイバルのタブーを冒す

 トリュフ。それは言わずもがな世界三大珍味の一つであるキノコで、特にフランス料理フレンチイタリア料理イタリアンで重宝されるものだ。官能的とも表現される独特の香味で料理にアクセントを加えるのによく使われる。

 だが本来トリュフは地中に埋まっているものだからトリュフの匂いが好きな豚や訓練された犬を使って探すものだ。まさかという思いで訊いてみればあっさりと美岬が肯定する。


「正解っす。和名はイボセイヨウショウロ。日本の山林にも自生してる黒トリュフの一種っす」


 美岬から手渡されたソレは黒に近い焦げ茶色で表面は粒々していていかにも固そうだが、触ってみると意外と弾力がある。


「……マジか。そもそも日本にトリュフが自生してるってことすら初耳なんだが」


「……あー、割とマニアックな情報っすからね。日本で初めて正式に確認されたのが確か40年ぐらい前で、でもそこから日本中で相次いで見つかったから、定着そのものはもっと早かっただろうって言われてるっす。ドングリの若木のそばでよく見つかるっすよ。むしろガクさんなら当然知ってるものと思ってたっす」


「いや知らなかったな。言い訳になるけど、キノコって食べてもエネルギー源にはならないし、それでいて致死的な毒のあるものも多い上に同定が難しいハイリスク・ローリターンなものだから、サバイバルではキノコは基本的に無視するのがセオリーなんだよ。だから俺もキノコのことはあえて調べてないから全然詳しくないんだ」


「あー、そういうことっすか。確かにキノコは食用と毒を確実に見分けられる絶対の条件ってないっすからね。ヒラタケとツキヨタケ、ホンシメジとイッポンシメジ、クリタケとニガクリタケみたいに見た目そっくりの食用キノコと毒キノコもあったりするっすし、きちんと見分けられて絶対に食べられると確信できるもの以外は手を出すなって言われるっすもんね」


「そういうことだ。だから俺としてはこれが本当にトリュフなのか確証が欲しいんだが、何か特徴的なものってあるか?」


「んー……このイボイボゴツゴツした外見と、ドングリの若木の根本近くに生えてたこと。あとトリュフの極めつけの特徴は内部の独特のマーブル模様っす。切ってみて中がマーブル模様になってたらトリュフ確定っすよ」


「なるほど」


 ナイフで半分に切ってみると確かに中が白と黒のマーブル模様になっていて、熟成したチーズにも似た独特の匂いが仄かに香る。この匂いはフレンチの店で以前に食べたトリュフと同じだな。

 なるほど。これは確かにトリュフだ。


「すごいな。美岬はキノコにも詳しいんだな」


「いやー。詳しいってほどじゃないっすよ。サークルにキノコオタクな先輩がいて、その人のキノコ狩りフィールドワークに付き合っていくつか分かりやすいやつの特徴を教えてもらっただけっす。トリュフとか一度見分けてしまったら分かりやすいでしょ?」


「確かにそうだな。ちなみにここには他にも美岬が見分けられる食べれるキノコはあるのか?」


「んー……この前ドングリを拾ってる時にブナシメジっぽいのは見かけたっすね。近づいてじっくり調べたわけじゃないので確信はもてないっすけど。あと、前にグランドマザーのとこに行く途中で見かけた倒木に生えてたのはたぶんシイタケだと思うっす。これもきちんと調べてみれば同定できると思うっすけど」


「なっ!? シイタケがあるなんて最高じゃないか。なんで今まで言ってくれなかったんだ?」


「いや、だってガクさんは当然キノコにも詳しいと思ってたもんで。ガクさんがスルーしてるってことはきっと毒キノコなんだろうなーってその時は思ってたんすよ。今の話聞いて、前にスルーしてたあれってもしかして? って思い出したんすよね」


「そうか。まあそうだよな。じゃあ近々本当にシイタケかどうか確かめに行くとしようか。干し椎茸があれば料理のクオリティをもう一段階上げれるからな」


 干し椎茸の旨み成分のグアニール酸は魚の旨み成分のイノシン酸との相性が抜群だから、複合出汁にすることで旨み成分の相乗効果で旨みが何倍にも跳ね上がる。本当にシイタケだったら嬉しいが、まあ期待しすぎないように、でもちょっと期待しておこう。


「あは。楽しみっすね。トリュフもあたしは採ったことはあるけどまだ食べたことないんで楽しみっす」


「食べたことないのか? 採ったやつはどうしたんだ?」


「そのキノコオタクの先輩は採ったキノコをレストランに売って小遣い稼ぎしてたんすよ。それで一緒に売ってもらったっす。その稼いだお金であたしもごはん奢ってもらったっすけど。料理できないあたしじゃ貰ってもしょうがなかったっすし、ただ採るのが楽しかったんで」


 なんとも美岬らしい理由だった。


「あー、まあそうか。納得だ。トリュフは料理のいいアクセントになるからな。今晩の食事にでもさっそく使ってみよう」


 天然トリュフか。使ってみるのが楽しみだな。ただ、トリュフの香りを活かすには匂いの強い燻製は相性が悪いから、晩飯用にはカサゴかソイを釣ってきておいた方がいいだろうな。




 それから拠点に戻り、製塩用の砂に海水を撒き足し、釣り道具一式を持って岩場に向かう。


 岩場から水の中を見下ろせば、水が驚くほど透明なので2、3㍍下の海底の様子までつぶさに見て取れる。

 海底の岩場に張り付いている大型の巻き貝やウニや揺らめく海草、泳ぎ回る魚や這い回る甲殻類、そして岩に付いている饅頭のような物体。


「見えるか? あの饅頭みたいなやつが海綿だ」


「おお。あれがそうっすか。けっこうちらほらあるっすね」


「そんなに珍しいものじゃないからな。だが、熱帯と違ってここは水温が低いからあのサイズまで育つのはけっこう時間がかかってるだろうな。ここは手付かずだから普通にあるけど、人が採るような場所だとこんな浅いところにあんなでかい海綿はもう残ってないはずだ。ちなみに天然スポンジは高いからあれ1個分で買ったら5000円ぐらいはするな」


「高っか! そりゃ取りつくされるはずっすね」


「避妊用以外にも、洗い物にも重宝するから何個か取っておくつもりだけどな」


「なるほど了解っす。海女さんたちに鍛えられたあたしの素潜りの腕を見てもらって出来る女アピールをするチャンスっすね! ここはあたしに潜らせてほしいっす」


 ふんすっ! とやる気を見せる美岬。


「おけおけ。でも先に晩飯用の魚を釣ってからな。今素潜り漁でバチャバチャやったら魚が警戒するから」


「よおっし! ちゃちゃっと大きいの釣っちゃいましょ!」


 そして、カメノテの身を餌に釣り始めてすぐに30㌢弱の良型のムラソイが釣れ上がったのでその場で〆て海水と共にクーラーボックスに入れて血抜きをしておく。

 今日は加工用じゃなくて晩飯用だけでいいから釣りはもうこれだけでいい。よし、じゃあいよいよ素潜り漁だな。







【作者コメント】

 サバイバルではキノコはダメゼッタイ! それぐらいキノコは食用と毒の見分けが付けづらく、毒に当たった場合は致命的な結果になりやすく、それでいてほとんどエネルギー源にならないという、生きるか死ぬかのサバイバルでは手を出す価値がまったくない代物です。


 ……でも、楽しいんだよねぇ。キノコ狩り。

 キノコ狩りをする場合は、リスクがあることを理解した上で、きちんと特徴を見分けて確実に食べられるものだけを取るようにしてくださいね。


 さて、皆さん知りたいであろう日本版トリュフことイボセイヨウショウロについてですが、日本中どこでも割と普通に生えてます。しかもヨーロッパのトリュフと違い、地表に出てくるので見つけやすいです。


 生えているのは、コナラやブナなどのドングリの成る木のそれも5年ぐらいの若い木の林。木漏れ日で明るく、地表に落ち葉が少なくて地肌が見えていて、苔が生えているいわゆる陽樹ようじゅ林です。ある程度管理の行き届いた神社とか公園とかおすすめスポットです。ただ、そういう所は採集禁止の場所もあるので事前にその辺は確認してください。密漁ダメ絶対!


 トリュフは木の根と共生しているので木からそう離れてないところにありますね。くれぐれもキノコ狩りをする場合は自己責任で!


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