第130話 13日目⑦おっさんは素潜り漁の準備をする

 殻剥きしてあったジュズダマの残りを全部茹でて、粗熱が取れてから残ったこうじと混ぜ合わせ、ビニール袋で拠点に仕舞う。何日かすればジュズダマに麹カビが移って発酵してジュズダマ麹ができるだろう。


 味噌にしても醤油にしても仕込みにはかなりの量の麹を使う。

 美岬が持ち込んだ麹の量は僅かなので味噌や醤油を作ればすぐに無くなってしまう。醤油と味噌以外にも麹は使いたいので、麹を増やすのは重要な課題だ。

 ヨーグルトの種菌や生パン種と同じで、新しく出来た麹から種麹を取り分けて増やし、そこからまた種麹を取り分けて……の繰り返しになる。


 ただ、ジュズダマは今のところ俺たちの主食でもあるのですべてを麹に回すわけにもいかないし、今回の仕込みで収穫した分は使い切ってしまったのでまた収穫に行かないとな。

 そして燻製と味噌の仕込みで塩がだいぶ減ってしまったのでまた作らないと。


「それなら、あたし今からジュズダマ集めと殻剥きやっとくっすよ。ガクさんはその間に塩作りを進めたらいいんじゃないっすか?」


「そうだな。じゃあそうしようか。夕方の干潮まで別行動ってことで」


「あいあい。では、その時までしばしの別れっ!」


 何かのネタだろうか、なにやら気取ったセリフとポーズを決めて美岬が空になったジュズダマ用の袋を手に小川の方に去って行ったが、俺にはよく分からなかった。


 俺は拠点から断熱シートを出してきて日当たりのいい砂浜に広げ、そこに前回の製塩でも使った製塩用の砂を薄く広げ、汲んできた海水を振り掛けていって2回目の塩作りを始めていく。

 この製塩用の砂には前回の塩分がまだ残っているので、前回よりは短い時間で海水を濃縮できると思う。


 同時進行で、夕方の素潜り漁のための準備も進めておく。

 潮干狩りで捕った貝を入れるための藤の篭はすでにあるが、それを海面に浮かべた状態で獲物を入れられるようにちょっと改造する。海女あまが素潜り漁をする時に獲物を入れるタライを海面に浮かべているが、それの篭バージョンだな。


 台風の時に拾ってそのままなんとなく持っていた漁網用のフロートを篭に固定して浮くようにして、さらに獲物が篭から逃げ出さないように藤を円盤状に編んだ蓋を作って篭に被せ、一ヶ所を繋ぎ合わせて蝶番のように開け閉めが出来るようにする。もちろん蓋が閉まった状態で固定できるように簡単な留め具も作っておく。

 ダッフルコートでお馴染みのトグルボタン式の留め具を、削った木片と麻紐で作って篭の口に取り付ければ完成だ。


 そしてこれを作りながらふと思ったのは、釣った魚を活かしておくためのもこういうのでいいんじゃないかということだ。

 今までは生け簀といえば柵や石垣で囲って魚が逃げられないようにする形で考えていたが、そんな大がかりにせずとも、大きめの蓋付きの篭を作ってその中に魚を入れて沈めておけばそれで十分だよな。作る手間を考えたらその方が絶対楽だし。

 よし。今度、そんな感じで生け簀を作ってみよう。


 頭の中でそんな算段をしつつ立ち上がり、完成した素潜り漁用の浮き篭を持って砂浜から海に入り、浮き篭がちゃんと水に浮くかテストしてみる。

 結果。本体は水中に没し、蓋とフロートが水面にプカプカと浮いているのは予定通りだが、ぎりぎり浮いてる感じなのでもうちょっと浮力がほしいな。これだと獲物をたくさん入れたら重さで沈みそうだ。

 さっき採集してきた粘土で陶器の浮き玉を作って浮力を補強すればなんとかなるかな。


 今はとりあえずこのまま使うが、課題も見えたので適宜改良しながらだんだん使いやすいものにしていこう。


 素潜り漁の準備はとりあえずこれぐらいでいい。魚を突くなら銛なんかも準備するところだが、今回の素潜り漁はあくまで海綿の採集が第一の目的で、他に海底や水中の岩に棲息している貝や海藻が目につけばついでに採集しようかな、という程度だし、魚を捕るのは現状釣りで十分賄えているし。




 強い日射しで乾きつつある製塩用の砂に海水を撒き足し、一旦その場を離れて、折り畳みスコップを持って燻製小屋の方に移動する。土器を焼くための火床を準備するためだ。


 土の質がしっかりしている場所を選んで、だいたい直径2㍍ぐらいの円形に地面を掘っていく。

 出た土は穴の縁に積み上げて叩いて固め、カルデラのような形に整えていく。崖に近いこの辺りは土にけっこう小石が混じっているのでなかなかスコップで掘り進めるのは大変だ。

 掘った穴と積み上げた土壁の高低差が30㌢もあれば火床としては十分だろう。


 俺が火床を掘っている間に、自分の作業を終わらせた美岬が応援に来てくれたので、燃やすための落ち葉や枯れ枝や枯れ草を集めてもらう。

 すでに林とここを何往復かしてくれているので火床のそばには小枝の小山ができている。


「んしょ、んしょ……」


 ショルダーバッグをたすき掛けにして、両手いっぱいに小枝を抱えた美岬が戻って来て、小枝をドサッと下ろし、ショルダーバッグに詰まっていた落ち葉や枯れ草もばさばさっと空ける。


「ふいー……」


 美岬がシャツの襟をパタパタしながら額の汗を腕で拭う。


「暑い中、何往復もさせて悪かったな。とりあえずこれぐらいあれば十分だと思うぞ」


「あいあい。でもそんなに大した労働じゃないっすよ。それよりガクさん! 落ち葉を集めてたら下からこんなの出てきたんすけど?」


 ワクワクを隠しきれない表情で美岬が取り出してきたのは直径5㌢ぐらいの黒い団子状の物体だった。パッと見では泥団子のようにも見える。


「なんだそれ? フンコロガシの団子か?」


「ふっ!? フンコロガシ!? 失敬な! あたしが糞団子そんなものを喜んで持ち歩くような女だと思ってるんすか!?」


「すまん。今のは失言だった。でも本当に分からん。なんだそれ?」


「意外っすね。プロの料理人のガクさんなら一発で分かると思ったんすけど。ヒントは、高級食材で豚や犬を使って探すものっす」


 そう言われてみて思い浮かぶものは一つ。黒い宝石とも呼ばれるアレだが、そんなまさかな。


「……え? まさかと思うけどトリュフなのか?」






【作者コメント】

 和食を支えるこうじは日本固有のカビの一種で、稲と共生しているので、天然ものは稲穂に付着しているものから捕まえることができます。この作品の初期プロットでは、稲麹から麹菌を捕まえて育てる予定でしたが、それだとあまりにも時間がかかりすぎるのでボツにしたという経緯があります。そもそも初期プロットでは舞台も絶海の孤島ではなく、住民がいなくなって遺棄された近海の無人島で過去の住人が残した家や野生化した農作物を利用するという難易度低めの設定だったのです。


 稲麹は無農薬で育てた稲の穂にたまに混じる黒く変色した穀粒──麹玉から分離します。麹玉には麹菌以外にも有害なバッカク菌などの雑菌も多いので分離しないと使えません。

 ネットで稲麹を調べると大抵、バッカク菌で危ないから使うな! 無理せず市販麹を使え! という扱いです。ただ、昔の日本ではこれから麹菌を分離して使ってたわけですし、知識として稲麹から麹菌を分離する方法は知っておいてもいいと思うんですよね。流れとしては稲麹から麹菌を育てて、育った麹菌を分離して種菌として使うという二段階です。

 バッカク菌を含めた多くの細菌は酸性を好み、アルカリ性では増殖できませんが、麹菌はアルカリ性を好みます。この特性を利用し、炊いた米に木灰をまぶしてアルカリ性にしてから稲麹を混ぜ込んで繁殖させると、麹菌だけが繁殖します。麹菌の別名は黄色麹カビですが、その名の通り、黄緑色のカビが生えるのですぐ分かります。その黄緑色のカビに覆われた米を取り分けて、それを種菌にすればいいというわけです。


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