第121話 12日目⑪おっさんはケジメをつける

「殺精子ゼリーと避妊スポンジ法以外の避妊法だが……えっと、さっきペッサリーって言ってたか? 初耳なんだがそれはどういうものだ?」


「あー……まあ日本ではあまり一般的じゃないっすからねー。ペッサリーは、精子が子宮内に入るのを防ぐために子宮頸部しきゅうけいぶに被せる軟らかいゴム製のドーム状のキャップっすね。

 自分の実物で確かめたわけじゃないんで保健の授業の受け売り知識っすけど、膣道って一番奥がちょっと広くなってて、その天井に子宮の出入り口──子宮頸部があるらしいっすね。で、その子宮頸部は膣側にポコンとドーム状に突き出てるらしくって、ペッサリーはその部分に被せてフィットさせる避妊具っす」


「んー? でもそれって行為中に外れたりはしないのか?」


「ちゃんとフィットしてたら外れないらしいっすね。膣の中って子宮頸部の周囲が一番広くなってるらしいんで、ペッサリーの直径をそのサイズにしておけばそこに一度納まったらもう動かないらしいっす。……たまに位置がずれてたりして失敗する場合もあるらしいっすけど、そういう場合に備えてペッサリーの内側に殺精子ゼリーを入れておくってことっすね」


「あ、なるほど。なんとなくイメージはできた。そのそれなりに直径のあるペッサリーを狭い入り口から入れて一番奥にセットしないといけないから弾力のある素材じゃなきゃいけないってわけか」


「そういうことっす。素材のイメージはシリコンゴムっすね。丈夫で弾力があることが必須なんすけど、ここに代用できそうなものってあるっすかね?」


「うーん……それ、もしかしたらくず切りの応用で葛粉で作れるんじゃないかな? 葛粉の比率を上げればゴムみたいな弾力は出せるし、ドーム型への成形もたぶんなんとかなると思うんだ。一度固まった葛粉は水や体温程度では溶けたり型崩れしなくなるしな。ほら、スーパーで売ってる生くず切りって常温で水に浸かってても溶けてないだろ?」


「……うわぁ、マジすかぁ。もし本当にペッサリーが作れるなら、子宮への入り口そのものを塞ぐ性質上、避妊スポンジ法よりも信頼性はずっと上なんであたしとしては使いたいっすね。……ただ、子宮頸部の大きさって人によって違うんで実際にサイズを確認してからじゃないとジャストサイズのペッサリーは作れないんすよ。だからあたし用のペッサリーを作るにしてもロストバージン後にサイズをきちんと測ってからってことになるっすね」


「ふむ。まあ葛粉で作れると決まったわけじゃないし、実験を重ねてみて作れそうなら作ってみるって感じにはなるだろうけどな。でも、コンドームほどの強度は必要なさそうだからたぶん問題なくいけると思うんだ」


「コンドームは出したり入れたりしても破れないだけの丈夫さがいるからハードル高いっすよねぇ。でも、コンドームってそれこそ大正時代とかの昔でも使われてたって何かで読んだ記憶あるっすけど、その頃の材料はなんだったんすかねぇ?」


「昔は動物の腸とか魚の浮き袋を加工して作ってたらしいな。日本だと鯉の浮き袋が都合がよかったらしい」


「へぇー、浮き袋っすか。…………あれ? そういえばシーラカンスの浮き袋はどうしたんすか?」


「…………やっぱり気づくよな。サイズ的にもちょうど良さそうだったから塩漬けにして残してあるぞ」


「わぁお! さすがダーリン。……でも、そんなコンドームの代用品があるなら教えてほしかったっす」


「……それこそさっきの美岬と同じような理由だよ。セックスしたくてガツガツしてるって思われたくなかったんだ。それに今回手に入れたシーラカンスの浮き袋で作れるコンドームは2個だけだからそれを使いきったあとはどうするって話になるしな。まさかコンドームを手に入れるためって理由でシーラカンスを乱獲するわけにもいかんだろ? だから、継続的に手に入れられるコンドームの材料の目処が立つまでは言わないつもりだったんだ」


「あー……そっすよねぇ。でも、おかげで避妊の課題はほぼ解決したっすよね。あたしが考えてた避妊方法は、ペッサリーも避妊用スポンジもそれなりに大きさのある異物を膣の奥に入れるものだから処女のあたしにはちょっと厳しい方法だったんすよね。やっぱり初めての証はダーリンに捧げたかったっすし。だから初めての時をどうするかが一番の問題だったんすけど、コンドームがあるなら大丈夫っすよね?」


「そうだな。最初の時は殺精子ゼリーを中に入れたコンドームを使えばいいと思う。念のために美岬にも膣内に殺精子ゼリーは入れておいてほしいけど」


「それはもちろんっす。あと、いくら避妊するっていっても特に妊娠しやすい排卵日前後のエッチはしないってことでお願いするっす」


「うん。殺精子ゼリーの実際の効果は未知数なんだからそれは当然のことだけど、そういういわゆる危険日ってのはちゃんと分かるものなのか?」


「んー、次回の生理開始予定日から逆算するオギノ式で大体の時期は割り出せるっすし、子宮頸管の粘液の状態をチェックする頸管粘液法けいかんねんえきほうで特に妊娠しやすい日は絞り込めるっすね。これも詳しく説明した方がいいっすか?」


「そうだな。せっかくだからこの機会に俺もちゃんと理解しておきたいかな」


 危険日の割り出しや管理を女の側に丸投げするのは無責任だし、俺としてもどの日がその日に該当するのかあらかじめ分かるなら知っておきたい。そうすればそういう日に美岬にセックスを迫るようなことも避けられるしな。


「オギノ式によれば、排卵日の14日後に生理が始まるっすね。排卵後の卵子が受精できる期間は約1日で、射精された精子が女の体内で生存できる期間が約3日なので、排卵日前の4日間ぐらいが特に妊娠しやすい期間といわれてるっす。つまり、生理が始まる15~19日前ぐらいが危険日ってことになるっすね」


「ほー、そうだったのか。オギノ式という言葉だけは聞いたことはあったがそういう内容だったんだな。俺はてっきり生理の直前が危険日だと思ってたんだがむしろ安全日だったんだな」


「実はそうなんすよね。ただ、このオギノ式はあくまで妊活のためのものなので避妊のために使うのはリスクが高いっす。そもそも生理の開始日ってストレスや体調でずれる場合もあるっすからね。ずれがなければそろそろ危険日のはず……ぐらいの目安と思っておいてほしいっす。でも女の身体は排卵日前後は精子を子宮に迎え入れやすい状態に変化するのでそこをチェックすれば実際の排卵日はほぼ特定できるっす」


「それがさっき言ってた頸管粘液法ってやつか?」


「そっす。子宮と膣をつなぐ部分が子宮頸管なんすけど、ここは常に粘液いわゆる“おりもの”で潤ってる状態なんすよ。そのおりものの状態がホルモンによって周期的に変化するんすよね。一番妊娠しやすい排卵日直前のおりものは量も多くてとろとろねばねばになってビヨーンと10㌢ぐらいまで伸びるようになるんす。この伸びるおりもの“のびおり”は精子にとっても入っていきやすい状態なので、女の身体は一番妊娠しやすい排卵日直前にはちゃんと精子を受け入れやすくなってるってことっすね」


「なるほど。つまり子供が欲しいならそのタイミングを狙うのがいいってわけだな」


「そういうことっす。排卵の後はだんだんおりものから粘りがなくなってきて生卵の白身っぽくなるっす。

 そして生理期間が始まって、それが終わった直後のおりものは、粘りがほとんど無い、ドロッとしたゼリーみたいな感じになってるっす。それから日数が経つとまただんだん粘りが出てきて生卵の白身っぽくなって、次の排卵日直前にはまたとろとろねばねばの“のびおり”になるというサイクルが繰り返されるってわけっす。このおりものの状態をチェックするのが頸管粘液法っす」


「なるほど。女の身体っていうのはよく出来てるんだな。……それにしてもめちゃくちゃ詳しいな。俺が学生の頃はこんなことは習ったこともないが、最近の高校の保健体育はこんなことまで教えるのか?」


 何気なく聞いてみれば、ハッとした美岬はたちまちのうちに顔を真っ赤に染める。


「ち、違うんすよ! これは決してあたしがエッチなことに興味津々だったとかそういうことじゃなく、大学生のお姉サマ方があたしの反応を面白がって色々吹き込んでくれたから自然と覚えてしまったというかなんちゅーかですねっ!」


 あ、察し……。


「まあまあ落ち着け。経緯はともかく、美岬が詳しく知っててくれたからこそ今助かってるのは事実なんだから、俺としてはそのお姉サマたちに感謝したいぐらいだぞ」


「……むぅ、ならいいっすけど、あたし自身は心身共に無垢むくな乙女なのでそこんとこはよろしくっす」


 身体はともかく、この耳年増みみどしまっぷりで心が無垢って言えるのか? と思いつつもそんな野暮なことは言わない分別はある。


「おけおけ。えー……それで、今の美岬の状態はどのあたりなんだ?」


「あ、そっすね。じゃあヒントは出すんでオギノ式で計算してみてほしいっす。あたしたちが船で最初に会った時が生理の2日目で、あたしの生理周期は基本的に30日っす」


「んー……ということは、今が漂流開始から12日目……いや、日付が替わってるから13日目だから、前回の生理開始日から14日目ってことだな。で、30日から14日引けば16日だから……おっと、オギノ式の計算だと危険日真っ只中ってことか」


「正解っす。あたしの身体の状態的にもやっぱり危険日で間違いなさそうっす。…………でもね、ダーリン。ちょうど今が危険日ってことは、もう数日もすればエッチ解禁ってことっすよ? だから、なる早で殺精子ゼリーだけでも完成させたいっす。そしたら……あたしたち、ついに1つになれるんすよ?」


 火明かりに照らされた美岬の潤んだ瞳が俺を真っ直ぐに見つめていて、ドキリとさせられる。どちらからともなく自然に繋いだ手の指を絡めあい、恋人繋ぎで握れば、気持ちいつもより高い体温が感じ取れる。


「……悪い子だな。どこでそんなすごい殺し文句を覚えてくるんだ? 急所を撃ち抜かれて死んじまったじゃないか」


「あは。ズキュンときちゃったっすか?」


 にんまりと悪戯っぽく笑う美岬としっかりと目を合わせる。


「ああ。美岬のことが、とにかく愛おしくて堪らない。言葉だけでは美岬への想いのたけをとても言い表せなくてもどかしいぐらいだ。早く美岬と1つになりたいよ。1つになって愛し合って、お互いに求め合って満たし合えたら……どんなに幸せを実感できる時になるだろうな?」


「あふっ。……やだ、なんか、想像しただけでもう心が幸せになっちゃったんすけど? ダーリンのことが大好きな気持ちがあとからあとからどんどん溢れてきて胸がキュンキュンして苦しいんすけど、どうしてくれるんすか? 今はまだそうなれないのが、もどかしくて切なくてどうしようもなく愛おしいんすけど? もう、今すぐにも抱かれたいんすけど?」


 繋いだ手をにぎにぎとしてくる美岬の手をぎゅっと握り返す。


「俺も同じ気持ちだけど、あともうちょっとだけ我慢しような。……愛してるよ美岬。本当に、心から」


「……はうぅ! ねぇダーリン、キスしてほしいっす。今はそれで満足するっすから」


 美岬のおねだりに応じて、握りしめた手は離さないまま唇を重ねる。一度離れ、至近距離で見つめあって照れながら微笑みを交わし、もう一度唇を重ね合う。

 握り合った手のひら越しに伝わってくる美岬の体温と脈拍。美岬の存在のすべてがただ愛おしくて、俺はごく自然にその言葉を口にしていた。


「結婚しよう。美岬」


 言葉にしてしまった瞬間、いったい俺は何を……と思ったのも束の間。一瞬ぽかんと呆けた美岬は次の瞬間にはパァッと花が咲いたような満面の笑顔になっていた。


「はいっ! ふつつか者の嫁ですが、これから先、どうぞ末永く可愛がってやってほしいっす!」








【作者コメント】

 うえぇぇ? なんで? え? マジで? ……というのがこの部分のラストシーンを書いた瞬間の作者の本音でした。物語を書いていると、登場人物たちが勝手に動き出すという経験は誰もがすると思いますが、岳人と美岬ほど作者の意向を無視して好き放題に勝手に物語を作っていく奴らは今まで記憶にありません。最後の電撃プロポーズは、そこを書く直前までまったく想定していませんでした。それでも一度書き上げてみると、まぁこいつらならこれもありかと思えたので、本来もう少し先に予定していたロマンチックなプロポーズ案は消えました。2人はこれまでも新婚さんごっこ的なイチャイチャはしてましたがあくまで“将来は結婚するつもり”でしかありませんでしたが、避妊の目処もつき、エッチ解禁がカウントダウンとなった中で、岳人のケジメの部分がついポロッと口から出てしまった“こぼれ球”を美岬が見逃さずにすかさず拾ってそのままゴール決めちゃった感じですね。リバウンドを制した美岬の勝利。


 蛇足ながら……

 美岬は同級生からは苛められクラスでは浮いてましたが、島の大人たちやサークルの先輩たちからは可愛がられていて大人たちとの交遊はあったので、恋愛経験、恋愛知識はほぼないくせに性知識だけはしっかりある“耳年増ムッツリスケベ”です。

 対する岳人が恋愛に関して妙に自己評価が低く、慎重で真面目なのは、過去の恋愛でのトラウマを引きずっているのが大きいです。真っ直ぐに好意をぶつけてくる美岬のおかげでかなり緩和されましたが、岳人がサバイバーになるきっかけになったその事件に関してはまた近々書きます。


 サバイバル状況下での避妊法に関しては実はもう一つあるのですが、尺の都合と、もうそこまでしなくてもいいかなということで割愛しました。そちらの避妊法については美少女船長の方で説明します。


 あとがきめっちゃ長くなってすみません。引き続き応援していただければ幸いです。

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