第121話 12日目⑩おっさんは真剣に保健体育を学ぶ

 完全に自業自得だが、中途半端に相手を刺激し合ってしまった結果、お互いにムラムラが治まらない状態で小川から戻ることになった。とりあえず温かいお茶でも飲んで落ち着こうということになり、かまどでお湯を沸かし始める。

 俺の隣でいつもの椅子に座っている美岬も落ち着かない様子でモジモジしている。


「……そういえば、気持ちを静めるリラックス効果が期待できる植物ってここにはなかったか?」


 微妙に居心地の悪い雰囲気の中、ふと思い立って訊いてみると、美岬がハッとした顔をする。


「あ、そっか! あるっす! ハマナスっす!」


「……おい、それほんとに効果あるのか? さっきからハマナスのいい匂いを漂わせている美岬に俺は悩殺されそうになってるんだが」


「はわっ! や、精油じゃなくて花蕾を煮出したお茶の方のにリラックス効果の有効成分が含まれてるんすよ! ちょっと取ってくるっす」


 居ても立ってもいられないとばかりに美岬が立ち上がってハマナスの群生地に走っていく。



 そうして美岬が摘み採ってきた花開く前の蕾を幾つか湯で煮出していけば、ハマナスの香りに加え、色素も溶け出してだんだん色も濃くなってくる。


「煮出すのはこれぐらいでいいと思うっすよ。漢方の生薬名は玫瑰花まいかいか。有効成分はフラボノイドやビタミンEでリラックス効果や精神安定効果があるっす」


「なるほど。とりあえず飲んでみようか」


 玫瑰花茶を飲んでみれば、華やかな香りの中に僅かな酸味と甘味があって飲みやすく、確かにほっと安らぐような優しい味だ。


「……ああ、いいな。この味はなんか和むな」


「ホッとする香りと味っすよね」


 それからしばらくまったりしてから話を切り出す。


「……さて、ぼちぼち落ち着いたところで真面目に避妊についての話をしようか?」


「はい。これは決して猥談わいだんとかじゃなくて大事なことなんすから、照れて曖昧に誤魔化したり茶化したりしないでちゃんと話し合わなきゃっすね」


 美岬は真面目な話の時はちゃんと真剣に向き合ってくれるから本当に助かる。まずは一番気に懸かっていることを訊いてみよう。


「さっき、避妊薬を作るって言ってたけど、それは副作用とか健康への害は無い物なのか? さっきはつい期待が高まってしまってそこまで頭が回ってなかったんだが、美岬自身に害が及ぶものならやめてくれよ?」


 美岬の避妊薬がどれほどの効果を発揮するかは知らないが、その副作用で体調を崩したり、将来子供が欲しくなった時に妊娠できない身体になったりしたら本末転倒だ。


「あ、それは大丈夫っす。避妊効果と身体への無害性は実証済みっす。……ちなみにガクさんって避妊方法っていうとどんなのを知ってるっすか?」


「ぶっちゃけ、コンドームとピルぐらいしか知らないんだよな」


「んー、つまり避妊薬のイメージが飲み薬だからあたしの身体を心配してくれたんすね。ちなみにあたしが作ろうとしている避妊薬は殺精子剤っす。精子を不活性化させる成分をあらかじめ膣内に入れておいて、中に出されても精子が無力化されるタイプのものっすね。これは出された精子にしか影響しないんで、よっぽどの特異体質でもなければあたしやガクさんの身体に何かの不調が出ることはないっす」


「なるほど。そんな都合のいい避妊薬もあるんだな。その材料は何なんだ?」


「それが今日の昼間に実験してた松の精油なんすよ」


「おぅ……マジかぁ……。まさかそんな身近な所にあるとは思いもしなかった。確かにそれなら今後の俺たちに必要だってのも分かるけど、だったらあの時言ってくれればよかったのに」


 そう言うと美岬が口を尖らせる。


「だってぇ……エッチなことをするために避妊薬を作ってるとか、言いにくいじゃないっすかぁ。どれだけエッチなことをしたくて必死になってるんだって思われたくなかったっすし」


「あー……まあそうか。そうだな。俺もなんとかしてセックスしようと必死になってるような姿は美岬には見せたくないし、そう思われるのも嫌だな。……で、松の精油には本当に殺精子効果があるんだな?」


「そこは間違いないっす。松の精油はテレビン油っていうんすけど、この主成分のテルペンに殺精子効果があるんすよ。このテルペンを使った殺精子剤は普通に流通してて製薬名はメルフェゴールっすね」


「なるほど。それなら効果も期待できそうだな。でも、俺たちが使うにはまだ課題もあるんだろ?」


「そっすね。まず、殺精子効果があるのは間違いないんすけど、1回のエッチでの必要量が分からないから、いざ使う時は余裕をもって多めに使うべきだと思うんで、テレビン油の安定的な量産が必要っす」


「うん。それは当然だな。なるべく早くちゃんとした蒸留器を作って効率よく精製できるようにしよう」


「あと、テレビン油は常温でも揮発しやすい精油なんで、作った後の管理も大事っす。揮発したら当然効果は無くなっちゃうんで、揮発しないように安定させる必要があるっす。通常はゼリー状にした殺精子ゼリーとして使うみたいっすね」


「ああ。それならゼラチンをいったん湯に溶かしてから冷やして、ある程度冷えて固まり始めるぐらいのタイミングでテレビン油を混ぜれば熱で揮発させずにゼリーに閉じ込めれると思うぞ」


「おお! じゃあ殺精子ゼリーを作るとこまでは特に問題なさそうっすね。あたしもここまではたぶんなんとかなると思ってたんすけど、問題は使い方なんすよね」


「ふむ。どういう問題があるんだ?」


「この殺精子ゼリーだけに頼った避妊だと失敗する確率も結構あるんす。エッチの前にあらかじめ膣内に殺精子ゼリーを入れておいたとしても、子宮内まで入れてるわけじゃないっすから、エッチしてる間に膣内から掻き出されちゃったり、射精と同時に精子が元気なまま子宮内に入っちゃったりして避妊に失敗するってこともあるらしいっす」


「あーなるほど。だから他の避妊法と合わせてやらなきゃいけないってわけか」


「そうなんすよね。信頼性が高い方法はコンドームやペッサリーの内側に殺精子ゼリーを塗布することっすけど、次善策としてスポンジに殺精子ゼリーを染ませた状態で膣の奥に仕込んでおく避妊スポンジ法もそれなりに効果は高いみたいなんで、あたしはこの方法が現実的かなって思ってるっす。エッチしてる間に殺精子ゼリーが外に出ちゃうこともないっすし、出された精液そのものもスポンジにかなり吸収されるんで」


「うん。確かに避妊スポンジ法は聞いた限りだと簡単だし、そんなに負担も大きくなさそうだから持続しやすそうではあるな。それの問題は吸水性の高いスポンジの調達ってとこか?」


「それっす。丸めた不織布とかでも代用できるんじゃないかとは思ってるんすけど」


「んー……いや、スポンジならちょっと時間はかかるがたぶんなんとかなるぞ。美岬はスポンジって元々何が原料か知ってるか?」


「え? 知らないっすけどこの島で手に入るものなんすか?」


「ああ。スポンジってのは本来、海中の岩とかに付いてる海綿カイメンのことなんだ。海綿の体には軟らかくて目の細かい骨格が網の目状に張り巡らされているんだが、軟組織を腐らせて洗い流して骨格だけを残したものを天然スポンジとして昔から人間は利用してきたんだ。前に釣りをしてた時に岩場の水中に使えそうな海綿があるのは確認してるから素潜りで採ってこれると思うぞ。それを発酵槽で何日か腐らせて軟組織だけ洗い流せば使えるようになるはずだ」


「おぉ、いきなりスポンジ問題は解決っすね。じゃあ避妊スポンジ法はわりとすぐにに使えるようになりそうっすね」


「そうだな。早速明日にでも海綿の採集をしてこよう。正直なところ、避妊法ってもっと難しい方法が出てくるかと思ってたが、意外と現実的な方法で良かったよ。殺精子ゼリーと避妊スポンジ法は当然採用するとして、他の方法も一応検討してみようか?」


「そっすね。ガクさんなら他の方法にもあっさり現実的な答えを出せるかもなので、他の方法も一応知っておいてほしいっす」







【作者コメント】

 1週間ほど体調を崩してまして、それと少し前の近況ノートにも書いた執筆のための資料データの全損事件、あれで消えたデータがまさに今回のための資料であったことも影響して1週更新を飛ばしてしまいました。特に今回は物語の中でも重要な部分なので中途半端で出したくなかったのです。


 殺精子成分のテルペンは松以外の植物の精油にも含まれますが、特に松と柑橘の皮に多く含まれ、商業生産の材料はだいたいこの二つです。


 ちなみに松由来のメルフェゴール入りコンドームはオカモト製が売られてますね。


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