船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ ─絶体絶命のピンチのはずなのに当事者たちは普通にエンジョイしている件─
第103話 11日目②おっさんは燻製小屋を作る
第103話 11日目②おっさんは燻製小屋を作る
美岬と一緒に雑木林から丸太の束を運んできて早速燻製小屋作りに取りかかる。直射日光や雨が直接当たらず、かつ地面が砂地ではなく土になっている場所が望ましいので、拠点とトイレのちょうど中間辺りの岩陰に作ることにした。
まずは燻煙材を燃やして煙を出すためのボイラー部分を地下に作ろう。地面にまず縦穴を掘っていく。直径30㌢、深さ40㌢ぐらいで掘り進め、掘り出した土を穴の口の周りに積み上げて固め、富士山のミニチュアみたいな形に整え、深さ50㌢ぐらいの火山煙突をまず作る。
次いで少し離れた場所から火山煙突の底に向けて斜めに穴を掘っていき、縦穴の底と繋がるようにすれば、穴の断面図はカタカナの『レ』のようになる。
これはダコタ式ファイヤーホールという原始的ながら高性能なかまどの1種で、今でも発展途上国の乾燥地帯ではよく使われているものだ。縦穴の底で火を燃やし、その熱で縦穴の上で調理をすることができる。追加の薪や燃焼に必要な酸素は斜めの穴から供給される。構造としてはロケットストーブとほぼ変わらない……というかロケットストーブの原形だな。
ダコタ式ファイヤーホールは燃焼効率がいいので普通に燃やせばほとんど煙は出ないのだが、薪に火がついた後で煙突の出口と吸気口を狭め、わざと不完全燃焼させることで煙を立たせることも可能だ。
「そんなに燃焼効率がいいならなんで拠点のかまどはこれにしなかったんすか?」
「これは作るのは簡単だが耐久性は低いからな。旅の途中で短い間使う程度ならこれでもいいが、拠点を定めて何度も煮炊きに使うことを考えるなら、石や粘土でちゃんと作った方がいい。それに拠点のあたりは砂地だからファイヤーホールだとすぐに崩れて埋まるしな。こっちは地面は土だし、燻製のボイラーは煙を出すだけで煮炊きには使わないからファイヤーホールでも十分に持つはずだ」
「なるほど」
「あと今回は燻製を作るついでに木炭も作ってみようか」
「……それ、ついでで作れるようなものなんすか?」
「おう。今回は完全についでだな。そもそも炭というのは薪を不完全燃焼させて作るものだからな。この前の焼き畑でも見たと思うが、不完全燃焼させると煙がよく出る。だから燻製を作る時はわざと薪を不完全燃焼させて煙がよく出るようにするんだが、そのノウハウはちょうど炭作りにも応用が利く部分なんだ」
「ほー、そうなんすね。燻製も炭も時間のかかる作業っすから、一度にまとめてやれるのはありがたいっすね」
「そういうことだ。とりあえずこのファイヤーホールの中に炭にするための薪を先にセットしておこう」
集めてきた丸太のうち、工作に使うには太すぎる根本に近いあたりを30㌢ぐらいの長さで切り落としていき、それをダコタ式の中に立てて並べていく。今日はまだ火を着けないが、このまましばらく乾かしておこう。
「じゃ、この火山煙突を囲むようにして柱を立てて燻製小屋を作っていこうか」
燻製小屋そのものはトイレ小屋を小さくしたような形だ。1辺50㌢で4隅に柱を立て、柱と柱の間に横木を渡して補強し、片流し屋根を付ける。高さは160㌢ぐらいだ。
トイレ小屋との違いは中に棚を作っていることだ。燻製にする食材を乗せた網を何段か収容できるようにしておけば、1度にたくさんの燻製を作れるようになる。燻製は作る量が少なくても多くても使う薪の量は変わらないから可能な限り多く作れる方がいい。
棚といってもそんな大したものではない。柱の対角線で2本の棒を交差させて固定しているだけだ。この上に四角い板や網を乗せれば棚になる。そんな棚を高さを変えて4段作る。あまり火に近すぎるのは良くないので、1番下の段は80㌢の高さにして、そこから20㌢おきに100㌢、120㌢、140㌢に設置した。
見た目のイメージはホテルの厨房なんかによくあるガスコンベクションオーブンだな。
ここからは分業で、美岬には長さを切り揃えた葦の束を横木に
俺は4段分の
「3面は壁が出来たっすけど、1面はドアみたいに開け閉め出来なきゃいけないっすよね? どうしたらいいっすか?」
「とりあえず木の棒で壁1面サイズの長方形の枠を作って、それに葦を組み込んで扉を作って、出来上がった扉の上の木枠と燻製小屋の上の横木を結べば、滑り出し窓──上部に
「あ、なるほど。木枠はガクさんにお願いしちゃっていいっすか?」
「おう、お任せられ」
「あたしの決め台詞取らないでほしいっす」
「せっかく美岬とお揃いに寄せたのにな」
「あ、やっぱりそのままでいいっす。どんどん使っていきましょうっす! 神島おまかせられ普及協会長の職権で許諾するっす」
「……なんだその役人の天下り先みたいな組織は?」
「今なら副会長職も空いてるっすよ?」
「いらねぇ。ほんっとにいらねぇ。なんならスズメウリ愛好協会の副会長職も返上したい」
「ひどいっす」
などとアホなやりとりを挟みつつも和気あいあいと作業を進め、昼頃には燻製小屋作りが一応の完成を見た。葦を組んだだけの壁だとどうしても隙間は多いが、今の状態でもスモーカーとしては十分使える。スモーカーは煙がある程度内部に充満しさえすればいいからな。
煙を出すボイラーであるダコタ式ファイヤーホールの火山煙突は小屋の中にあるが、焚き口は小屋の外にあるので火の管理もしやすいはずだ。
一番の目的は燻製作りだが、木炭作りにも使えるはずだし、煙を出さずに普通に火を燃やせばオーブンまではいかずとも、熱風乾燥庫としても使えるはずだ。熱風乾燥庫があれば焼き物作りで成形した粘土の乾燥時間を短縮できるから地味に役に立ってくれると思う。……火事にならないように気を付けなきゃいけないが。
「結局、午前いっぱいかかっちゃったっすねぇ。お腹すいたっす」
「そうだな。結局、朝から桑の実しか食ってないもんな。とりあえず昼飯分の食材だけ急いで調達してくるか。美岬、満潮のピークを過ぎてちょっと潮が引いてきたからハマグリを採ってきてくれるか? 俺はとりあえず魚を1匹か2匹釣ってくるから」
「あいさっ! おまかせられっ!」
今日の潮は小潮で俺が起きた4時頃が干潮のピークで、10時頃に満潮のピークを迎え、今はまた少し引き始めている。
昨日作ったばかりの篭とスコップを持って美岬が波打ち際に下りていき、俺は自作の針の付いた釣竿、大きい魚が釣れた時に海面から引き上げるための
岩に付いていた小さめの牡蠣の殻を割って中身を取り出し、針に付けて岩場の隙間の穴から陰になっている海中に落として餌の重みで
牡蠣の白い身がユラユラ揺れながら沈んでいくのを目で追っているとフッとそれが消え、竿先がぐっと引き込まれる。
「っ! いきなりきたか!」
根に潜られないように竿を立てると、しっかりフッキングしたようで竿越しにごん、ごん、と魚の抵抗する強い引きが伝わってくる。このあまり走らないごんごんくる引きは前回俺が釣ったアイナメのブルブルくる引きとは全然違う。美岬が釣ったクロソイがこんな感じだったか……それにしても重い!
大きな魚影が海面に上がってきて、ついに顔を出して大きな口をパクパクさせるが、でかすぎて竿だけでは上げられそうにない。いきなり出番がきた手鉤をエラ蓋から差し入れて引っ掛け、竿の力と合わせて一気に吊り上げてクーラーボックスに入れる。
びったんびったんと暴れるその魚を俺は見たことがないが、特徴からソイやハタの仲間だと思われる。デカイ顔と厚い唇、背ビレや胸ビレや尾ビレも大きくなかなか勇ましい姿だ。
サイズはおそらく40㌢ちょっと。茶色と白と黒が混ざった斑模様はまるで迷彩服のようだが、実際、カムフラージュ効果はあるんだろう。こいつが餌に食いついた瞬間は餌が突然消えたように見えた。
保存食用にもう少し釣りたいが、それは午後からにしよう。釣り始めたばかりだが、予想外の大物が釣れたから一旦ここで中断して昼飯の準備だ。
俺が岩場から砂浜に戻ると、大きいハマグリがいくつか入った篭を持った美岬が寄ってくる。
「こっちからも見てたっすけど、いきなりでっかいの釣ってたっすね」
「おう。たぶんソイかハタだと思うんだが俺は初めて見る魚だ。美岬は分かるか?」
俺がクーラーボックスを降ろして蓋を開けると覗きこんだ美岬が歓声を上げる。
「わぁっ! タケノコメバルじゃないっすか! これはめっちゃ美味しい魚っすよ。うちの島でも磯釣りの人気ターゲットっす。煮付けが最高っすけど、刺身でも焼いても美味しいっすし、しかもこのサイズだとめっちゃ脂乗っててきっと絶品っすよ」
「ほう。そりゃいいな」
漁師の娘で旨い魚を食べ慣れてる美岬がここまで言う魚なら否応にも期待が高まる。それなら腕によりをかけて料理しなきゃな。
【作者コメント】
タケノコメバルは日本中の沿岸部に棲息している根魚の1種で、メバルという名前は付いていますが実はメバルではなくソイの仲間でベッコウゾイという別名もあります。カサゴは最大でも30㌢ぐらいですが、タケノコメバルは最大60㌢ほどにもなる大型の根魚です。それでいて浅瀬にも棲息しているので、テトラの足下に大物が潜んでいることもちょくちょくあり、釣り人の間では人気の魚です。
大型のタケノコメバルは冬の能登半島でよく釣れることで有名ですが、作者の住む伊勢でもけっこう大物が釣れます。カサゴ狙いで穴釣りをしていると食いついてきますが、足下からいきなり40㌢オーバーのタケノコメバルが釣れたりするとテンション上がりますね。
作者は餌釣りならブラクリに塩サバ、ルアー釣りなら夜光タイプのカーリーテールワームを夜にテトラ近くを泳がせて釣ります。
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