第53話 文化祭(三日目)

 

 「理津、待った?」

 

 「ん、大丈夫」

 

 午前が終わり昼休憩。

 望は理津と待ち合わせをしていた。

 

 クラスTシャツを着た彼女は文化祭仕様なのかいつも以上に着飾っているように見えた。

 

 「理津は何か食べた?」

 

 「(ふるふる)」

 

 「じゃあ、えーと、確か三組と五組が売店してるみたいだからそこ寄ろうっか」

 

 少しわざとらしい口調になってしまったが、予め聞いていたお店に向かう。ここからはそう遠くない。

 

 午前から午後にかけての休憩時間は中庭や体育館でのライブが停止する。生徒が無理をして熱中症にならないためだ。夏は終わり初めているがまだまだ気温は高い。

 

 「いらっしゃいませ」

 

 中に入るとウェイトレス姿の学生がテーブルへと案内する。レストラン風の店内はかなり装飾が凝っていて目を見張るものがある。

 

 「結構すごいな」

 

 「ん」

 

 理津も同じようなことを思っていたようで頷く。

 テーブルも普段使っている机をいくつか組み合わせているようだが外見は完全におしゃれなリビングテーブルだ。

 

 「だがしかし……………………」

 

 望は気まずそうにちらと視線をやる。

 それもそのはず。


 「なぜチャイナドレス」

 

 店内にいるウェイトレスの格好が総じてチャイナドレスだったのである。

 内装は明らかな西洋風だというのに。

 

 「アンケートを取ったのですがどうにも票が割れたので仕方がなかったんです…………」

 

 丁度接客をしていた男子生徒が恭しく答える。

 それは大変だ。けれどもこうも服装とその他が異なると変な感覚に陥る。 


 望と理津はその後も少し別世界に迷い込んだ気分を味わっていた。


 

 「料理はすごく美味しかったな。特にお好み焼きが」

 

 「…………………ん(こくこく)」

 

 満足げに頷く理津。世界観こそ混ぜ混ぜでカオスだったがそれ以外は文句のつけようがなく楽しめた。あれはあれで一種のスパイスだろう。

 

 「ん?どうした?」

 

 理津が制服の裾を掴んで催促する。前方を見ると何やら目を引く看板が入ってきた。

 

 「お化け屋敷か…………」

 

 「あれ、入ってみたい」

 

 「でも怖いの大丈夫なのか?まあ文化祭クオリティーだとそこまで怖くないかもしれないが」

 

 望としては夏休みに少しの心霊体験をしたのでお化けに対して舐めた態度を取れないのだが、それにしたって素人の作品。臆するに足りぬ。

 

 「二名様。うらめしや~」

 

 白装束を着ていかにもなコスプレをした受付が生者を墓地へ誘う。最後の一言は完全にいらっしゃいませのテンションだったが。

 

 「おっ、意外と雰囲気でてるな」

 

 中に入ると外の空気感とは違った薄暗い世界が広がる。空調もいじっているのか肌寒い。内容は教室内に作られた迷路を進み反対側の出口から出てこればゴールのようだ。

 

 「……………………」

 

 「……………………」

 

 ぐんぐん進む。途中幽霊やお化けの格好をした人が脅かしてくるけれど、望も理津も大した反応もせず進む。

 

 元々無表情の理津だが何も驚いていないわけではない。ただ声に顔にも出てこないだけだ。

 

 対して望の方も驚くことはするがそれが怖いに直結することはない。それよりも興味関心のほうに行き寄せられてしまう。

 

 「うがああああああああ!!!!(ゾンビ的な何か)」

 

 「おおう」

 

 「ん」

 

 すたすたすた――――――。


 「今の人、演技上手かったな」

 

 「ん。声も出てた」

 

 

 「ぐああああああああ!(幽霊的な何か)」


 「なるほど」

 

 「うむ」

 

 すたすたすた―――――。

 

 「もうちょい必死さがほしい」

 

 「ん」

 

 本来の所要時間の半分にも満たない時間で二人は教室を出た。


 「クオリティ高かったね」

 

 「ん」


 「あ、ありがとうございました…………」

 

 顔を見合って感想を話す二人。そのまま歩き去っていく彼らを受付は見送っていった。

 

 (ラブコメ要素のない人達だったなぁ……………………)

 

  

 

 「ふうー、結構回ったね」

 

 ベンチに腰掛け望は一息つく。

 あれからというもの全クラスを回りきることはできなかったが、人気のあるクラスは粗方消化できた。

 

 「………………疲れた」

 

 理津も額に汗が浮かんでいて、かなりお疲れのようだ。

 

 「まあ普段はこんな人込みの中長時間遊ぶことないもんね」

 

 今二人がいるのは中庭や体育館のある方角の反対側。一番人の集中していないところだ。ここは出し物も置かれておらず二人と同じで遊び疲れた人たちの休憩スペースのようになっていた。

 

 「理津はどこが楽しかった?」

 

 「………………でも」

 

 「ん?」

 

 「望とならどこも楽しい」

 

 「っ!?」

 

 理津の頬が妙に上気していて、こちらも照れてしまう。

 

 「そか。それは良かった…………」

 

 (全く。不意打ちに弱いな僕は)

 

 この前その洗礼を食らったばっかりだというのに。

 

 「僕だって理津と一緒なら嬉しいよ。最近はあまり時間もなかったしさ」

 

 「………………ん」

 

 二学期に入ってからは色々なことがあって、僕も理津も成長したと思う。

 二人でいるということはそれだけお互いに支え合えることでもあるが、同時に怠ける口実にもなってしまう。

 

 それが今までの僕だった。

 時効という概念にすら背を向けて成長から逃げていた。

 

 「………………望」

 

 「ん?」

 

 「言って」

 

 「え」

 

 「言って」

 

 理津の顔がすぐそこにまで近づいていて、体の熱も感じ取れるほどの距離。

 

 「言うって何が…………?」

 

 突然の言って発言に戸惑う。心当たりがないこともないが、それはまだ段取りが…………。

 

 「段取りなんて関係ない」

 

 「何で平然と心を読めるのかな」

 

 「言って」

  

 「うーん…………」

 

 望は腕を組み頭を悩ます。けれどすぐに解くと―――――。

 

 「ダメだな僕は。変に格好つけて」

 

 全身の力を抜いて背にもたれかかった。

 

 「ま、怠けることがないっていうのは良いのかもしれない」

 

 「?」

 

 意味がわからないようで理津が首を傾げる。

 これは僕の胸の奥にしまっておこう。 


 「気にしなくていいよ。……………………じゃあ、段取りを飛ばします」

 

 「うん」

 

 望が姿勢を正して向き直すと理津もこちらを静視する。

 

 「理津」

 

 「ん」

 

 「約束を、僕に叶えさせてほしい」

 

 体育祭の後、交わした約束。やっと決心がついた。

 まったく何年待たせるんだって話だ。


 「そ、その、だから、結婚を前提に―――――」

 

 Prrrrrrrrrrr!!!!

 バイブレーションが鳴り響く。

 

 「何!?もう!」

 

 (せっかく覚悟が決まったのに!誰だよこんな時に電話かけてくる非常識な人は!)

 

 勢いよくスマホを叩くと中から聞きなれた声が聞こえてきた。

 

 「……………………望先輩何やってんすか」


 というか、凛だった。 


 「な、何のことですか」

 

 「しらばっくれてもダメですよ」

 

 「…………………………(汗たらー)」

 

 「何か邪な雰囲気を感じ取ったので、一応言質を取ろうかなと」

 

 「怖いよ!そしてすごいね!?」

 

 なんで僕の周りの女子ってそんなに勘が鋭いの!?予知能力者なの?


 「とにかく先輩を落とすのは私なのでその所自覚してもらいたいんですが…………先輩今何しているんですか?」

 

 「いや~、それはその…………」

 

 言えない!彼女と一緒にいるなんて!


 「……………………望」

 

 「何ですか理津さん!今ちょっと大変でして―――――!?」


 僕の叫びを理津が遮る。 


 「んちゅ」


 「――――――――!?(声にならない悲鳴に似た何か)」


 いきなり理津が望の唇に自分の唇を重ねてくる。

 優しくも吸い込まれそうな熱いキス。やがてそれが離れると望の頬に手を添えて微笑む。 


 「これからもよろしくね。旦那様?」

 

 吸い込まれそうなほど綺麗な瞳と妖艶な色気で破壊力抜群だった。


 「ちょっと先輩!?ほんとに何やってるんですか!」

 

 「はは、ははははは…………」

 

 目の前にいる勝ち誇った笑みを浮かべる彼女と耳元で叫びを上げる後輩に挟まれて、望は誤魔化すように笑う。

 

 やっぱり僕の彼女は、無口で無表情で、ミステリアスでわからない。

 けれど、とてつもなく積極的で可愛いんだ。

 

 









 ※あとがき。


 最後までご拝読いただきありがとうございます。これにて完結です。

 色々と至らないところもあったかと思いますが自分自身楽しく書くことができました。また機会がありましたら楽しんでいただけると幸いです。

 ありがとうございました。


                          作者より。



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無口・無表情彼女は今日も攻める!? らぶらら @raburara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ