第52話 心地
1
「憂鬱だ……………………」
広々とした空を眺めながら望は呟く。
楽しそうに飛び交うカモメのようにしがらみがなく悠々自適に暮らせる生活がくればなんと心安らぐことやら。
「ここ数日の間に二人の女の子を振るなんて、人として最低のことをした…………」
望の精神を擦り減らしている主な原因が直近に立て続けに起こった告白ラッシュだった。モテ期の到来と考えれば嬉しくないこともないのだが、断ざるを得ないと思うと罪悪感で鬱屈した気分になる。
「大体こんな僕のどこが良いのか――――いや、自分を卑下するな。それは彼女達への冒涜だ」
自身への自問自答をしながら望は考えを新たにする。自分を好きになってくれた子がいるんだ、彼女たちの評価までも下げるようなことはしたくない。
「最近理津にも会えていないしなぁ」
電話でのやり取りを含めればそう長いこと話していないわけではないが、少し寂しい。実行委員で忙しいのだろうが、どうにか会えないだろうか。
「望……………………」
「ん――――――理津!?」
名を呼ぶ声に振り返るとそこには彼女がいた。
「でも……………………なんでメイド姿?」
浮かんできた疑問をそのまま問いかける。
今目の前にいる彼女はまごうことなきメイド服を身にまとっていた。
あしらわれたフリルは機能性を損なうことなく可愛さを演出し、限界まで上げられたスカートは絶対領域すらも凌駕しそうな短さである。
「私も望に会いたかった…………」
ほんのりと顔を赤らめながら艶やか表情を浮かべる理津。
普段の彼女から見受けられない変化に望の胸が高鳴るのを感じる。
「いやいやいや、確かに会いたいって思ってたし、口にも出したけど現実になるのが早すぎるというか」
「望は私に会えてうれしくないの?」
四つん這いになって肉食動物のように迫りくる理津。前かがみになったことでちらりと覗く豊満な胸元になぜか視線が集まってしまう。
「嬉しいよ、嬉しいけど!」
と、叫びながら望は天を仰いだ。
青空にゆったりと進んでいく雲。
鳴き声を上げながら飛び交うカモメたち。
――――――――ん?
「カモメ?」
なんでカモメがいるんだ?というかここはどこだ?
気づけば海岸沿いの海辺のようなところに望と理津はいる。下を見下ろせば波打ち際には多くの海の家が立ち並び多くの人々で砂浜が見えない。
「ああ…………そういうことか」
これ、夢か。
道理で殺風景なもんだと思ったよ。
第一住んでる地域に海何てないし。
理津も変な感じだし。
というか、夢の中ってことはこれが僕の理津に対しての願望ってこと?まじで?
欲求不満すぎるって僕。
「一度夢だと気づいたら、空虚なもんだな」
再び天を仰ぐ。夢はどうあがいても夢なんだ。
「さっさと起きろ僕!!!!現実はそう甘くないんだぞ!!!!」
2
「起きて望。早く」
「うーん…………………夢は空虚だ。胸は質素だ」
寝返りをしながらさらに寝言を垂れる望に彼女は傾げる。
「何を言っているの…………?」
むぎゅう。
「ふが、ふがががががが」
「ふふ、面白い」
鼻をつまみ悶える望を見て、理津は微笑む。
「ふがががが、すかー」
「む」
すぐに口呼吸に切り替える望を見て、理津は少しむっとする。
「私を無視するなんて、良い度胸」
理津はつまんだ手はそのままにおもむろに座っていた腰を上げて、望との距離を縮める。
「むちゅー」
「いや、ちょっと待て」
口元に顔を寄せる理津を間一髪望が防いだ。あと数センチだった。
「おはよう、望。支度しないと遅れる」
「よしわかった。その切り替えは尊敬に値する。だけど僕は理解してないから教えてくれるかな?」
「何が?」
「なんで理津ここにいるの」
望は辺りを見渡してここが自分の部屋であることを認識する。特に自分が理津の部屋に上がり込んだ等ではない。
「迎えに来た。許可も得ている」
理津が掲げる手には合い鍵。
「…………世の中、合い鍵を所持していれば許可を得たことにならないぞ」
頭を抱える。すっかり忘れていたよ。
「大丈夫。妹さんにも承諾されている。こちらこそ兄をよろしく、だって」
「何が!?」
今の文面でどうしてその言葉が出てくるのだ妹よ。
「まあそんなことより。着替えるから外に出ていてくれ。さすがに恥ずかしい」
「それならこれを」
おもむろに出されたメイド服。
「もう着ねえよ!」
3
「望のメイド姿見たかった」
学校に向かう道中、名残惜しそうに零す理津。
「もう一生分撮ったでしょ…………」
男子が一生の内にそう何度もメイド服を着ることはないだろう。
もう十分だ。
「なあ理津。実行委員もずっとクラスを見ているわけじゃないんだろ?一緒に回らないか、文化祭」
「うん。わかった」
さりげなく誘ったが、内心緊張していたことは伝えないでおこう。
「じゃあ、昼休憩になったら待ち合わせ」
「了解」
文化祭最終日ということもあり、学生たちの間には疲労が見え始めたかと思ったがそんなことはなかった。むしろボルテージは最高潮に上がりきったままで、来週からの授業が心配になるほどだ。
「おう、望。おはよう」
「おはよう。今日は早いな」
教室に入ると真っ先に辰海と目が合う。普段なら望が先に教室にいることが多いのだが、例外もあるようだ。
「サッカー部の出し物の準備でな。おかげで早起きするはめになった」
「ああ、部活連は二日目と最終日でスケジュールが分かれてるのか」
「そそ。んでもってサッカー部は最後の最後。何でも顧問が張り切ったみたいでさ」
珍しく愚痴をこぼす辰海。相当参っているようだ。
部活動の出し物は強制ではなく自ら名乗り出てやるものなのだが、数が多いため一般客のいない二日目と最終日に分けられて行われる。
けれど、体育館などの大きなステージを使える少ない機会なので希望者は多い。
「それは大変だな。最後って、閉会式の直前だろ?頑張れよ」
中でも出し物の最後を飾るらしい。吉と出るか凶と出るか。
「それより、望はどうするんだ?理津と回るのか?」
「まあ、な。どこがおススメとかある?昨日はあまり回れなくてな」
そもそも他のクラスがどんな出し物をしているのか望はあまり把握できていない。
パンフレットを見ればある程度はわかるだろうが、それでも経験に基づいた感想があればそれに勝る情報はないだろう。
「おっ。じゃあ俺のとっておきを教えてやろう。こっち耳貸せや」
ちょいちょい、と辰海が手を招き、望は顔を近づかせる。
「なんだなんだ?何やってんだよお前ら」
「谷口もこっちこい。お前の力が必要だ」
訝し気な視線でこちらを見ていた谷口も辰海に呼ばれ、近づく。
「ここにあれが――――――――それで」
「なるほど」
「そしたら、ここで――――――」
「うん」
「おっ、そしたら―――――――ごにょごにょ」
「「おお!」」
今、文化祭最終日が始まる。(次回最終話。たぶん)
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