第50話 どうしようもない私の事

 

 長らくお待たせした。私の話をしよう。夜桜真夜の話を。

 え?別に待っていないって?まあ、そう焦るな。 


 私は小さい頃から変な奴だった。

 ここでの変な奴と言うのは「変態」ということではなく、「変人」といった方が正しい。

 

 無愛想でぶっきらぼう。自分の興味のあることにしか関心を持たず、自分が望んだ物にしか納得をしない。そのくせ悪知恵の回る性質だった私は大人たちからも忌避された。

 

 そんなやつが実在したら否応なしに嫌われるに決まってる。教室でも浮いた存在だった私の唯一の友達が琴音だった。

 相川琴音。私の敬愛する親友。彼女も私のことをそう思っていると嬉しい。

 彼女の美徳とも欠点ともとれるのが他人にも厳しい上に自分にも厳しいところだった。


 「人に迷惑をかけるな」 


 私が何かずるをすれば彼女はどこからともなく現れて、私の頭を叩いてそう言うのだ。かなり力の入った良いのをね。おかげで私の頭は二つに割れてしまったよ。脳みそは常に割れているか。 


 ともあれ、その時は大した仲でもなかった私からしたら大変憤慨する出来事だ。

 勝手に同い年の少女が現れたと思えば自分の頭をかち割って武力行使で叱ってくるのだから。これ以上屈辱的な出来事はそうそうない。

 

 当然怒った。そりゃそうだ。

 

 「私に一々突っかかってくるな!不愉快にもほどがある!私が正しいと思うことをして何が悪いんだ!」

 

 勢いよく彼女に掴みかかって地面に組伏せる。我ながら齢十数歳にしては些か過剰だと思う。

 

 「そうか。だがだめだ」


 私の心からの叫びを琴音は両断する。 


 「何でっ!何がいけないんだよ!」

 

 彼女のはっきりとした物言いに私は一瞬戸惑いながらも口を大きく開けて反論する。だが返ってきたのは一貫して―――――

 

 「人に迷惑をかけるな」 

 

 ロボットかと思ったよ。SF映画よろしく琴音ちゃんがサイボーグだと知っても私は信じれるね。

 

 でも琴音ちゃんは続いてこうも言った。

 

 「規則を破るな。問題を起こすな。それでも反発したいなら規則を変えろ。小さい枠組みの中で抗うな」

 

 彼女は昔から中二病の素質があったようだ。この話は今の琴音ちゃんにとって耐えがたい黒歴史みたいで私はよく揶揄うのだが、当時の私には衝撃だった。

 

 今までそんなことを言われたことはもちろんなかったし、子供はもちろん大人でさえ私を押さえつけようと必死で手を差し伸べようだなんて思う人はいなかった。

 

 だから淡々とした口調で発せられた彼女の言葉は今までかけられた上辺だけの言葉よりも温かくて心に響いた。

 

 これが私と琴音ちゃんとの大事な思いでの一つ。

 私を語る上で外せないルーツのひとかけらだ。

 

 でもこの際琴音ちゃんとの馴れ初め話は今回の話には関係がない(ごめんね)したいのは副部長との話だ。



 私と副部長に昔ながらの接点はない。全くもって他人。高校に副部長が入ってきたのが初対面だ。


 新しい一年生が入学した時から彼の噂はどこからか耳に入ってきた。

 何でも女子しか入部できない茶道部に男子生徒が入りたいと言っているらしい。それも熱心な入部希望者がいたかと思えば、部自体に興味はないときた。

 

 さすがにその理由では教師も許可を出せないし、彼自身は特に抵抗することはなかった。そして二年生の間では次のような話題が出てきた。「では一体、どの部活に入るのだろう?」と。

 

 「わーお」

 

 思わす変なリアクションをしてしまった。

 それもそのはず、噂の彼が文芸部に入部届を持って訪れたのだから。

 

 彼の名前は―――藤巻望。

 身長は高くもなく低くもなく至って平均的、半袖の制服から覗く上腕は引き締まっている。何かスポーツもやっているのだろうか?顔立ちはすらっとしていて、どちらかと言えば可愛い系。

 

 何というか随分と―――――イメージと違う容貌だった。

 

 「よ、ようこそ文芸部へ。歓迎するよ」

 

 らしくもない変な言葉遣いになってしまったが、彼を部室(図書室だが)に招き入れる。

 

 「えっと、三年生はいないんですか?」

 

 「ああ。一応引退の時期はもう少し先なんだがね。何かと受験やら模試やらが忙しいと難癖をつけてこないことが殆どなんだ。入部早々の君にはあまり聞かせられない話だけど」

 

 当時の三年生とはどうにも馬が合わなかったのを覚えている。

 部誌を出すにしても締め切りを決めないで取り組むせいか製本が間に合わなかったり、間に合わない部員がいた。


 雰囲気が悪いわけではなかったが、その生ぬるい感覚が私にはどうにも受け入れられなかったのだ。

 

 「そうなんですか」

 

 彼は平坦な返事をする。興味はあまりないようだ。

 

 「えっと、自己紹介がまだだったね。私は夜桜真夜。一応副部長をしている。部長は三年生にいるんだが、今日は欠席だ。私の他にも部員はいるんだが集合時間はもう少し後なんだ」

 

 今図書室にいるのは彼の私の二人だけだ。

 

 「そうですか。少し早く来てしまってすみません」 

 

 「いやいいさ。別に早く来たってなにもない」

 

 「一年生で入部希望の生徒はいるんですか?」

  

 その質問は痛いな。あまりされたくはなかった。

 

 「…………いや、いまのところは君だけだよ」

 

  私は少しバツが悪そうに答える。

  返答次第では彼が入部を取り消すことも考えられたからだ。

 

 「それは良かったです」

 

 「うん?それはどういう…………?」

 

 返事の意味がわからなかったので聞き返そうとするが彼は図書室の中をぐるりと見て回る。

 

 うちの高校の図書室はかなり立派な造りだと思う。

 部屋の広さもあるが本棚の他に読書や勉強のできる机がびっしりと並べられており快適だ。

 

 「それで部長は何かこの部活に不満を持っているんですか?」

 

 突然の質問に私は一瞬固まる。

 

 「返答の前に私は部長ではないぞ?」


 「三年生が来ないのなら先輩が部長になっても問題ないんじゃないんですか?部長も副部長もやること自体は変わらないでしょう」

 

 随分な言い草だと思った。生意気な後輩。

 けれど不思議と嫌な感じはしなかった。

 

 「それに少し先の出来事なら前倒ししても良いと思うんですよ」

 

 彼はそこで私の方を向き直す。

 

 「それで質問の答えはどうなんですか?」

 

 真っすぐな瞳が私を貫く。

 水面に反射した光が私と私の来歴を照らしたようだった。


 『それでも反発したいなら規則を変えろ。小さい枠組みの中で抗うな』

 琴音ちゃんの言葉が私の頭の中にふと浮かんできた。

 それも確かな声で、確かな意志を持って。


 「君は…………そうだな。変な奴だな」

 

 私はふっと笑みを零す。

 ここまで自然に笑ったのは久しぶりかもしれない。

 

 それからというもの私と文芸部を取り巻く環境は大きく変化していった。

 まず部員が大きく増えた。

 要因としては三年生の引退と同時に私が部長となり、部活動の方針を大きく変えたからだろう。

 

 また部員の増加により今まで日陰者だった文芸部をより他の生徒に視認してもらい部活としての規模も大きく成長したと思う。


 彼としてはただ単に出た言葉なのかもしれないが(十中八九そうだろう)私には預言者のようにも思えた。彼の前で咄嗟に出た口調もすっかり馴染んでしまって、今さらもとに戻れそうにない。


 私がずっと純愛物の小説を描くのはそうであってほしいと願いからだ。

 バッドエンドなんて誰が楽しい。誰が幸福になれる?

 だから誰しもが納得する。誰もが微笑む、そんなハッピーエンドしか望まない。それしか私は許容しない。


 今度こそ儚く散ってくれるはずだから。

 君と私の物語を描く。

 それが私の最初で最後のメッセージだから。

 

 

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