第48話 文化祭(一日目)
1
「先輩、文化祭頑張ってください」
「うん。凜も京都観光付き合ってくれてありがとう。楽しかった」
「じゃあ、お姉ちゃんに連絡しますね。切符取ってくれたと思うので」
凜は話を折って、スマホを取り出す。
望と凜が観光している間に美里が帰りの新幹線の切符を取っておいてくれるという約束だったのだ。元々無理を言っての観光だったし、それの埋め合わせとして美里の方から買って出てくれた。
「え」
「どうしたの?」
画面を見て唖然とする凜に近づき、望も確認する。
『あー、忘れちゃった(てへっ)』
舐めた文章と一緒に可愛くデザインされたウサギのスタンプが舌を出して〇コちゃんみたいな表情で踊っていた。
イラッ。
「凛。一言だけ言ってもいいかな?」
「はい…………」
「ふざけんな!」
「はい…………ほんとにすみません」
「いや、凜は悪くないんだけどね?ああ、もうどうしよう!今から切符取れるわけないし、夜行バスか?それでも京都からなんて何時間かかるのか…………」
「先輩、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるかー!」
2
「はあ、はあ、はあ…………」
文化祭の開始時間は午前の八時三十分からだ。
結局あの後は京都発の夜行バスに乗ることができて、ぎりぎり帰ってくることができた。これならぎりぎり開始時間には間に合うことができる。
「すみません遅れました!」
僕は事前に連絡のあったクラスメイトが待機している化学準備室に入る。
中にはそれぞれ執事服とメイド服を着ているみんなが僕を迎えた。
「遅いぞ!もう開店準備始まってる!」
辰海がこちらを見るや否や獲物を見つけたような視線を向けてくる。
「望!お前はこっちだ!」
「え、あ、うん?」
状況がつかめず曖昧な返事をする。なになにどういうこと?
「遅刻がつべこべ言うな!いいから!」
「は、はい!」
そのまま数人のクラスメイトに別室に連れて行かれたのだが…………。
「それでこれはどういう要件ですか……………?」
「…………(キラキラ)」
理津が今まで見たことないくらい瞳を輝かせていて、周りの視線も気にせず写真を撮っている。
「何で僕が女装させられているんだ!」
望が今、着ているのはタイトスカートのメイド服。
かなりアレンジが加わっているのか全身のいたるところにフリルがあしらわれている。
「似合ってるぞ、気持ち悪くらいに。さすがはうちの看板娘だ!」
「変に盛り上げようとしなくていいから!」
「……………良く似合ってる、望」
「う、うん。いや全然嬉しくないけどね?」
自分の意思ならともかく、女装を褒められて嬉しい男子はいない。
まあ悪い気はしないから逆にそれが怖いのだが。
「なんか足めちゃくちゃスースーするし、女子ってすごいんだな」
スカートというものを生涯一度もはいたことがないので(当たり前だが)下半身が開けているのがとても不思議な気分だ。
望はスカートの裾を掴んでパタパタと動かす。
「良い。視線をこっちに。可愛い」
「…………理津。もうそろそろ大丈夫じゃない?このままだと写真フォルダが僕の女装だらけになっちゃう」
それは嫌だなぁ。恥ずかしい。
「ちょっといいかな。望に用があってきたんだけど――――――うわー!誰だこの美少女!」
「僕だよ!」
準備室に入ってきた谷口に僕は吠える。
「ああ、そっか。うん。まあ俺はそういう趣味には理解があるほうだから安心しろよ。無暗に言いふらしたりしない」
「違うからね!?別に僕が自分で着ているわけじゃないし!あとなんでそんなかっこいいセリフをここで言っちゃうのかな!」
妙に顔がキリっといているし。
「まあ、話ってのは望の係についてなんだが。あまり練習にも来れてなかったから、望にはホールを担当してほしい。メイド服も着てるしな」
「あ、うん。わかった」
メイド服を着せた時点で僕はホールを担当するものだと思っていたんだけれど、もしかして僕が着させられたのって理津が見たかっただけ?
「メニューはそこまで多くないから大丈夫だとして、接客方法はこっちで担当の人がいるからそっちに聞いてくれ」
「うん」
谷口からの指示に望は頷く。望が参加していたのは最初の方の教室内の装飾ばかりでその他がどういう風になっているか知らない。だから一方的に教えてもらえるのはありがたかった。
「あー、えと。これは言うべきか悩んだが…………」
「ん?」
谷口が言いにくそうに頬を掻く。
なんだろう。
「お前が準備に参加できなかったのは何か事情があるってわかってるやつはあんま多くないんだ。ほとんどの奴はサボったって感じていると思う」
望はその言葉にはっとする。
今まで見えていなかったものが見えてくる。
「俺はお前が無責任に仕事を放りだすような奴じゃないって知ってるから、何も聞かないし気にしてない。辰海もそうだと思う。でもそれ以外の人もいるってことだけは分かっておいてほしい」
「うん。そうだね…………」
確かに本来大事な準備期間に何も言わないで来ないやつがいたら、嫌な感情を持たれるのは普通だ。自然の感情だ。
「でも谷口。君は僕を買いかぶってるよ。あれは僕のわがままで勝手にサボっただけなんだ。ただの自分勝手だよ。だから責められるべきは僕だけだ」
凜との出来事は文化祭に直接の関係のあることじゃない。仕方がないで切りをつけちゃいけない。
「そうかよ。でも理津にはどう言うんだ。望が練習に来れないって聞いた時、真っ先にみんなの前で謝ったのは荒井だぞ」
「え…………?」
『ごめん、なさい。望、当日まで来れないみたい、です』
『いや、荒井さんがあやまることじゃないっていうか。用事なら仕方がないし』
『ありがとう、ございます』
「ってさ、感謝しとけよ?」
知らなかった。理津がそんなことを言ってたなんて。
「そっか……………ありがとう」
「あと『戻ってきた暁には私が責任をもって彼を看板娘にします』とも言ってたな」
「そこは張り切らないで欲しかった……………」
「まっ、今までの分を清算すると思って働けよ!頑張れば二日目からは他のクラスの店も回れると思うぜ」
そう言い残して谷口は自分の持ち場に戻っていった。
「清算、か…………」
3
実行委員長の合図で文化祭はほぼほぼ予定通りに始まった。
一日目は一般客もいて最も賑わいを見せる。
体育館や中庭ではスケージュールに沿って有志団体が出し物を披露したりする。
聞こえてくる人々の和気藹々とした声の横で望は―――――――
「いらっしゃいませ…………ご主人様」
「お兄ちゃん……………………?」
あ、まずい。
「お兄ちゃん。何やってるの?その服何」
「楓!?いや、これは違うんだぞ?別に自分の意思で着ているわけではなくてだな…………!」
「うん。そうなんだ。うん」
絶対に信じてない!!
「じゃあお兄ちゃん。また来るからね」
そう言って楓はゆっくりと去っていった。
「どうしたんだ望。馬鹿な上官の命令で吶喊する少尉みたいな顔して」
「今兄としての威厳が失われたんだよ…………」
「そうか」
項垂れる望に辰海は何も言わなかった。
空は晴れていた。
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