第47話 正直者が二人。
1
「あ、……………」
頭が真っ白になる。
今まで何をどう伝えようかと考えていたことが全部抜け落ちて、言葉にならない。
凜に、目の前にいる一人の女の子に告白された。
何か答えなければ、言葉にして伝えなければ……………。
「凛、僕は――――――」
「いいですよ。返事はいりません」
望の言葉を再び凜は遮る。
「そんな辛そうな顔をされては無理に返事をもらおうだなんて思えませんし、」
見上げた凜の表情は穏やかで、そこには波ひとつたっていない。
ただの無風。
「それに先輩の返事は決まっているでしょう?」
まるで母親に優しく諭されている子供のような気分だった。
頭を撫でられながら日の当たる場所で、心地よい音色を聴かされているような。
「はあーあ、振られちゃった。どうですか今の気持ちは。さぞ気持ちが良いんでしょうね、散々小ばかにされてきた後輩の胸中を丸裸にして」
凜は一瞬曇らせた顔を上げて、仰々しくおどけてみせる。まるで、自分の気持ちに蓋をするように。
けれど、望がそれを許さなかった。
「いいわけないだろ!」
突然の大声に凜の肩がびくりと震える。
ゆっくりとその顔を上げ視線をこちらに向ける。
「自分のことを好きになってくれて、学校まで来てくれた人を一方的な理由で振って、気分がいいわけない!最悪だよ!」
ハーレム主人公ってのは、多くの可愛いヒロインから自分が好きな子を選び放題で、傍から見れば何一つ不自由ないって思ってた。
でも、たった一人の女の子の告白を断るだけで、こんなにもつらい。
たった一言の返事で彼女の顔が凍りつくのを僕は見届けなければならないのだから。
「ふふっ、何それ。なんですか、それ。ふふ、あははっ」
「おい、こっちは本気で…………言ってるの、に」
望がそこで言葉を止めたのは。
「あ、あれ。何でですかね、涙が」
目の前の女の子が泣いていたからだ。
大粒の涙が流れ落ちて、ぽたぽたと地面を濡らす。
「全然悔しくないのに、振られるなんて最初からわかってたのに。先輩が理津さん一筋なのもわかってたのになぁ…………なんで、何で涙が止まらないんでしょう」
ここで彼女を抱きしめて愛の言葉でも囁くことができたなら、そいつは主人公として百点満点の評価を受けるんだろう。
登場人物を誰一人として嫌な気持ちになんかさせないで、望み通りの結果を出す。
それがみんながハッピーエンドになる方法だから。
「凛。僕は君が美里の妹である『橘凛』だって知った時、すごく不安だったんだ」
ここで言うべき言葉ではないのかもしれない。主人公には似つかわしくない台詞なのかもしれない。
「中学校のことはなるべく忘れようとしていたし思い出すこともなかったから、ふさぎ込んでいた。けど今は凜を『美里の妹である橘凛』とは見てないよ。僕の後輩。生意気な後輩だ」
「それ褒めてるんですか……………?」
涙を拭いながらツッコむ凛。
「褒めてるよ。すっごく」
「そうですか」
「だから、その……………」
言うんだ。今度こそ僕の口から。
「ああ、もういいです。言わなくて」
「…………………せめて最後くらいは言わせてくれない?」
せっかく覚悟を決めたのに。今日は満足に喋れていない気がする。
「先輩の話、難しいんですよ。今も昔も。だから、私のお願いをひとつ聞いてくれたらそれでチャラにしましょう」
「何だよお願いって。言っとくけど付き合うことはできないからな」
「はいはいわかってますよー」
適当な返事で誤魔化す凜は、おもむろに両腕を広げる。
「ハグしてください。思いっきり」
「ええー」
何故だろう。凜にまんまと乗せられている気がする。そもそも告白の返事は断ったのにその相手とハグするのは健全だと言えるのだろうか。
「ちっちゃいことは気にしないでくださいよ。欧米では挨拶みたいなものです」
「うーん…………まあ、じゃあ」
『挨拶』と言う単語の響きに負けて、望はゆっくりと凜に近づく。
腕を広げて二人の距離がゼロになろうとする瞬間―――――
ビュン!と目の前を何かが通り過ぎた。
「あぶなっ!!!!」
両腕を広げた凜がこちらに狙いを定めると勢いよく頭突きしてきたのだ。
「え、キスですよ?知らないんですか?」
「このスピードでキスしたらその前に頭が砕けるわ!」
そんな高速お辞儀みたいな勢いでされても。
「大丈夫です、先っぽだけですから」
「何が!?何も大丈夫じゃないよ!」
こちらは完全に臨戦態勢。いつでも逃亡できる構えだ。
「あまり急いで逃げない方がいいですよ。ここの階段崩れやすいんで」
「策士!?」
一歩踏み出す凜を見て、望は後ろに下がろうとしたが地面にあった小石に凜がつまずく。
「あっ」
「大丈夫か?立てるか――――――――んっ」
「油断しすぎですよ。ばーかっ」
2
「――――――高校の文化祭、凜は見に来ないのか?」
「さっき油断してキスされた人が言う言葉がそれですか?」
「うぐっ」
ぐうの音はぎりぎり出たようだ。
けれど自分は少し油断しすぎなのかもしれない。
「でも、せっかく準備したんだから見に来るくらいはいいだろ」
準備には参加して本番に立ち会えないのはいくら何でも可哀そうだ。
それに最初はサボっていた節もあったけれど、以降は凜自身、率先して参加していた。その見返りはあってもいいはずだ。
「…………私のいたクラスは一年生では珍しく劇をするみたいなんですよ」
うちの高校では劇は三年生が主軸となって行っている出し物で一年生で劇をやるクラスは珍しい。
「へえ。タイトルは?」
「『シンデレラ』です!」
振り返った彼女の表情は笑っていた。まるでこれから下剋上を望むお姫様のように。
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