第46話 私の先輩
自分でも随分拗らせた初恋だと思う。
ただの学校の先輩、ただの陸上部員、ただの男の人、なのに……………。
私は昔から気が小さくていつも姉の後ろに隠れて過ごしてきた。
教室の隅っこに縮こまって本を読んでいるような、そんな感じ。
逆に姉は、まあなんというかびっくりするくらいコミュニケーション能力が高くて友達も一瞬にして作ってしまう――――そんな姉を羨ましいと、ずっと思っていた。
姉にはできて私にはできない。
友達も運動も(勉強は私の方ができた)できない私。まだ体も精神も幼かった私には、自分にある可能性よりも周りにある物の方が何倍にも明るく輝いて見えた。今考えればただのないものねだりだ。
彼に出会ったのはそんな時だった。
先輩はきっと覚えていないくらい、些細な出会いだったけれど、私ははっきりと思い出せる。私が先輩に初めて会ったのは中学に上がるよりも前だったのだ!
家族と一緒にショッピングモールに行った時、何気なく通りかかった本屋に気を取られている間に私は家族とはぐれた。
普段からよく来ているはずのモールが、ひとりぼっちになってしまった私にはとても広く感じて、あっちに行ったりこっちに行ったりして探している内にこのまま一生見つからないんじゃないかと思って涙があふれた。
「大丈夫?」
下を向いて泣きじゃくる私に彼が声をかけた。
けれどわたしはそれが怖い人に話しかけられたように感じて、返事ができなかった。
彼はそのまま私の前に立ち止まると「うーん」と少し逡巡した後、思いついた様子でゆっくりとしゃがみ込んだ。
顔が私の目線よりも下に出てきて思わず視線が合う。
「大丈夫。心配いらないよ」
前髪で覆われて、両目がどこにあるのかもわからない私の双眸を優しいお日様みたいな瞳でそのヴェールをはがす。
「………………………ほんとう?」
「うん」
彼が私の手を取って歩き出す。
歩幅を合わせてゆっくりと。
「今日はお母さんと来たの?」
「……………はい。あと、お姉ちゃん」
少しの間を置いて私は頷いた。
「そっか。じゃ、早く見つけてもらわないとだね。こういう時はやっぱり迷子センターかなぁ」
「や」
「え?」
「や、です……………」
彼がせっかく助けてくれようとしているのに私はその手を振りほどいて立ち止まる。
「どうして、嫌なの?」
「放送で名前を呼ばれたくない……………」
彼に聞かれてぽつりと私は白状した。
「あと、お姉ちゃんに笑われる」
何もできない私がさらにお姉ちゃんに迷惑をかけたら……………そう考えると足が震えてしまう。怖い。
「そっか。恥ずかしいのは嫌だもんね」
彼は依然私の方を優しく見つめて、優しい言葉をかけてくれる。それが心地よくて、初めてあった人のなのに不思議だった。
「じゃあ、頑張って探そう!」
それからというもの二人でモール内を探して回った。
一人の寂しさも段々と癒えて、私は彼と話すのが楽しくなっていた。
「あ!」
丁度モールの端に見えた人影に私は声を出して反応する。
「あれがお母さんとお姉ちゃん?」
「うん!」
まだ遠目ではあるものの安堵が零れる。二人が気づくのも時間の問題だろう。
「じゃあお別れだね。見つかって良かったよ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん!?」
「はい!私のお兄ちゃんです!」
私が自信たっぷりにそう言うと、彼は一瞬困ったような顔をするもすぐに頬を綻ばせる。
「仕方がないなぁ」
彼の手が私の頭の上に乗せられて、ゆっくりと動く。
撫でられたのは彼が初めてだった。
「私にもお兄ちゃんが欲しかったです……………お姉ちゃんじゃなくて」
「それは違うよ」
何気なくぼそっと零してしまった言葉を彼は否定する。
「え?」
自分自身が否定されたような気がして、私は一瞬固まった。
けれど恐る恐る見上げた彼の顔は少しも怖くなくて、優しかった。
「今は気づけないかもしれないし、わからないかもしれないけど、そんなこと言っちゃいけない」
だらんと垂れ下がった私の手を取って彼が上に手を重ねる。
じんわりと伝わってくる体温は温かくて、木漏れ日のようだった。
「僕も妹がいるからわかるんだけど、お兄ちゃんやお姉ちゃんっていうのは、自分の下の弟や妹のために頑張っちゃうものなんだよ。かっこ悪いところを見せたくなくて見栄を張ったりする。だからいつかその思いに気づいてあげてくれると嬉しいな」
彼が言った言葉は難しくてよくわからなかったけれど、その後勢いよく駆けつけてきたお姉ちゃんに抱きしめられて、私はまた泣き出してしまった。
それが彼との初めての出会い。
改めて先輩を知ったのはネットに上がっていた体育祭の写真だ。一目見ただけで気づいた。
あの頃みたいにかっこよく走る先輩。
すぐに会いに行きたくなった。
髪型も言葉遣いも仕草も何もかも、今までの自分とは変えた。普段はあまり頼りたくない姉にも頭を下げて、化粧の仕方を教わった。
少しでも近づきたくて、少しでも先輩の隣に立ちたくて。
でも、いざ先輩に会いに行くと勇気が出なかった。
先輩私と会っても気づいてくれないし!(その点は前と変わった私が悪いけど)
それに美人な彼女までいるなんて、先輩そういうのがタイプなんだぁって思った。
それでもどこか余裕があったのは、私の方が先に先輩に会っていると思っていたから。先輩を好きになったのは私の方が先で先着順ならだれにも負けない。
だと思っていたのに――――――二人は幼馴染で、最初から結ばれていたのは理津先輩の方で。
後から来たのは私だった。泥棒猫は私。
そんなの入る隙間なんてない。
何より先輩が彼女のことが大好きなのがわかってしまったから。
諦めたくない。もう泣きたくない。
だから。
「先輩好きです。付き合ってください」
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