第44話 久しぶり

 

 「あ」

 

 「あ!」

 

 「お姉ちゃん…………」


 橘美里。

 望の同級生で陸上部。橘凜の妹。


 「あれ望じゃーん!」 


 彼女との再会は卒業以来で実に二年ぶり。

 にもかかわらず彼女は望と目が合うや否やためらわずに居間に座った。


 「おう、久しぶり…………」 


 距離が近い距離が近い。

 あれ、これ数年ぶりの再会だよね?ってなるくらいの間の詰め方。

 

 あと肩とかバシバシ叩いてくるのやめてもらっていいですかね。

 こちらはまだ数年のブランクを埋めるので必死なんだよ。

 

 「ちょ、近いから。うっとしいし…………」 

 

 「はは、何それちょーウケる」

 

 気づいたら口に出ていた。

 表情を引きつらせながら望は上体を反らして美里から距離を取ろうとする。 

 

 彼女のキャラクター性は誰とでも仲良くなれることにあったと思う。

 陸上部の後輩ともいつの間にか彼女と打ち解けていて、一番最初に名前を覚えてもらうタイプだった。


 「ちょっとお姉ちゃん」


 凜は姉を諫めるように言う。

 会話に入れずに困っていたのかもしれない。

 

 「ありゃりゃ、そういや今回のメインはお二人だったねー。ごめんごめん」

 

 「別にそういうわけじゃないし…………」」

 

 姉のからかいに凜はふいっ、っと顔をそっぽ向ける。

 頬はほのかに染まっていた。

 

 「ちょっと凛ー、手伝ってくれない?」

 

 「あ、はーい!」

 

 母の呼び出しに凜は返事して、一旦居間を出た。

 望と美里二人だけになる。


 「……………………」

 

 「……………………」

 

 特に話す話題もなく、少しの沈黙が訪れる。

 望の方から何か話しかけたり、話題を提供しようとは思わなかった。

 そこまでの余裕はない。

 

 「…………それで凛とは付き合ってるの?」

 

 「ぶっ!!!」

 

 飲んでいたお茶を勢いよく吹き出す。 


 「あー、きったなーい」


 「いきなり変なこと、言うから」

 

 口をハンカチで拭いながら望は訴えかける。

 けれど美里はけろっとした表情で返した。

 

 「そう?別に変じゃなくない?」

  

 美里はテーブルに置かれた饅頭を口に放り込む。「もう食べ飽きたなこれ」と言うがそれは贅沢な悩みだ。

 

 「付き合ってないよ。というかそっちこそ、あれ聞いたんだけど」

 

 「あれ?何のこと?」 

 

 何も知らないといった様子で彼女は首を傾げる。少し茶色の前髪がゆらりと揺れる。

 

 「だから、あれだよ…………美里が僕のこと好き、みたいな」

 

 望は顔を逸らして小さく告げる。きっと真っ赤に染まっているはずだ。

 美里は目を丸くする。

 

 「あははっ、何それ!ないわー」


 「なっ!?」

 

 吹き出す美里に望は顔を沸騰させながら驚く。

 

 「誰が言ってたのそれー?」

 

 「…………凜が言ってたんだよ。なんか僕が中学の頃モテてたみたいな話」

 

 凜が学校を転校する前の最後の会話でそんなことを言っていた。

 望としては信じがたい話で、いっそこの際確かめようという軽い気持ちで聞いたのだが、とんだ大損をかいた。恥ずかしい。

 

 「ふーん。でも人気はあったんじゃない?足速かったし」

 

 「そんな小学生みたいな理由でモテたら運動部大歓喜だろ」

 

 適当な返事だ。美里らしいと言えばそうだが。

 

 「でもねぇ、私が望を好きって…………たはー、ないない」


 「何でフラれたみたいになってんだよ」


 「あはははっ」

 

 むすっとした表情の望に美里が笑う。

 からかわれた気分だ。実際そうだし。

 

 「でもうちの妹、可愛いと思わない?ちょっと生意気だけどさ」


 美里は楽しそうに前傾姿勢になって話しかけてくる。

 テーブルの上で腕を組んで、手の甲に顎を乗せている。 


 「美里ほどじゃないから大丈夫だ」

 

 「つれないなー」

 

 「うっさい」

 

 「じゃあ今度陸上部の集まりがあるんだけど望も来る?私は遠いし難しそうだけど」

 

 美里は自分のスマホを見せてくる。そこには『○年度陸上部』と書かれたLINEグループがあった。

 

 「望入ってないでしょ。良かったら招待しよっか?あ、でも私が持ってないや」

 

 てへっ、と舌を少し出してわざとらしくポーズをとる。

 

 「…………いや、いいや」


 美里の誘いを望ははっきりと断る。

 正直迷った。けれどそれは過去の出来事で望は拾わないことを選んだ。 


 「そう?わかった」

 

 美里もそれ以上は何も追及することはなかった。

 

 「じゃ話を戻して、凛の事なんだけど――――」 

 

 「いやその話はもういいから。それに僕はもう彼女が…………」

 

 再び話しはじめようとする彼女を止める。

 そこで今日の出来事がフラッシュバックした。

 

 『状況がまったく想像できないけど、ちゃんと伝えるべき人には伝えるんだよ?』

 

 楓からのLINE上での会話だったが、今になってその意味がわかった。


 「ちょっと、ごめん!」

 

 望は急に立ち上がって居間を出る。

 襖を開けたところ、丁度母親からの仕事が終わった凛と鉢合わせた。

 

 「うわっ」

 

 そのまま横切る望を凜は目で追っていった。

 

 「先輩、どうしたの?」 

 

 「んーや、よくわかんない」 

 

 居間に残った姉に聞いても答えはかえってこなかった。

 

 「というか凛」

 

 姉と妹。二人だけになった空間で美里が口を開く。


 「うん?」

 

 「私が望のこと好きってことにして隠れ蓑にしてたでしょ」

 

 「げっ」

 

 あからさまに嫌な顔をする妹を見て、美里は少しだけ頬を緩めた。

 凜は中学の頃からは随分と変わったけれど、それでも変わらない部分もある。


 「そういうのは結局言えないと後悔するんだよ?」

 

 「お姉ちゃんもそういう経験があるってこと?」

 

 凜は美里の隣に座ると聞き返す。


 「さあどうでしょう」

 

 姉は一度、妖艶な笑みを浮かべると、


 「まあさておき、ここはお姉ちゃんがひと肌脱ぐとしましょう」

 

 すぐに意地悪な顔に変えて妹の頭をぐりぐりと撫でた。


 「ええ!?余計なことしないでよー」

 

 

 

 望は一旦裏口から外に出てスマホを開く。

 充電はまだ大丈夫そうだが早めにした方がよさそうだ。

 

 『電話、今してもいい?』と送るとすぐに既読がついて、相手の方から電話がかかってくる。

 

 「…………もしもし」

 

 「理津?良かった。今大丈夫?」

 

 「……………………ん」

 

 「今日はありがとう。無事ホームには間に合ったよ」

 

 「…………………今どこにいる?」

 

 「えと、その…………」

 

 しまった。最初から墓穴を掘った気がする。

  

 「…………………新幹線に乗って京都まで来てます」

 

 望は思い切って白状する。

 何故ならバレた後のほうが色々と怖いからだ。やましいことは何もない。ならば隠さない方がましなはず。


 「…………………」

 

 理津は沈黙したまま何も言わない。

 電話だと余計にこの空白が怖い。

 

 「いや、別にやましいことは――――「実家」」

 

 「へ?」

 

 同時に二人が喋ったために何て言ったか聞き取れなかった。

 

 「実家?」

 

 「う、うん。今いるのは凜の家の実家だよ」

 

 「……………………ふーん」

 

 「でも実家に行ったのは私の家の方が先」

 

 「いやどういうマウントの取り方よ…………」

 

 思ったより予想の斜め上の反応が返ってきて、望は苦笑する。

 でも、彼女らしい。 


 「大丈夫だよ。きちんと文化祭には間に合うように帰るから。話も終わらせてくる」

 

 「……………………ん。それがいい」

 

 理津が微笑む。

 それが何だか嬉しくてつられて望も表情を緩めた。


 その後は先ほどの居間に戻って夕食をご馳走になった。

 凜の母とも少し話したがあまりに事情を聞いてこないのでこちらから聞くと「気にしないでいいのよ、ふふふ…………」と含み笑いを浮かべて去ってしまう。

 絶対何か勘違いしている。

 

 「望はいつ帰るつもりなの?」

 

 居間に転がった状態の美里が言う。その視線はテレビに向けられていた。

 

 「まあ今日は厳しいと思うから、文化祭もあるし、早めに帰るよ。迷惑もかけられないし」

 

 夕食までいただいてその上で居座るなんてことはできない。早々に用事を終わらせて帰らなければ。

 

 「じゃあ、あれしていきなよ」

 

 「あれ?」


 「え?京都に来たらやることと言えばひとつでしょ?」

 

 「え」

 

 「観光でしょ!!!!」

 

 





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