第43話 道を振り返る。落とし物を探す。

 

 新幹線のホームは平日ということもあって、人はほとんどいなかった。

 私は登校の時も使っていたバッグ片手に、時計の針が回るのを待っていた。

 風が頬を人撫でして空気を揺らす。そのまま後ろに流れていった。

 

 「凛!!!」

 

 それだけ大きな声で呼ばれたら、誰だって気づく。

 ただでさえ人が少ないのにその上視線まで集めてしまった。 


 「あれ、来たんですか。意外ですね。理津先輩が引き留めるか、時間を教えないと思ってました」

 

 淡々とした語調で私は話す。

 まるで、何もかもがなかったかのように。

 

 「いきなりいなくなって心配したんだぞ。何も言わないから」

 

 そう言う先輩は汗だくで、今も息が整わずにぜえはあ言ってる。

 きっと、休むことなく走ってきたのだろう。

 

 「じゃあ、お別れの言葉を言ったら素直に戻ってくれますか?」

 

 「無理だ」

 

 先輩は即答する。

 真っすぐと私を見て。

 その瞳が彼女と似ていて、私は少しむっとする。

 

 「まあそうですよね」

 

 自分でも身勝手な話だと思っている。

 こうやって突き放した態度をとっているものの、内心先輩に構ってもらって心配してもらって、嬉しい自分がいる。


 「先輩、少し耳を貸してください」

 

 「え?」

 

 「ほら、早く早く」

 

 先輩はしぶしぶ、目の前まで来て上体を屈ませる。

 ほんのりと汗のにおいがして、ドキッとする。

 油断しすぎだ。 

 

 「え、ええ!?」

 

 両肩を持って手前に引くと、先輩は簡単に動かせた。

 壁にもたれかかるように私が身体をずらすと先輩の体は力なく私の上に覆いかぶさってきて、何が何だかわからない様子だった。一度されてみたかった壁ドン。


 「…………………乗っちゃいましたね」

 

 アナウンスの後にドアが閉まる。

 私と先輩を乗せた新幹線が、今出発した。

 

2 

 

 (はあ、どうしてこんなことに……………)

 

 窓の外を眺めると新幹線はものすごい速度で目的地に向かっている。

 最近の科学技術は発達しているんだな。リニアモーターカーとかめちゃ速いらしいし。

 

 望はただ一つの荷物であるスマートフォンを取り出して、LINEを開いた。 


 『今日帰れそうにない。楓から母さんに連絡しといてくれ』 

 

 直ぐに既読がついて、『なんで?』と可愛いウサギのスタンプが送られてくる。

 どう返したものか。


 『新幹線に乗ってるから』

 

 『はあ?』 

 

 ですよね。そうなりますよね。

 

 『どこに向かってるの?』 

  

 「…………………確かに、どこに向かってるんだこれ」

 

 当たり前に浮かぶ疑問のはずが、ホームに着くことばかりに気を取られてすっかり忘れていた。理津から来たLINEにも行き先は書かれていない。

 

 席から身を乗り出して、少し辺りを見渡す。

 すると、車両の一番前の電光掲示板にでかでかと『京都行』とでていた。

 

 「き、京都!?」

 

 思わず声を上げて驚く。

 知らなかった。京都行くのこの新幹線。

 

 『なんか、京都まで行くらしい…………』


 『は』 


 恐る恐る楓に報告すると、一文字だけ返ってくる。怖い。

 その反応が何より恐ろしい。

 

 『状況がまったく想像できないけど、ちゃんと伝えるべき人には伝えるんだよ?』

 

 『伝えるべき人?』 

 

 望が画面上で聞き返すもそれから楓からの返事はなかった。


 こてんっ

 

 「ん?」

 

 「すう、すう……………」


 凜の頭が傾いてきて、望の肩に触れる。

 妹とのやり取りに夢中で気づかなかったが、寝てしまったのだろうか。


 「…………いや、起きてるだろ」

 

 彼女の寝顔に見惚れることもなく、望は一言呟く。

 こんな状況でこいつが寝るはずがない。


 「ばれちゃいました?」

 

 すると、凜が片目を開けてこちらを見てくる。

 案の定、最初から起きていたようだ。

 

 「そんな簡単に人が寝るか、のび太くんかよ」

 

 「後輩が肩に倒れ掛かってきて、心臓がバクバク。『どうしよう鼓動が聞こえちゃうよー』のシーンじゃないんですか?」

 

 「そんなシーンはない!」



 

 二人を乗せた新幹線は、二時間ほどで京都駅に到着した。やっぱり文明の利器ってすごい。

 

 「はー、快適な旅でしたね先輩?」

 

 「なんだか妙に疲れたよ。座ってただけなはずなのに」

 

 望は肩を落として、全身で倦怠感を露わにする。

 新幹線の間、ずっと凜のペースに乗せられて思うような会話ができなかった。

 

 「それに僕は話が終わったらすぐに帰るからな。文化祭だってすぐだし」

 

 今日が文化祭二日前。

 何が何でも戻らなければならない。

 

 「まあまあ、ここじゃあ何ですし、一旦場所を移しましょう」 


 凜に連れられて歩き出す。

 駅構内は玄関口ということもあって、清掃が行き届いていて綺麗で立派だ。

 土産売り場や小売店舗が見えてきてつい目移りしてしまう。

 

 「先輩は京都に来たのは初めてですか?」

 

 「ああ、うん。たぶん初めて」

 

 望の記憶では京都に訪れたことはない。 

 そのせいもあってか京都には妙な憧れがある。街並みの美しさも見ていて飽きないし、何より歴史を感じる。

 

 昔はそういった建造物に興味がなく、「それ見て何が楽しいの?」と思っていたが考えは変わってきている。


 「それなら良かったです」

 

 凜は望の聞こえない小さい声でそう呟いた。

 

 二人はそこから電車に乗り換えて数十分ほど揺られた。

 駅から下りた後の道のは複雑で、望は自分がどこにいるかさっぱりだったが、凜は迷うことなく進んでいく。

 

 外はすっかり夜だ。

 まだ日は長いが太陽も沈んでいる。

 

 「どこに向かってるんだよ」

 

 彼女の若干後ろを歩きながら、望は問いかける。

 先ほどから口数も少ないせいか周囲の音ばかり聞こえてきて不安になってくる。

 このまま置いていかれたら本当に迷ってしまいそうだ。

 

 「ここです」


 「ここ…………?」 


 駅から数分のところ。

 凜が立ち止まったのは一軒の和菓子屋さんだった。古くからの歴史を感じる外観で立派な瓦屋根。

 暖簾には饅頭のイラストが描かれており、看板商品のようだった。


 「いや京都土産は別にいらないんだけど」

 

 「違いますよ。ほら、早く」

 

 渾身のボケをするりと躱され、凜は望の手を引いて再び歩き出す。

 驚いたのは店内には入らなかったことだ。

 

 「え?ここじゃないの?」

 

 凜は店の横、狭い路地を入っていく。

 ちょうど店の裏側には扉があって、従業員が普段利用しているのだろう。

 凜はそこを躊躇なく開ける。

 

 「ただいまー」

 

 「え?」

 

 なに言っちゃってんの?人の家でしょ?

 

 「おかえりー。遅かったね」

 

 突然の暴挙に出る後輩を横目で見ていると、中から大人びた女性が出て来て凜を迎え入れた。

 

 「え、あ、あの…………?」

 

 「話は聞いてるわよー。さ、上がって上がって」

 

 女性は詳しい話も聞かずに望をもてなす。

 本人としてはどうなっているのかまったくわからない。

 

 通されたのは一階にある居間。

 あまり広くはないが畳の良い匂いがして、冬にはこたつでも出したくなるような部屋だ。

 

 「まあ座ってください」


 望はテーブルを挟んで凜の反対に腰を下ろす。 


 「ここは…………?」

 

 「私の家です。といってもまだ二年くらいですが」

 

 「それにしては随分古い家みたいだけど」

 

 お世辞にも新築の物件とは思えない。

 

 「元々は祖父の開いた和菓子屋だったみたいですよ。それが最近になって父が継いだんです」

 

 「へえ。すごいなぁ」

 

 素直に感心する。

 家業を継ぐのは決められたレールのように思うかもしれないが、それでも家族で代々受け継がれていくものがあるのは素晴らしいと思う。

 

 「そうでもないですよ。うちじゃあそのあとどうするか全然決まってないので」

 

 「入りますよ。はいこれお茶とお菓子です。ごゆっくりー」

 

 襖を開けて先ほどの女性がおぼんにお茶菓子を乗せて、持ってきてくれる。

 ちなみにお饅頭だった。それも肉球型の。美味しそう。

 

 「あれ、母です」

 

 「母!?」

 

 わっか!若いよ!お姉さんって言っても通じるよ。

 着物とかすごい似合いそうだし、大人の色気がすごい。

 

 「ん゛んっ」

 

 凛がわざとらしく咳ばらいをする。

 別に疚しい気持ちがあったわけではないのに思わず姿勢を正してしまう。体勢も正座になった。 


 「それで?話っていうのは―――――「たっだいまー!!!」」

 

 凜の言葉を遮って裏扉から大きな声が聞こえてくる。この声は…………。

 

 「んーん?なんだか知らない人の靴があるぞー?」

 

 どたどたと騒がしい足音を入って真っ直ぐに居間に入ったきた。

 彼女の目が合う。

 

 「あ」

 

 「あ!」

 

 「お姉ちゃん……………………」

 

 そこにいたのは、凜の姉、「橘美里」であった。

 

  

 

  

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