第41話 再びの別れ

 

 「はあ、はあ、はあ…………」

 

 「どうしたんだ藤巻。そんなに急いで」

 

 職員室から出てきたのは前田先生。サッカー部の顧問で一年生の学年主任をしている。走って向かってくる望に先生は驚く。

 

 「先生!凛は………一年生の橘凜は、どうしたんですか!?」

 

 「ああ、橘か。あいつならもう学校にはいないぞ」

 

 淡々と話す先生の口調に望は額を濡らす。

 

 「それって、休みってことですか?風邪をひいたとか、怪我をしたとか」


 「いや、そんな話は聞いてないが…………」 


 先生と望の会話は全然かみ合わない。

 まるで意図的に話す論点をずらしているようにすら思えた。

 

 「元の通ってた学校に戻ったんだよ。元々そういう話だったしな」

 

 「は…………?」


 戻った?学校に?なんで?

 頭の中が真っ白になる。疑問が次から次へと溢れ出してきて、内容が上手くまとまらない。自分の知らないところで物語が進んでいるような感覚。蚊帳の外。


 「なんだ藤巻、知らなかったのか?」

 

 言葉を失っている望に先生が問いかける。 


 「ちょ、おい!」

 

 突然走り出す望に、先生は驚いた様子で声をかけた。

 けれど、止まらない。


 行き先は決まってなくて、ただ衝動的なものだった。

 

 教室にリュックを置いてあることも忘れて外に出る。

 片手でスマホを開き、凜に電話をかける。

 彼女とのLINEは先日話したばかりですぐに見つかった。

 

 「出てくれよ…………」

 

 一回。二回。三回。

 コールが切れたと思ったら、すぐに「おかけになった電話番号は――――」と無機質な声が聞こえてきて、すぐに電話を切った。

 

 望は彼女の自宅も彼女が通う店の名前も知らない。

 けれど、走り続ける。

 

 学校近くのショッピングモール。駅前の本屋さん。この前遭遇したマック。考えられるところをしらみつぶしで当たる。

 

 体はとっくに熱くなっていた。

 呼吸は荒く、赤い血液がパイプを通って、圧倒言う間に全身を巡る。

 心臓の鼓動はさっきから煩くて、言うことを聞いてくれない。

 

 でも、段々と頭の中だけが冷ややかなものになる。

 

 (僕が今しなければならないことは、本当にこれなのか?)

 

 そんな疑問が脳内に飛び出してくる。

 衝動は既に消えていて、望を突き動かすのは純粋は感情だった。

 しかしそれを理性が止めようと躍起になる。

 

 (考えろよ僕。陸上部を辞めたこと、それについて後悔することは何もない)

 

 望は走るのをやめて、考える。

 自分の考えに間違いがないか足踏みをして渡る。

 

 (それが当時の自分に考えられたできることだったし、それで他の部員に迷惑がかかることも納得していた)


 スピードを緩め、その惰性で望は力なく歩いていた。 

 交差点には歩道橋がかかっていて、周りに人はおらず、ただただ車が走り抜けるのみ。


 (でも、勝手に納得していただけなのか……………?)

 

 もし、彼女の言ってたこと、思っていたことが全部が全部、僕の残したことならば僕はそれに何ができるだろう。

 

 既に失くしたもの、落としてきたものを僕はもう一度拾って良いのだろうか。

 

 「でも、それって……………」


 既に息は整っていて、肺の圧迫感も喉がヒューヒューと音を立てることもない。 

 空気を吐き出すように、望は言葉を零した。


 「…………………超自分勝手だろ」

 

 自分から捨てて、気が変わったから拾いあげるのはあまりに身勝手だ。

 どうしようもない後ろめたらさと後悔が伸し掛かって、望は完全に立ち止まってしまった。

 

 

 文化祭まであと三日。

 

 時間の流れは残酷はもので、昨日の出来事なんてなかったことのように、当たり前に今日は訪れる。

 

 「今日荒井はいないのか?休み?」

 

 HRの時間に言った先生の一言に、望は顔を上げた。

 辺りを見渡して、教室に一つ空席があることに気づく。

 

 「藤巻、お前何か知らないか?」

 

 先生は僕を指名して、事情を聞く。

 付き合っていることを知っているかはわからないが、よく一緒にいるという認識なのだろう。


 「いや…………知らないです」 


 咄嗟に望は答えた。

 特に思い当たることはなかったし、理津から連絡が来ているわけでもない。

 でも自分でも驚くほどに、発した言葉は小さかった。

 

 

 「お久しぶりです理津先輩。わざわざ先輩から誘ってくれるなんて嬉しいです」

 

「……………………」


 学校から少し離れたカフェテリア。

 そこには二人の乙女が座っていた。

 

 

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