第40話 彼も悪い子、彼女も…

 

 「……………文化祭まで残り一週間、頑張りましょう」


 「「「おおおお!!!!!」」」 


 教卓に立った理津が言うと、クラス全体が熱気に包まれる。 

 作業的な面でもかなり目に見えて進んでいるためかみんなのモチベーションが上がっているのだろう。


 特に、

 

 「これめっちゃ可愛いじゃん!」「センスいいな!」「誰が書いてくれたの?」「クラT、ありだな!」「これから一週間着るの?これ」

 

 クラスTシャツが届いたのが大きかった。

 二組のイメージカラーである青色に可愛らしいシロクマのキャラクターが描かれていて、描いたのは二組の美術部員でオリジナルのデザインだが、他のクラスTシャツと比べても遜色のないレベルだ。クラスメイトからの評判も上々。

 

 「おっす、望。クラT似合ってるぞ」

 

 「辰海もばっちりだな」

 

 辰海が肩に手をかけて挨拶してくる。

 当然、上はクラスTシャツを着ていて、ザ・文化祭って感じがする。

 

 「なんか、あったのか?望」

 

 「え?」

 

 「いや、ちょっと元気ないなーって、思って」

 

 「全然、大丈夫だって」

 

 心配そうに見つめる辰海の手を払って、望は笑って見せる。

 僕は友人にも恵まれているようだ。

 

 

 週明けのだるさというのは、文化祭の三文字の前には意味をなさないようで、学校の意欲は下がるどころかうなぎ登りだった。


 校舎の中に転々と鎮座していたどっかのクラスのオブジェクトも、いつの間にか形をなして完成へと近づいている。

 

 「窓………クーラー………は問題なし」

 

 望は自分のクラスを見回ると、防犯に不備がないこと確認する。

 各クラスの荷物が放置されるこの時期は、作成していた物がいつの間にかなくなったり、壊れてたりなどの事件が多い。

 

 そのため、クラスの代表者が最後の戸締りをする決まりがあるのだ。

 

 「ふう……………」

 

 望は額に流れてきた汗を拭って、一息つく。

 いくら夕方と言えど、この時期はまだ暑さが残る。

 

 九月末だというのに、蝉はけたたましく合唱を続けている。もう少し静かになりませんかね、君たち。

 けれど、最近の夏は地球温暖化かなんかで蝉の数も減少しているとかなんとか。

 

 普段は嫌われて、疎まれてるものでも絶滅は拒まれる。

 それってひどく傲慢だ。

 

 望は昨夜のことを考えていた。日中は忘れていた感情もふとした瞬間に思い出される。

 

 「ん……………」


 ポケットに入れていたスマホが音を立てて、何やら訴えかけている。

 画面を見ると、電話だ。

 スライドして耳に当てると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 「もしもし、先輩ですかぁ?」

 

 間延びした明るい声。

 今、望が一番話しにくい相手。


 「……………なんで、電話番号知ってるんだよ」

 

 「これLINE通話ですよ?ほら前に交換したじゃないですかー」

 

 ケータイごしに聞く彼女は、いつもよりも大人しく聞こえた。

 いや、それは単に記憶の中の彼女と照らし合わしているからだろうか。


 「そうだったね。それで、何か用?」


 「別に用ってわけじゃないんですけどねー、少しお話しましょうよ」

 

 「なんだそりゃ。ま、いいよ」

 

 凜からの提案に、苦笑しつつも乗っかる。

 廊下に設置されていたベンチに腰をかける。

 

 「文化祭いよいよですねー。先輩は楽しみですか?」


 「楽しみだよ。高校生活で三回しかないイベントなんだから、楽しまないと損だ」


 体育祭以降から望の学校行事に対する考えは変わりつつあると思う。

 クラスで作り上げる出し物も部活の部誌作成も、文化祭という枕詞が付くだけでいつもと違って見える。そういう魔力があるのだ、文化祭には。

 

 「貪欲ですねぇ。でも良いことだと思いますよ」 


 「うわ、上から目線。その言い方だと凜は楽しみじゃないみたいな言い方だぞ」 


 「どうですかね。こういった行事は苦手なので」

 

 「そっか」

 

 望は静かに首肯した。

 以前、準備をサボっていた凜を望が連れ出したことがある。

 少しやりすぎだったかもしれない。

 

 「じゃあ、僕と同じだな」

 

 「そうなんですか?」

 

 同意する望に凜は聞き返す。その声音は先ほどよりも明るく聞こえた。

 

 「苦手ならまだ良い方だぞ。僕なんて苦手通り越して嫌いだったからな。学校行事にはしゃぐクラスメイトとか見てると、殺人ビーム出しそうだったし」

 

 「何それ。先輩そんなキャラでしたっけ?」

 

 電話の奥でくすくすと笑い声が聞こえてくる。

 

 「………………でも、そんな先輩を変えた人がいたってことですよね」

 

 ふとした瞬間、凛の言葉が胸の深くを貫いてくる。

 言わなければならない。覚悟を決めて。

 

 「あー、あのな。その」

 

 望は言葉を探して、空を眺める。

  

 「はい?なんですか?」


 「中学のこと思い出したよ。美里のことも、その妹の凜のことも」

 

 脈絡もなければ、順序もばらばら。

 けれども何とか言葉にして、伝える。


 「…………………そうですか」

 

 凜は短く肯定する。

 けれど驚いた様子はなく、どこかわかっていたような平坦な声音だった。

 

 「驚きました?私だってわかって」

 

 「ああ、驚いたよ。すごく」

 

 「随分と変わりましたからね。乙女の変身はすごいんですよ?」

 

 「…………………」

 

 気づけば言葉のボールは地に落ちていて、会話が途切れる。

 新しいボールを投げる勇気が望にはなかった。

 

 「何か感想はありますか?」

  

 「感想?」

 

 「はい。私だってわかった時の感想です。褒めてくれたっていいんですよ?」

 

 「褒めるって…………可愛くなったって思うよ。当時と印象だって変わったから、正直信じられないし」


 「それ褒めてるんですか?まあいいですけど、あまり話してたわけじゃありませんもんね。よく周りに女の子いましたし」

 

 「…………はあ!?」

 

 凜の言葉に望は立ち上がって驚く。

 その声に反応してか、窓から見える木々から一羽、鳥が飛び立つ。 


 「先輩、うるさいです」

 

 「ああ、ごめん。でも変なこと言うから…………」

 

 「先輩が気づいてないってだけで、案外モテてましたよ先輩。お姉ちゃんだって」


 そこまで言ったところで凜が言葉をきる。 


 「美里が?まさか」

 

 部活でしか接点がなかったし、同じクラスでもなかった。

 辞めてからは、それこそ全く会話することはなかった。卒業まで一度も言葉を交わしてない。

 けれど、当時一番話してた女子は美里だったかもしれない。

 

 「ほんとにそう思いますか?」

 

 ぐらぐらと揺らいでくる記憶に凜はすんなりと入ってくる。

 

 「いや、やめよう。この話。するなら今度しよう。ちゃんと面と向かって話したい」


 何について話せばいいのかも、今の望にはわからない。

 だから、せめて話す意思はあるのだと伝えておくべきだと思った。


 「そうですか」

 

 凜は短く応える。

 感情は籠ってなかった。

  

 「では、先輩。切りますね」

 

 「ああ。また明日な」

 

 「…………………」

 

 数秒、凜から返事がなかった。

 会話の途中には不自然な間。


 「どうした?腹でも痛くなった?」

 

 「何でもないですよ…………あと、それセクハラです」

 

 「妹にもそんなこと言われたよ。ごめんちょっと気を付ける」

 

 少し言い過ぎたと思い、望は素直に謝る。

 すると、電話の奥から笑い声が聞こえてきた。

 

 「冗談ですよ。それに妹ちゃんそんなこと言うんですね」

 

 「まあね」

 

 「では先輩。また明日」

 

 「また明日」

 

 少しの間があって、望の言葉を最後に電話が切れた。

 顔を上げると、もう陽が沈みかけている。

 

 次の日から、凜が学校に来ることはなかった。

 

 

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