第36話 文化祭準備②

 

 「なあ、喫茶店って執事服なんて着たか?」

 

 「まあ、細かいことは良いだろ。誰も気にしてねえよ」

 

 望は自分の格好を確認しながら、辰海に問いかける。

 今は二組の出し物で使う衣装の確認をしている。

 

 「男子が執事服を着るっていうのは、女子連中からの要望らしいぞ。逆に女子はメイド服。ちなみに要望したのはサッカー部の連中だ」

 

 「つまりお前じゃねえか」

 

 二組にサッカー部は辰海しかいない。

 

 「にしても………よく理津も持って来たなぁ。結構大変だったろうに」

 

 現在望の着ている執事服及び、その他の衣装を持ってきたのは理津だ。

 理津の母親―――恵子さんの職業はアパレル関係だ。衣装のレンタルをしているのもあって、今日はそこから数着お試しで借りたきた。

 

 「でもまあ、理津もはしゃいでいるみたいだし、良いじゃねえか」

 

 辰海はそのまま視線を横にずらす。

 望も同じ方向を向いた。

 

 「……………………望、良い。もっと視線をこっちに(カシャカシャ)」

 

 「少しはしゃぎすぎな気がするけどな」

 

 理津は鼻息を荒くしながら、どこから取り出したのかもわからない立派なカメラを持って、執事服の望を撮りまくってる。

 

 クラスメイトを代表して着ている分、注目されながらの写真撮影は些か恥ずかしい。

 

 「…………………きつくない?」

 

 「うん、サイズもぴったり。これなら他の男子でも着れると思う」

 

 「…………………ん。わかった」

 

 理津はメモを取り出して、その他に何か気になることはないか細かく確認する。

 どの程度動けるか、配膳は可能か等々。

 

 メイド服の方もクラスメイトに試着してもらっている。

 

 「理津は着ないの?メイド服」

 

 今の理津は多少動きやすいようにスカートの丈をいじってはいるが、いつもと変わらない制服である。

 

 「……………………当日までのお楽しみ」


 「そっか。楽しみにしてる」

 

 理津は少し微笑んで、すぐ作業に戻る。

 ちなみにもう一人の実行委員は男での必要な大道具係として駆り出されている。

 

 「うーん…………借りられる衣装にも限りがあるから、やっぱ何着かは作らないといけないかなぁ」 

 

 「…………………ん」

  

 教室の端で衣装と睨めっこしながら話しているのは理津と周防由香里。普段は委員長である彼女も文化祭に限っては一クラスメイトとして、準備に参加する。

 

 「衣装係はある程度決めてあったから大丈夫そう。今日から本格的に作業に入っちゃうけど、それでいい?」

 

 「…………………ん。衣装は一旦持ち帰らないといけないから、今日中に返してくれれば、大丈夫」

 

 「わかった」


 理津が実行委員になって早一週間。

 当初はあった戸惑いも今ではすっかり消えていた。

 谷口とも丁度良く仕事の棲み分けをしているようで、谷口は力の要る仕事を担当し、その他の重要事項を理津が受け持っている感じだ。

 

 「だーれだ?」

 

 「…………………何の用ですか、転校生」

 

 「せいかーい。でも、もうこっちに来て結構経ちますし、後輩ですよ」

 

 視界を塞いでいた手が離れると、望は振り返る。

 そこには凜が実に楽しそうにこちらを見上げていた。

 

 「それにしても先輩、意外と身長高いですね。手を届かすのギリギリでした」

 

 「意外と、は余計。…………それで?何しに来たんだ。自分のクラスの準備があるでしょ」

 

 「準備って何がですか?」

 

 「いや、そりゃ文化祭のだろ。もう二週間切ってるし」


 ケロっとした様子で答える凛に答える。

 学校全体が一面文化祭ムードになっているのに知らないはずがない。

  

 「ああ、そうですね。私も準備しないとー(棒読み)」


 「ちょっと、待て」

 

 「うぐっ」 


 そそくさ帰ろうとしてる凜の首根っこを掴むと、望は凜をこちらに向かせる。

 

 「まさか、サボってるんじゃないだろうな」

 

 「先輩知ってますか?サボりはサボタージュの略でしてね…………」

  

 「話を逸らさない。…………………はあ。仕事、もらってるんでしょ?」

 

 「はい?」

 

 「だから、仕事。クラスの中でも個人的にではなくともグループでの作業があるはずだ。凜は何を担当しているの?」

 

 「えーと、一応、必要な資材を取りに行くとかなんとか」

 

 「大事な仕事じゃねえか……………。木材なら第二用具室、ペンキなら第三。どっち」


 「えーと、多分両方です」

 

 「だったら、さっさと行くよ。近いところなら第二」


 「え、一緒に行ってくれるんですか?」

  

 既に歩き始めている望を止めて、凜が言う。その表情はぽかんとしていて、何がなんだかわからない様子だ。

 

 「当たり前だろ。後輩が迷惑かけてたら嫌だし。それにペンキって案外重いぞ」


 文芸部員がサボっているなんてことが部長に知られれば部長になんて言われるかわからない。まあ実際、行事に厳しいのは相川先輩の方なのだが。 


 「あ、待ってくださーい!」

 

 凜は望の後を追って、隣を歩く。

 

 「ふふっ」

 

 「何笑ってるの?」

 

 「いや、何でもないです」

 

 望が不思議そうに聞くと、凜はまたひとりでに微笑む。何だか懐かしい気がした。

 

 「先輩って優しいですね」


 突然凜がこちらを向いて言う。

 上目遣いやめてください。可愛いので。 


 「褒めたって、ペンキ持ってあげないぞ」 


 「えー!持ってくださいよー!」

 

 「場所を教えるだけです」

 

 「けちー」


 望がそう言うと、凜は不機嫌そうに口端を細めた。


「今、先輩の方がサボってますよ」


「うっせ」

 


 

 

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