第35話 文化祭準備①


 文化祭が近づくにつれて、授業数も少なくなっていった。

 二週間を切る頃には、授業は午前中で終わり午後からは各クラスの出し物の準備になる。

 

 そして二年二組もまた文化祭に向けた準備に取り組んでいた。

 

 「理津、頑張れよ…………」

 

 望は両手を胸の前で合わせる。まるでキリスト教徒が教会で祈るかのようだ。

 さすがに跪きはしなかったが。

  

 「お前は保護者かよ。そして働け」

 

 辰海にツッコまれる。

 二組の出し物は喫茶店に決まったが、やることはたくさんある。

 

 教室をどのように飾りつけするか、衣装はどうするか、人数はどうするか、接客と裏方はどうするか等々…………挙げ始めたらキリがない。

 

 とりあえず方向性として、ある程度の内装を決めた上で、暇な奴らはその設営に回っている。望と辰海もその内に含まれる。

 

 望が応援していたのは教室の中央――――他のクラスメイトに丁寧に指示を出している理津であった。


 慣れないながらも少しずつできることを的確に指導している。

 可能にしているのは、理津自身の地頭の良さだろう。もしかしたら、無口なだけで理津は人前に出るのが向いているのかもしれない。

 

 「ほら、望。さっさと運ぶぞ。まだやることはたくさんあるんだからな」

 

 「あ、ああ」

 

 二人は用具室に必要のない教室の椅子を運ぶ役目を担っている。

 喫茶店で椅子を使うとはいえ、クラス全員分は要らない。そのため、教卓や黒板消しなども一緒に各クラスごとに設けられた部屋に移動しておくのだ。

 

 「なあ、ちょっといいか?」

 

 かけられた声に望と辰海がほぼ同時に振り返る。

 谷口だった。

 『文化祭実行委員』というバンドを腕に巻いていて、格好は運動部の動きやすそうなジャージを着ている。

 

 「なんだ?」

 

 望が問いかけると谷口はその距離を縮める。

 二人にこれといった面識はない。それこそあのジャンケンの際に初めて目を合わせたくらいだ。

 

 その異様な雰囲気に「なにこれ?どういう状況?」と辰海が聞くが、どちらも答えない。

 

 「俺…………」

 

 「俺?」

 

 望と辰海が構える。

 何を言うんだろうか。実行委員について何か言いたいことがあるんだろうか。 


 彼はゆっくりと口を開く。




 「…………俺、体育祭の時からお前のこと良いなって、思ってたんだよ!」

 

 「え、うん―――――うん!?」

 

 望は俯きがちだった顔を思い切りあげて、驚く。

 

 「いやー、望って足マジで速いんだな!アンカーって決まった時は正直心配だったんだけど、すごかった!まじでかっこよかったよ!」

 

 「え、うん?なに?そういう感じ?」

 

 こちらのことは気にも留めず、べらべらと喋り続ける谷口はまるで望のファンのような熱狂ぶりだった。

 男子にモテられてもなぁ。 


 「わかった、わかったから。言いたいことってそれ?」

 

 「あ、そうだった!それで実行委員を決める時、俺と望が立候補したじゃん?だから、やりたい理由が知りたくて。ほら、やりたいこと出来ないって辛いじゃん?そんな感じで」

 

 「や、まあ…………」

 

 望の場合、実行委員になってまでやりたいことがあったか、と聞かれるとそういうわけではないので、この質問は少し答えにくいのだが。

 

 「望は理津と付き合ってるからな。一緒にやりたかったんじゃないのか?」

 

 二人のやり取りを横から見ていた辰海が言う。

 

 「え、望と荒井って付き合ってたの!?マジで!?」

 

 「う、うん」

 

 「あちゃー、まじで悪いことしたなぁ。俺そういうことわからなくて、マジでごめん」

 

 「いや、謝らないでくれ」

 

 あからさまに項垂れて、申し訳なさそうに謝る谷口。


 なんだろう。すごく恥ずかしい。

 文化祭を成功させるために立候補したんじゃなくて、ただ彼女と一緒に準備をしたかったという、不純な動機を知られてものすごく恥ずかしい。

 

 「そんなわけだから僕の方こそ不純な動機でごめんというか…………谷口が実行委員になってよかったと思ってるよ」

 

 望としては理津の横に立っていたいという気持ちもあるが、そんな我儘を言うべきではないと思った。

 

 けれど、谷口は目を丸くした後、こう言った。

 

 「彼女と一緒にいたいって気持ちは不純じゃねえだろ。文化祭に対する気持ちだって人それぞれだしな」

 

 この時、僕は、「こいつほんとは良いやつなんじゃないか」と思い始めていた。

 別に悪いやつって思っていたわけではないが。


 「谷口君、聞きたいことがあるんだけどー!」

 

 と、その時他のクラスメイトが彼を呼ぶ。

 大方クラスの装飾についてだろう。

 

 「お、呼ばれたから行くわ。じゃ、なんかあったら聞いてくれ」

 

 「おう」

 

 「俺、応援してるからなー!」

 

 大声で手を振って、周りの視線を集めつつ呼ばれた元へ走っていく谷口。

 それを望は見送った。

 

 「なんか、良いやつだったな。杞憂だったかもしれない」

 

 結局僕は「谷口」というクラスメイトの事を変に誤解して見ていたのかもしれない。運動部のやつだから、チャラチャラしてそうだとか、いつも大きな声だから騒がしい責任感のないやつだとか。

 

 正直、そんなやつが実行委員になって理津と一緒になる機会が増えたら、嫌だと思っていた。

 でも、そんなのは所詮上辺だけを見た望の偏見で、本当は周りから慕われる奴だ。

 

 「今度謝らないとだな…………」 


 「とは言いつつも、内心心配な望であった」

 

 「…………変なナレーション入れるな」

 

 茶々をいれる辰海をあしらって、今度こそ荷物を運ばなければ。

 仕事はまだまだある。

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