第34話 変わるのは誰だ。
1
「では、まず文化祭実行委員を決めたいと思います」
教卓の前に立つのはうちのクラスの『ザ・委員長』周防由香里。
その後ろでは書記が黒板に「実行委員:男一人 女一人」と書いている。
「文化祭実行委員は主に、クラスの出し物の指揮と学年の集まりに出席してもらいます。有志の出し物や部活動の出し物との掛け持ちもあるかと思いますが、基本的にはクラスの方を優先していただくのでそのつもりで」
有志の出し物で言えば、全三日で行われる文化祭の内、午前と午後にある体育館の使用や中庭でのパフォーマンスがある。
「立候補の人は手を挙げてください」
委員長の声に教室は沈黙で応える。
そりゃそうだ。みんなもできれば実行委員なんてしたくない。
二年生の出し物は基本的に売店、それも飲食の伴うものを多くやる傾向にある。
そのため、食べ物の衛生管理や業者とのやりとりなど面倒な業務も実行委員が受け持たなければならない。
「誰もいなければこちらで決めてしまいますが…………」
委員長がぐるりと教室を見渡して、最終手段を執ろうとしたところ。
すっと、一人の手が挙がる。
「荒井さん、いいんですか?」
手を挙げたのは理津だった。
「……………………はい」
理津は小さいが、きちんと意思のある声で答えた。
クラス内にも意外そうな視線で見つめる者も多い。
望もその一人だった。
理津が今までこんな形で挙手したことはない。その認識をクラスメイトも抱いていたようでみんな黙って、様子を見守っていた。
「じゃ、じゃあ、女子は荒井さんで決まりですね」
委員長はもう一度教室内を見渡して、手が挙がっていないことを確認すると書記に視線を向ける。黒板には女一人の下に「荒井」と書かれた。
「あっ…………」
望はその時、はたと気が付いた。
『…………………そう。私も』という彼女の台詞は、理津自身の変わろうという意思の表れではないだろうか。
体育祭の一件以降、望の中で確かに今までとは変わる何かがあった。
それは理津も感じていたのだ。
そこにそれ以上の意味を見出すことは望には難しいが、理津も望と同じで何か変わろうと、成長しようとしているのかもしれない。
「あとは男子が一名ですが、誰か立候補はいますか」
なら、彼女の頑張る姿を横に立って見てみたい。
望は決心して手を挙げた。
「はい」「はい」
「えっと…………」
委員長が少し困ったような表情で見比べる。
手を挙げたのは二人だった。
望は頭の角度を少し傾けて、もう一人の立候補者の方を見る。
名前は確か、谷口直哉(たにぐち なおや)。
部活は野球だったと思う。よくでっかい部活のリュックを背負っている登校しているのを見かける。
性格は明るく、クラスの中で突出して目立っているわけではないが、良くも悪くもザ・スポーツ少年といった印象を受ける。
「じゃあ、ジャンケンで」
大抵こういった決め事ではジャンケンだ。
話し合いや譲り合いなんて、面倒だし。どっちにしたってどちらかが折れなければならない。
「じゃ、じゃあ…………じゃーんけーん」
僕と谷口は立ったまま目を合わせて腕を突き出す。
「ポン」「ポン!」
今、一人の勝者と敗者が決まった。
2
「…………………そう、落ち込むなって。まだ文化祭は始まってもないんだぞ?」
「別に落ち込んでるわけじゃねえよ」
かけられた励ましを望はぞんざいに弾いた。
ジャンケンは残酷だ。
なぜ、勝者と敗者しか出ないのだろうか。
「ええ、では、文化祭実行委員は荒井さんと谷口君に決まりました。ここからは実行委員に司会をしてもらいます」
すると、理津と谷口は教卓の前に立って教室に目を向ける。
その時、望は理津と目を合わせたが、彼女は表情は依然として無表情だった。
「よろしくね、荒井さん」
「…………………ん。よろしく」
二人は顔を見合わせて軽く会釈する。普段ない組み合わせだ。
「…………………で、では、クラスの出し物を決めたいと思います。何か案のある人はいますか?」
正面に向き直った理津が話し合いを進行していく。多少のたどたどしさはあるが、充分及第点だろう。
彼女の声に反応して、クラス内では友達同士で相談する声が聞こえてくる
「出し物何にする?」「やっぱ出店でしょ。食べれるし」「俺ら売る側だろ」「えー、私、劇がいいなぁ」「メイドカフェじゃね?」
みんな案外思い思いのものがあるみたいだ。
望としてはこれと言ってしたい出し物はない。
一年生の頃は夏祭りのような縁日をしたが、まだ文化祭というもの自体を理解できてなくて、あまり完成度の高いものにならなかった。
「では、アンケートを取ることにします。紙を配るのでそちらにクラスでやりたい出し物を書いてください」
理津は少し悩んだ様子で動きを止めるも、すぐに機転を利かせて集計の方法を決める。これは以前、委員長がクラスの係を決める際に使っていた方法を真似したのだろう。
「手伝うよ」
理津のもつ紙を半分谷口が取って、窓側と廊下側の列、それぞれからから配る。
紙が手元に配られた生徒は、上を見上げたり視線を横にずらしながら考えているようだった。
「うーん…………」
望も少し、真面目に考えてみる。
理津に遠慮しているわけではないが、ここで無投票になるような意見を書いては実行委員の進行に差支えがあるかもしれない。
文化祭でやる出し物と言えば、候補はいくつかあるが、「売店」「劇」「ジェットコースター」などだろう。
後者は当然のようになしで、劇は色々と準備の段階で手間がかかる印象だ。
タイトルを決め、配役を決めて、練習をする。
ステージに立つ者だけではない。
小道具も制作しなければならないし、オリジナルの作品であれば、脚本から仕上げる必要がある。
よって劇はなしだ。
もともと劇は、主に三年生がやることが多い出し物で、去年も三年生のクラスの半数は劇をやっていた。
「売店か」
売店ならある程度方向性も限られてくるし、何よりみんなの認識がしやすい。
曖昧な指示で入れ違うこともないだろう。
「なあ。望は何にする?」
前の席がくるりと回転し、辰海が聞いてくる。
「売店にしようと思ってるけど、どういうのにしようか悩んでる」
「なら、喫茶店にしようぜ。服装も少しかっこよくしてさ、それなら女子連中も文句言わないだろ」
「いいな、確かに」
今の高校生にはあまり馴染みのないところが、より新鮮みを出していいかもしれない。
「じゃ、俺もそうしよう」
辰海も気に入ったのか席を戻して、自分の紙に書く。
後ろからでは動作しか見えなかったが、大きい字で書かれたの容易に予想できるほど腕の振りが仰々しかった。
「では、回収します。後ろから前に持ってきてください」
理津の指示で回収される。
「結果は集計した後、発表します。あまりにばらけていた場合は多かったものを厳選して決めます」
理津がそう言ったところで、終業のチャイムが鳴った。
後日、二組の出し物は「喫茶店」に決まった。
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