第33話 修羅場の帰り道
1
「……………………望」
「り、理津!?」
望の視線の先には部活を終えた理津が立っていた。
「迎えに来た」
望は一度視線を前に移すと、凜の両肩を勢いよく離す。
その動作が却ってやましいことがあるかのように見えてしまった気がする。
「あっ、もしかして理津先輩ですかー?会いたかったです!」
凜はというと、まったくと言っていいほど表情を崩さずに飄々と理津の元へと駆け寄る。
「私、先日転校してきた一年の橘凛って言います。最近文芸部に入って望先輩にはお世話になっているんですよー」
「…………………何で私の名前、知ってるの?」
「それはもう、先輩は有名人ですからー。噂はかねがね」
有名人という言葉に理津は首を傾げた。
本人に自覚があるかどうかはともかく、彼女が一年生の間でも有名なのは望としても初耳だった。
「あっ、そうだ。LINE交換しませんかー?」
「……………………ん」
ナチュラルな感じで凜はスマホを取り出して、LINEの交換を頼む。
理津も特に拒む理由もないのかそれに応じた。
望としてはすごい複雑な心境だ。
彼女と自分が所属する部活の後輩がLINEを交換するのは、そこはかとなく気まずい。
「二人はいつも一緒に帰っているんですよね?」
「……………………そう、だけど」
理津は少し逡巡したが正直に答えた。
何か嫌な予感がする。
「私もご一緒してもいいですかぁ?」
「えっ…………」
「だめですかー?」
これには二人の会話を見守っていた望も思わず声を上げて反応してしまった。
凜はちらと振り返って、一瞬だけ望と目線を合わせる。
「理津先輩とも仲良くしたいなぁって感じで、だめですか?」
凜はあくまで主導権は理津にあるかのように質問してみせているが、その実雰囲気としては大変断りにくい状況である。
「……………………だめ「でも、行きます」…………っ!?」
食い気味。そして即答。
返答なぞ最初から気にしてない様子で凜は答えた。
理津も予想外の言葉に驚いているようだ。
「では、行きましょうか。せーんぱーい?」
2
「あのぅ、先輩」
「な、なに?」
「なんで全然喋らないんですか?私だけ喋って恥ずかしいんですけど」
「あー…………」
望は視線を逸らすように前へと向けて、言葉を濁す。
凜が指摘するのもごもっともで、学校を出てからというもの望は軽い言葉を少し、理津は至っては一言も話していなかった。
「いや、別に僕達ってものすごく会話をするタイプでもないしさ。これが平常通りというか」
「本当ですかー?」
「本当、本当」
嘘である。
理津も普段から無口であることにはあるのだが、今日は極端に口数が少ない。
続けて望が嘘が下手くそということもあって、凜は若干疑いの目で見ている。
「(あと、さっきから二人に挟まれて歩いている僕としてはものすごく空気が悪くて困ってるんだけど…………とは、口が裂けても言えない)」
帰り道の並び順は昇降口が学年ごとに並べられていることもあって左から凛、望、理津という順番になっている。
「そういえば、先輩方って付き合っているんですよね?」
「そ、そうだね。付き合っているよ」
いきなりの爆弾に望は思いっきりテンパる。
どうにかポーカーフェイスを貫こうとするも口の端が変にピクピクしているのが分かる。
こういった時は理津の無表情が羨ましいと思う。
「お二人はいつごろからの付き合いなんですか?」
「出会ったのはそれこそ小学生になる時よりも前だったからあんまり記憶にないけど、付き合い始めたのは中学三年生になる直前かな」
彼女の目の前では少し恥ずかしかったが、望は比較的すらすらと答えた。
「そうなんですねぇ。あれっ、でも二人が付き合ったのは随分と微妙な時期ですね」
確かに中学生時代を彼女と楽しむには三年生になるころでは遅いだろう。受験も控えている。
「まあ、色々とあってさ」
望は真実をすべて話すことはせずに濁した。
嘘は言っていないが、そう誰これ構わず話すことでもない。
「…………………そうですか。ありがとうございます。質問に答えていただいて」
凜は改まって望に深く一礼した。
「いや、別に良いけど…………なに、この質問」
「特に意図はありません。ただ気になっただけです」
凜はまた先ほどのペースで歩き出す。
一行はそのままショッピングモールの横を通過しようとした。
「…………………買い物、行ってもいい?」
理津が帰り道中、初めて言葉を発した。
「いいですよ!ね、先輩?」
それにいち早く頷いたのは凛だ。彼女は首をくるりと向けて望に聞いてくる。
「あ、うん。全然いいよ」
早く家に帰りたい気持ちもないことはないが、部活があった日はこれ以上帰りが遅くなってもあまり大差ない。
それに理津が話してくれたことが嬉しかった。
「それにしてもどこに寄るんだ?無印とか?」
「…………………ん、今日はスーパー」
「お母さんに頼まれたの?」
「…………………ん」
いつも理津が帰り道中に寄る場所と言えば、無印かスーパーだ。
無印は自分の買いたいものを買うが、スーパーは基本理津の母に頼まれて買いに行くことが多い。
「私も手伝います!」
鼻をふんっ、と鳴らし意気込む凛。その仕草がどこか横にいる彼女を連想させ、望は一人微笑んだ。
ショッピングモールの一階に大きく位置するスーパーは地域の人のみならず、地方の人も買い物に訪れるほどの大きさで、望達も度々利用する。
ちなみに余談だが、モール内にある自動販売機よりもスーパーの飲み物の方が安く買える。
「この時間って案外人が少ないんだな」
スーパー内の人影は平日のせいか案外少なく、学生の姿はほとんど見られなかった。
「わたし、やります!」
勢いよく飛び出したのは凜だった。
先回りするようにカートを取ってくる。案外子供っぽい所があるのかもしれない。
理津はそのまま一直線に野菜売り場へと向かった。
食卓に並びがちの緑黄色野菜を始めとして、旬の野菜やあまり見かけないものなどが、ずらった並んでいる光景は小さい頃はつまらないものだったが、今では案外面白い。
「………………………じゃがいも、にんじん」
理津はそれぞれの野菜を手に取り吟味しながら素早くカゴに入れていく。
「カレー?」
「…………………ん」
今日の夕食はカレーらしい。定番だが家庭によって結構な違いがあったりする。ちなみに望の家では豚ひき肉を使用する。
「…………………僕も手伝った方がいい?」
現状凜はカートを押して、理津は食材を選ぶ。望はまったくもって戦力外だ。お荷物感がすごい。
「…………………じゃ、鶏肉買ってきて」
「おっけ、いつものだよね!」
理津の言葉に望の顔が一瞬にして明るくなる。
「いや、子供ですか。先輩」
その一部始終を見ていた凜が横目でじっと見つめてくる。悪かったな子供で。
一旦、理津たちとは離れ望は一人お肉コーナーに向かった。
色々な種類の物があって目移りしてしまいそうだが、今はお目当てのものへと最短で向かう。
理津がいつも買うのは鶏もも肉三百グラムのものだ。
一度理津の家でカレーをご馳走になった時があったが、とても美味しかったのを覚えている。
迷わずそれを手に取って、すぐさま理津の元へ戻ろうとした時、
「…………………望」
「あれ、理津。どうした――――の!?」
振り返って理津を視認するとほぼ同時に、彼女が近づいてきて思わず望は変な声を上げてしまう。
「野菜選んでるんじゃ…………?」
「…………………ん」
「こっちに来た理由は…………?」
ほぼ無言で視線を合わせてくる理津。何か気に触れるようなことをしたか不安になる。
「…………………後輩がいいの?」
「へ?」
なに、どういうこと?
望の頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
「年下、転校生、可愛い、距離が近い、おしゃべり上手の文芸部がいいの?」
「ちょ、ちょっと待って!」
突然早口になる彼女を静止する。
「――――もしかして、凛のこと?」
「…………………(コク)」
無言でうなずく。可愛い。
「別にただの後輩だよ。確かにあいつはちょっと距離近いし、何故か一方的に僕のことを知っているみたいだけど、僕が好きなのは理津だけだよ」
「…………………ん。知ってた」
そこまで言ってやっと笑ってくれた。
「まあ、僕も後輩を持つ立場として、日々成長しないとね。何かあったらガツンと言うよ」
胸を何度か叩く。半年もすればまた後輩が入ってくるのだいつまでも一年生気分ではいられない。
「…………………望は成長しているの?」
「失礼な!そりゃ成長するし、変わってもいくよ。人間だし」
「…………………そう。私も」
「?そりゃあね、理津も成長はするよ」
理津は一度視線を下に向けた後、望を見て微笑んだ。それがどんな意味を持っているのかわからなかったが、ただ、今は気にすることではないと思った。
「ちょっとー、置いてっちゃうなって酷いですよー」
カートを押して凜がこちらに向かってくる。
何も言わなかったんですね、理津さん…………。
まだこの後輩がどんなやつなのか、わからないことだらけだ。
けれど、少しだけわかってきた気もする。
「せんぱーい、そろそろ変わってくださいよー」
「そんな重くないだろそれ」
「せんぱーい」
こいつも成長しているのだ。
今も、明日も。
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