第32話 かわいいお面
1
「はあ……………………」
「なに、どしたの」
「いや、あのさ…………」
倦怠感溢れる表情でため息を吐くと前の席がぐるりと回り、辰海が心配そうに聞いてくる。
「昨日の話なんだが、部活でちょっとな」
「珍しい。望が部活のことで悩むなんて」
辰海は、ほう………と関心ありげに頷く。
確かに文芸部は部長が率先して引っ張ってくれるのでトラブルが発生することはまずない。まあ、今回もトラブルというほどではないのだが。
「新入部員が入ったって話なんだが」
こうして望は昨日の部活での出来事を話しはじめた。
2
「せんぱーい、これどうすればいいんですか?」
「ええっと、その操作はここの攻撃を強めに…………」
「先輩、ここはどうすればうまくできますか~?」
「ええっと…………」
「せんぱーい。ここは~?」
文芸部名物の部活内ゲームが行われ始めて、小一時間。
望は、転校生の後輩「橘凛」の指導に当たっていた。
といってもそれは名目上で、ただゲームの操作方法を教えるだけなのだが。
「ちょっと、距離が近くない…………?」
「そうですか~、私前は女子高にいたのであまりそういう距離感がわからないんです」
目元からハートのマークでも飛び出してきそうなポーズを決める凛。
かわいい。
確かに可愛いのだが。
(何だか理津にとても申し訳ない気持ちになる…………!)
望としてはあまり気分の良いものではなかった。
「真夜。私が言うのもなんだが、入れてよかったのか」
そんな二人の行動を遠くから見守っているのは相川先輩と部長。
「うーん、少し後悔してきたような…………?」
「なぜ疑問形」
「わからないんだが、なんだか二人を見ていると胸のところが少しチクっとするんだよなぁ。なんだと思う?琴音ちゃん」
「わ、私に聞くなっ!バカ者!」
「ええー…………」
顔を赤くしながらそっぽを向く相川先輩。
まだよくわからない自身の感情に部長はただ首を傾げるのみだった。
「では、前哨戦はそこらへんにして今月の部誌の日程を決めよう」
「「「はい!!!」」」
部長が一言、声をかけると部員はテーブルのあるスペースへ移動する。
「先輩、この部活っていつもこんな感じなんですか?」
凜は望の背後に隠れながら質問してくる。先ほどまでのふざけたものではなく単純に何がなんだかわからないといった感じだ。
「まあね。慣れるまでは時間がかかると思うけど、一カ月もしたらああなってると思うよ」
望は視線で誘導する。
「あれ、ですか…………?」
「うん。あれ(遠い目)」
「全体気を付け!!!!」「「「Yes, Ma'am!!」」」
二人が目を向けると部長の掛け声で部員達が米国の軍人のように隊列を組んでいるのが見えた。(組めるほど人数はいないが)
「いや、ちょっと、さすがにあれにはなりたくないといいますか…………なんというか」
完全に引いた目をしている。そりゃそうだ。
「先輩?なんで泣いてるんですか?」
「いや、こういう普通の反応、久しぶりだと思って…………!」
「感動されても全然嬉しくないんですけど…………」
別の意味で僕も引かれた。
「それに一カ月もあんなの見せられて部活辞める人とかいないんですかね」
「ああ、それは大丈夫だよ。なんだかんだ部長は面倒見がいいからね、あれで部活を辞めた人は一人もいないんだよ」
実のところ望はそこが不思議でならない。
部長のカリスマ性なのか何なのかわかならないのだが、強制をされているわけでもないのに勝手に軍が組織されているのだ。彼女は将来そういった職業についたほうが良いのではないかとすら思う。
「そうですか…………」
「?どうかしたの?」
「いや、なんでもないです」
凜の反応に少し違和感を覚えた望だったが特に追及はしなかった。
「これにて、部活は終了する!解散っ!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
今月の部誌は文化祭に出されることになるので、部長の話もいつもより白熱していた。最後の号令では凜もしっかりと(白目だったが)挨拶ができており、周りの部員からも着実に認められているようだった。
「せんぱーい!」
部活が終わるや否や凛は一直線で望の元に駆け寄ってくる。
耳と尻尾を付ければいつでも犬にジョブチェンジできるくらいの可愛さだ。
「橘ちゃーん?ちょっと、副部長に近づきすぎじゃないかな?」
そんな二人の状況を見かねた部長が会話を割って入る。
「えー?そうですかぁ?ということはぁ、部長も望先輩に近づきたいってことですかー?」
「え!?わ、私はそんな、別に…………」
『負けた…………』『後輩強い』『いや、部長が弱いんじゃないか』
周りで見守っていた部員達がこそこそと話している。
こら、そこいじるな。
「はあ…………橘。うちの部活は不純異性交遊を禁止しているわけではないが、奨励しているわけではない。少し慎め」
見かねた相川先輩が部長と凛の間に割って入る。
『おお、相川先輩は頼もしい』『さすが彼氏持ち』『後輩どうでる?』
「確かに、そうですね。ついはしゃぎすぎてしまいました」
「わかればいい」
相川先輩からの指摘にシュンとなる凛。
先輩もそこまで責めようと思っていたわけではないので、話はそこで終わるはずだった。
「…………でも、じゃあ相川先輩の彼氏さんはどうなんですか?」
「なっ!?」
一回受けてからのカウンターに油断していた相川先輩は素っ頓狂な声を出してしまう。
「気になりますぅ。相川先輩と彼氏さんは普段どんなことしているんですかー?」
「い、いや…………」
さらに凜はたじろぐ相川先輩に近づき追及していく。
こうまでくると上目遣いなのが余計怖い。
「相川先輩はスタイルも良くて、いい奥さんになりそうですもんね。私はどのような方と付き合っているのかは知りませんが、あまり過激なことは控えた方が宜しいかと」
「拓夢はそんな節操なしでは…………はっ!?」
先輩はそこで勢い余って自分が失言していることに気が付き、恥ずかしさのせいか声をかけた時の二分の一くらいの背丈になっていった。
『負けた…………』『強い(確信)』
「でも、やっぱり近いかな。もう少し離れてもらえる?」
場の雰囲気が凜に集中していたがそんなことお構いなしに望は口を挟む。
さすがに彼氏彼女の関係ではない男女の距離感にしては近すぎる。
「…………そうですか」
望の言葉を受けて彼女はがっかりそうに肩を落とす。
多少の罪悪感はあるが、仕方がない。
しかし、
「じゃあ、どこまでなら近づいても大丈夫ですか?」
「へ?」
凜は一度伏せた顔を上げると、ぐいっと望との距離を詰めよる。
「この距離はダメですかね?じゃあ、ここは?」
望の周りをうろうろと旋回しながら、時折その華奢な体を密着させながら凜は近づく。
「いや、さっきより近づいてるし…………」
「口で説明してもらわないとわからないですよぉ。肩が触れ合うのはどうですか?」
先ほどまでの可愛げな雰囲気とは違う妖艶な感じ。
望は完全に予想外だった。
「それに私の名前も全然呼んでくれないですし?凜ちゃんって呼んでくれればいいのに」
「名前まで距離が近いって!」
「違いますよ?その呼び方は元々ですもん……………………」
凜がぼそりと呟いた言葉には一杯一杯の望には聞こえず、
「ちょ、ちょっと!離れて!」
咄嗟に彼女を引きはがそうと望が凜の肩を掴んだ時だった。
「……………………望」
彼の名前を彼女が呼ぶ。
「り、理津!?」
彼女と転校生がエンカウントした瞬間だった。
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