ひと夏の勉強

1


  「では、今日の部活はこれにて終了!みな気をつけて帰るように!」

 

 「「「ありがとうございました」」」  


 夏休み。

 文芸部の部活は主に午前中で終わることが多い。


 午後まで長引く場合は滅多にないし、あったとしても事前に連絡があるか、部長の無茶ぶりでゲーム大会をするかのどちらかだ。

 

 (茶道部はまだ終わらないだろうし、どうするかな)

 

 理津の所属する茶道部は、文芸部よりも長く活動している場合がほとんどだ。といっても、一日中という部活というわけではなく1時間程度なのだが、それでも今の望にとっては少々手持ち無沙汰だ。

 

 (まあ、今のうちに宿題終わらせておくか)

 

 望はそう決断すると、踵を返し元居た図書室へと戻っていった。

 

 「あれ、副部長。どうしたんだ?忘れ物かい?」

 

 「部長こそ。先帰ったんだと思ってました」

 

 図書室に戻ると部長がひとりで本を読んでいるのが見えた。

 

 「私は別に琴音ちゃんから逃げているわけではなくてだな…………少し暇をつぶしていただけで」

 

 「今すぐに相川先輩に捕まってきてください!」

 

 また何かやらかしたのだろう。

 一刻も早く相川先輩に突き出してあげたい。

 

 2

 

 数分後。

 図書室に到着した相川先輩によって部長はどこかへ連れて行かれた。

 

 「さて、これでようやく取り掛かれる」

 

 望一人、静かになった図書室で黙々と宿題を消化していく。

 

 二年生に出された夏休みの宿題はそう量があるわけではないのだが、ワークの提出などあるにはあるので、今からやっておかないと大変なことになる。

 

 「……………………望」

 

 「あれ、理津。早かった―――――」

 

 ね。と言おうとしたところで望の視線は釘付けになった。

 

 「どうしたの、その着物」


 視線を向けると、理津はいつもの制服ではなく着物に身を包んでいた。

 綺麗な装飾が施された朱色の着物で、華美ではない静かな美しさがある。

 

 「…………………文化祭。その衣装」

 

 茶道部の文化祭の出し物では、部員がそれぞれ着物を着て接客をする、というものがある。今回はその試着ということなのだろう。

 

 「綺麗だね、その着物。似合ってる」

 

 「……………………ん」

 

 望が褒めると、理津は嬉しそうに回って見せる。

 耳飾りが微かに揺れ、夏の清涼感が漂う。

 

 「先に望に見せたかった」

 

 「そ、そっか。ありがとう」

 

 こうも真正面から言われると見ているだけの望も恥ずかしくなってくる。

 理津はこういう歯が浮くような台詞を素面で言ってくるから怖い。


 

 「ふくぶちょーう、まだいるかーい?」

 

 

 「っ!?」

 

 聞きなれた部長の声が望の耳朶を打つ。

 その足音は真っすぐ図書室の方に向かっていた。

 

 「……………………望、こっち」

 

 「え?あ、ちょっと!」

 

 理津に引っ張られ、望は部長から隠れるように図書室の奥の方へ入った。


 (り、理津!?別に隠れる必要はなかったんじゃない?)

 

 本棚と壁に囲まれたここは普段から人が通る場所ではなく、望もほとんど読んだことのない本ばかりが並べられている。

 

 「……………………しい。静かに」

 

 理津がゆっくりと望の唇に指を当てる。

 顔が驚くほど近くなっている。

 

 周りが囲まれている分、中の空間は狭く窮屈だ。

 そこに高校生が二人入っているのだから当然無理が生じる。


 (密着具合が…………!まずい)

 

 「副部長?あれー?いると思ったんだけどなぁ」

 

 部長は図書室の中をぐるりと見て回ると不思議そうに首を傾げる。

 

 「においはするんだけどなぁ」

 

 (どういう嗅覚してるんだ。犬か?)

 

 少しずつだが、部長の足取りは二人がいる奥の方へと向かっているような。

 別段二人がいるところを見つかったとして何も問題はないのだが、隠れているこの状況が却って見つかってはいけなくさせている。


 「(り、理津。少しずれて…………!)」


 望と理津はほとんど抱き合う形だ。

 着物の薄い生地のせいか理津の肌の感触を直に感じてしまって、望の体はどんどん火照ってくる。


 (着物がはだけて…………!)

 

 そう。

 望が位置をずらそうと動くたびに理津の着ている着物の帯が緩んでくる。

 綺麗な肌が目に飛び込んできて、急いで視線を上へと向ける。

 

 「……………………はむ」

 

 理津は望の首筋にかぶりつくとそのまま流れる汗粒を舌でからめとる。

 彼女の甘い蜂蜜のような匂いが鼻腔をくすぐり、望の本能を刺激してくる。

 

 

 「こうしている間にも琴音ちゃんに見つかったら、逃げたのもプラスで怒られてしまう!」

 

 部長は何やら気になることを残すと、名残惜しそうに図書室を去っていった。

  

 「行った、かな…………?」

 

 棚の影から顔を出して、周り見る。

 図書室には二人以外誰もいなかった。

 

 「あぶなかったぁ…………」

 

 望はようやく自分の身の安全を把握すると、大きく息を吐く。

 少し動いていないのになぜだかどっと疲れた。

 

 「あ!理津!ふざけすぎだって、見つかったらどうするのさ」

 

 「……………………?」


 「ぶっ!!!!?」

  

 思い出したように望が顔を上げると、まだ着物がはだけたままの理津がそこにはいた。

 

 「は、早く直して!」

 

 望は背を向けて叫ぶ。

 

 「……………………?…………?」

 

 「ええ!?自分で直せないの?」

 

 理津は普段から着物をよく着るわけではないので自分で直すことができない。

 (他の人のはできるらしい)

 

 「ああ、もう!理津、ごめん!」

 

 望は一言詫びをいれると理津の方を向き直って、着付けをしていく。

 

 「妹のとは勝手が違うから、あくまで応急処置程度だけど、我慢して」

 

 なるべく彼女の体を見ないように、そして素早く望は腕を動かした。

 

 「……………………♪」

 

 「なんで、気分良さげなの…………もうしないからね?」

 

 鼻歌交じりにご機嫌な理津を見て、望もつられて笑ってしまった。

 

 

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