ショートストーリー

夏の肝試し

 

 夏休みのある日、部活途中に先輩がこう呟いた。


 「……………………肝試しをしよう」

 

 「え?」

 

 「なんだい、副部長。まさか君、怖いのは苦手という性質かい?」

 

 ついリアクションを取ってしまった望に部長が小馬鹿にした感じで顔を覗き込んでくる。

 

 「いえ、そういう意味ではなく、なぜ急に肝試しをするんですか、という意味です」

 

 「肝試しに理由があるか!その場のノリと勢いだよ!」

 

 「そういう考えなしなやつが心霊映像だけ残して姿を消していくんですよ!」

 

 「ふむ、副部長は怖いのは苦手…………と、」


 何やら不穏なメモを取られた気がする。 

 

「いやいやいや、別に怖くはないですよ。ただ、するにしてもどこでやるんですか?」

 

 部長の考えに賛同するわけではないが、ああいったものは雰囲気が物を言う。

 そんな場所あっただろうか。

 

 「うむ。既に場所は決めてある―――――では、今夜七時に部員は学校近くの廃ビルに集合だ!」

 

 部長の独断と勢いとノリで、肝試しが決行となった。



 「結構雰囲気があるなぁ」

 

 時間通りに到着した望は辺りの景色を見渡しながら感想を述べる。

 

 高校からそう遠くない場所にその廃ビルはある。

 近くに駅やショッピングモールがある中で、少しわき道に逸れればそれはすぐに顔を出すのだ。

 

 普段見かけるのは昼間なのであまり恐怖は感じなかった(せいぜい気味が悪いな程度)が、今は夜だ。

 

 月明かりもない今日は、雰囲気も抜群でひとたび手持ちのライトを消せば夜の闇に取り残されることになる。

 

 「うむ。みな遅刻はなしだな。ではこれより『夏にぴったし、お化けはどこだ?文芸部肝試し大会』を開催する!」

 

 部長が到着した部員を集め、ルールについて説明していく。

 

 そんな名前がついていたのか…………と望は思ったが、他の部員は特に気にした風もなく企画は進んでいく。

 

 「二人一組に分かれ、チームごとに廃ビルに入ってもらう。三階の奥の部屋に設置したお札を持ってきたらクリアだ」

 

 「あれ、そんなものいつの間に設置したんですか?」 

 

「何かゲームにならないかと思ってね。さすがに入ったのは昼間だが、かなりの雰囲気だったよ」

 

 望の質問に相川先輩が答える。

 部長が思いついたのを相川先輩がまとめたんだろう。

 

 「では、チームはくじで決める。みな一斉に引いてくれ」 

 

 部長の合図で部員全員がくじを一本ずつ握る。

 

 (これは琴音が制作した確定くじ引き装置だ。これで私と副部長は確定でペアとなる。くっくっく、計画通り)

 

 何やら部長がやけににやにやしているが気にしない。

  

 「よし、それではいっせーの!」


 「6番ですね」

 

 望のくじの番号は6。

 

 「奇遇だな。私も6番だ。レディーをエスコートしてくれよ?」 


 (決まった。でもひとつ不安があるとすれば、こういったルールに厳しい琴音が普段と違ってOKしたことなんだが…………なぜだろう)

 

 「ほら、部長。行きますよ」 

 

 望は部長と一緒のペアを組むことになった。

 

 「では、ここからは私が指揮を執ろう。琴音は実際に参加する側だからな。ここからスタートして3階の一番奥の部屋にあるお札を持って、またここに帰ってきたまえ」

 

 部長の代わりに相川先輩が合図をとる。

 彼氏のいる相川先輩にはいらぬイベントなのかもな。

 

 「頑張ってくれよ、副部長?」

 

 「は、はあ…………」

 

 スタートの直前、なぜか相川先輩にそんなことを言われたのだが、どういう意味なのだろうか。

 

 「今は興奮して忘れているが、真夜は怖いのがすこぶる苦手なんだ」

 

 「え?」 




 「…………部長、本当に怖いの苦手だったんですね」 


 望が振り返ると、明らかにへっぴり腰になって怯えている部長の姿があった。

 入る前の威勢は消え失せ、今では生まれたての小鹿のようだ。

 

 「あうぅ、置いていかないでくれぇ…………」


 開始してからまだ5分も経っていない。

 なぜ本人がこんな企画をしてしまったのだろうか。


 「わかりましたよ。ちゃんと掴まっててくださいね?途中ではぐれても探しませんので」 

 

 「ひどいいいい…………」

 

 涙になっている先輩はどこか可愛くて、望はつい頬を緩めてしまう。

 普段は自信満々でどことなく態度もでかい先輩が小動物よりも小さく見える。 

 

 「ほら、もう少しで3階ですよ。頑張ってください」

 

 しっかりと望の手を握っている部長。

 なんなら後ろから抱きつかれている気もする。

 

 「ちょ、ちょっと部長?くっつきすぎじゃないですか?」

 

 「う、ううっ…………怖いいいい」

 

 悪気などは一切なく、ただ単純に怖いだけのようだがいかんせん密着度がすごいことになっている。

 

 先ほどからも背中に感じる2つのお山の感触が望の本能をとてつもない速度で刺激してきており、肝試しどころではない。

 

 「なんか今聞こえた…………!」

 

 「きのせいですって。それに他の部員もいるんですから音がして当たり前ですよ」


 文芸部員が十人以上この廃ビルには入っているのだから、喋り声や足音が聞こえてしまうのは仕方がない。

 

 「でも、それにしては音が小さい気もしますけどね…………」

 

 望はふと気になったが、これ以上言っても部長を怖がらせるだけだと思ったので何も言わなかった。

 

 「ほら、早くしないと景品逃しちゃいますよ」

 

 「そんなことどうでもいいよ!」

 

 「ええ…………部長が企画したんじゃないです」

 

 逆ギレする部長に呆れながらも進む。


 「…………あれ、あの部屋ですかね」

  

 望が指さした廊下の奥、行き止まりの部屋があった。

 後ろでびくびく震える部長を引っ張って、中に入ると、案の定何枚かのお札があった。

 

 「よし。部長、帰りますよ」

 

 「……………………(ぱああ!!)」

 

 一瞬で元気になった。

 帰れるというその言葉に部長の瞳は輝きを取り戻した。

 

 「よし、早く帰ろう。今すぐ帰ろう!」

 

 そんなかいかってか、帰り道は特に問題なく、部長も怖がってはいるものの足を止めることはなかった。

 

 


 「ただいま帰りました…………」 


 「琴音ちゃーん!!!!会いたかったよおおおお!!」 


 廃ビルを出ると相川先輩が待っていた。

 部長は嬉しさのあまり先輩に抱き着いている。

 

 「あれ、他の部員は?」

 

 辺りを見渡すも先に帰ってきたらしき人影はない。

 

 「君たちが一番だ。随分と早かったな、私はてっきり真夜がぐずって遅くなるものだとばかり思っていたが…………」

 

 相川先輩は不思議そうに望を見ている。

 

 「え…………?」 

 

 望はただ首を傾げることしかできなかった。

 確かに、望の体感でも一位になるとは思っていなかった。


 他の部員の音がやけに聞こえないとも、思っていたし何しろ本来三階へ上がるには二回階段を上らなければならないのに対し、望達は一回しか上っていない。

 

 「まあいい。とにかく君たちが優勝だ。商品は皆が戻ってから渡すから。受け取ってほしい…………ん?どうかしたのか」

 

 「…………い、いや」

 

 ここでその話をしたらどうなるだろうか?

 部長は泣き出すかもしれない。そしたら面倒だなぁ。

 

 「まあ、いっか」

 

 望はこの話を持ち帰ることにした。

 (部員はこのあと全員帰ってきた)

 

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