花火大会
1
「あ、暑い…………」
夏の猛暑が望を襲う。
最近ではニュースキャスターが毎日のように、数年ぶりの猛暑日とお伝えしているのをよく見る。これはもう人が生きられる環境じゃないと思う。
「あれ、お兄ちゃん。出かけたんじゃないの?」
進行方向を百八十度ターンして、望はリビングへと戻った。
妹の楓がソファーでくつろぎながら、こちらを見る。
「いや、暑すぎるからいいやって。別にコンビニ行こうと思っただけだし」
「ええ、アイス買ってきてほしかったのに」
妹よ。今君がその手に持っているのもアイスじゃないのかい。
「まあ気が向いたら、夕方にでも行くよ」
「え、今日花火大会だよ?」
「そうだっけ?てっきり忘れてた」
この地域で行われる花火大会と言われれば一つしかない。
神社の境内を中心に開かれるのだが、かなりの数の出店が出て子供達にも人気だ。
「私は理津さんとかと一緒に行くのかなーって思ってたんだけど」
「いや、別にそんな約束はしてないな」
理津も望もあまり人通りが得意な方ではない。
会話の中にも花火大会の話題がでることもなかったし、特に一緒に回るという予定は立てていなかった。
「ええー、絶対一緒に行った方がいいよ!今からでも誘ったら?」
「うーん…………楓はどうするんだ?」
「私は友達と回る予定」
「ふーん。じゃまあ、誘ってみるか」
「うん!」
こうして、理津を花火大会に誘うことになったのだが。
2
「用事がある?」
「……………………うん。お母さんの付き添いで終わるの七時頃になると思う」
出店自体は六時ごろからやっているのだが、肝心の花火がやるのは七時。
見れないことはないが、かなりぎりぎりだ。
「そっか。じゃあ、今度他の花火大会にでも一緒に行こう」
「……………………ん」
仕方がないし、望としてもその日に聞いたのだから断られるほうが当たり前だと思うけれど、やはりどこか寂しい。
「理津さん用事あったんだ。余計なこと言っちゃったなぁ」
「いや、大丈夫。楓は楓で友達と楽しんでくればいい」
妹に余計な気を遣わせないように望は言う。
やがて祭りに出かける妹を送り出すと、一人になったリビングに寝そべる。
母は今日は帰りが遅くなるし、望にはこれ以上用事がない。
「はあ………………ここからでも花火って見えたっけ?」
家から祭りの行われる神社までの距離はそう離れていない。
たぶん、ここからでも見えないことはないのだが、どうにも家からの花火は興が削がれる気がする。
「…………やっぱ、一緒に行きたかったなぁ」
ピーンポーン。
「はーい」
突然家に響くチャイムに望は起き上がった。
玄関に行き、扉を開けると。
「……………………望」
「え、理津!?」
着物姿の彼女がそこにはいた。
「用事があったんじゃなかったの?」
望は理津の格好をぐるりと見やる。
薄紫色の着物は色鮮やかな風鈴が描かれており、夏の暑苦しい中にひとつの涼しさが訪れる。
「……………………急いで」
「急いで?」
「用事終わらせてきた」
話ではお母さんの付き添いで祭りには行けないということだった。
理津は恥ずかしそうに頬を染めて、俯く。
「……………………望と一緒に祭り行きたかったから」
「そ、そっか。ありがとう」
つられて望も顔を赤らめてしまう。
「じゃ、ちょっと待ってて。すぐ準備するから!」
時計の針を見ると、まだ花火の打ち上げまで少しの猶予がある。一番最初の打ち上げには間に合わないかもしれないが、望は一旦着替えるために自分の部屋に戻ろうとした。
「待って」
「うぐっ!」
思い切り進行方向とは逆に腕を引っ張られて、望はつい変な声を上げる。
「な゛んですか」
「……………………今から行くのじゃ時間がかかっちゃう、から」
「から?」
「ここで、見たい」
「え?」
3
「じゃ、どうぞ…………」
「…………………お邪魔します」
二人ともぎこちない感じで家の中に入る。
理津の家に望が来ることは割とあることなのだが、望の家に理津が来ることはあまりない。
アポなしの突撃はこれが初めてだったりする。
「じゃあ、そこ座って。今準備するから」
理津をリビングのソファーに座らせると、望はそそくさと階段を上がっていく。
(急げえええええ!!!!!僕ううううううう!!!!!!)
望は己を鼓舞すると自分の部屋を猛スピードで片付けていく。
元々散らかっているわけではないが、家に女子を招いた経験なんてものは皆無に等しいので、度合いがわからない。
望が一階に降りたのは五分であった。
「どうぞ。はあ、はあ、はあ…………」
「……………………?」
「あ゛まり、気にしないで」
息を切らして、肩を上下に動かす望に首を傾げる理津であった。
「うわっ、もう花火始まっちゃったか」
二人が望の部屋に上がると、ちょうど窓からは花火の閃光が部屋の中に入ってきている。
「……………………綺麗」
「だな」
ベランダに上がり、空を見上げる。
天空には連続して花火が打ち上がり、その美しさに思わず声が漏れた。
小さい頃はただ単純にこの花火を見るためだけに祭りに訪れていた気がする。
妹と一緒に、たまに家族全員で行ったりして。
「出店には行けなかったけどさ。たまにはこういうのもいいね」
「……………………ん」
いつしか祭りに行く機会は少なくなって、何が楽しいのかも、何のために行くのかも忘れていた。
けれど、理由なんてものはこじつけであって、後付けであって、本心じゃない。
「あっ……………………」
ただ単に、僕は花火を見上げる彼女の横顔が見たかっただけなのかもしれない。
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