第27話 本番③
1
「こんにちわ」
私が声をかけると彼女は顔を上げて、こちらに視線をくれる。
「……………………沙也加?」
「誰かと思った?望?」
「……………………声が違う」
私が意地悪でそう言うと、理津は顔を逸らしてグラウンドの方を見る。
グラウンドでは丁度、男子が騎馬戦をしている最中だった。
「沙也加は行かなくていいの?」
「私のはもう終わったから大丈夫。あとは学年対抗リレーくらい」
「……………………そう」
理津は短く返事をする。
いつも通りだけれど、彼女らしくないと思った。
「何があったかは知らないけどさ。望と喧嘩でもしたの?」
私は少し考えてけれど、考えてもよくわからなくて、そのまま口に出す。
悪い癖だ。いつもこうして周りから嫌われる。
でも。
「……………………」
「理津が望と別れたら、私がもらっちゃおうかなー?」
「……………………(ぶんぶん)!」
理津は一瞬にして取り乱して私の方を見る。
さっきまで行儀よく座っていたのに。両手をしきりに動かしている。かわいい。
「ふふ、冗談だよ。でも、理津が何もしないとそうなるかも」
「……………………」
私の言葉に彼女はもう一度黙り込んでしまう。
「…………私がいることで望の枷になるのが嫌」
枷になる?どういう意味だろう。
「望はそんなこと思わないと思うけどね」
「……………………ん。そう思う」
私が皮肉交じりにそう言うと、理津は思い出したように微笑む。
本当に可愛らしい笑顔。
「望の負担になりたくない」
彼女が顔を俯かせて言う。
「伝えなきゃわからないんじゃない?そういうのは」
言葉にしなければ、伝わらないことだってある。
二人は当たり前のように意思疎通しているように見えて、その実以心伝心はしていない風に沙也加には見えた。
わかっているようで、わかっていない。
理解しあっているようで、理解しあってはいない。
「でも、伝え方がわからない」
「うーん…………じゃあ、いつもの色仕掛けでさ」
「……………………無理。恥ずかしい」
「え……………」
沙也加、今年一番の驚き。
「理津、恥ずかしいと思ってたの!?」
「……………………ん」
沙也加は驚きのあまり今までの雰囲気もぶち壊して理津を真横から直視する。
理津の耳は真っ赤に染まっていた。
「あっ…………そういう」
その顔は、沙也加が初めて見る友達の顔だった。
元々、理津が積極的だったわけではない。
もう彼は、覚えてないのかもしれないけれど。
『ああ、また望が荒井と一緒にいるぞー!カップルだ!カップルカップル!』
小学校の頃、思春期の男子から二人の仲を冷やかされることも少なかった。
そんな時、
『望は荒井のことが好きなのかー?』
普段ならそんな言葉にも動じない望が、この時は違くて。
『別にこんなやつ好きじゃねえし!』
『……………………(がーん)』
「何それ。そのために理津の方が積極的になったってこと?」
沙也加は驚きを超えて、もはや呆れていた。
なんだそれ。そんなの、好き以外の何でもない。
「……………………(むう)」
「わかってるよ。それが理津の精一杯のアピールだったんでしょ?」
沙也加が言うと、彼女はまたそっぽを向いてしまった。嫌われただろうか。
「でもそれだけ好きな彼と、なんで喧嘩みたいなこの状況になるの。それが望の負担になりたくないってこと?」
「……………………ん。だから少し距離をとって」
だからか、と沙也加は思った。
理津は理津なりに望のことを想っていて、それが却って普段から話さずにコミュニケーションをしている二人にとって、障害となっている。
「でも、無理」
「え?」
「距離なんて、とれない」
(私があの日、あの時、望にしたことはどう考えてもずる賢くて、卑怯だ)
でも、と彼女は思う。
「……………………望ともっと一緒にいたい」
2
「残す種目もあと二つ!まずは二年生学年対抗リレーだあああああ!!!!」
放送の馴乃宮さんが叫ぶ。
観客のボルテージも最高潮に達して、いよいよ体育祭も終わりが近づいてきたことを誰しもが感じる。
「二年生は全部で8クラス。全三百人近くが走ることになります。男女が交互にバトンを繋ぎ、ラストのアンカーはグラウンドを一周、二百メートルを走ります。ゴールテープを破るのは誰なのかっ!」
「望、いよいよだな」
「…………そうだな」
「うん。その顔なら大丈夫だろ。ちゃんと楽しんでるっぽい」
「なんだよ、それ」
辰海が背中をぽんと叩き、別の列に並んでいく。アンカーと最後から二番目に走る辰海はそれぞれの列の最後尾になる。
「さあ、各係の合図が出次第、スタートになります――――――今スタートしました!先行するのは四組、七組!」
次々とランナーが交代していき、どのクラスも順位の変動もなく進んでいく。
学年対抗リレーでは人数の多さもあってか、長い距離を走るランナーがほとんどいない。そのため前の人がバトンパスをミスさえしなければ順位はそのままだ。
『いけー!がんばれー!』『がんばってー!』『おい、そこちゃんと走れよ!』『いけー!』
二年生の送る声援も次第に大きくなっていく。
「…………………すごいな」
望は素直にそう思った。
速さの問題ではない。けれどみんながみんな一つの勝利を目指して上辺だけであっても協力しているのはすごい。
「楽しんでるのかもな、僕」
その迫力が、熱量が、望の何かに訴えかけてくる。
ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリ
「……………………あれ」
蝉の音がうるさい。
何時までも耳の奥にまとわりついて離れない。
「…………なにか忘れているような」
その時、誰かに腕を引っ張られた気がした。
『……………………りつ?』
僕の手を掴んだのは、あの時の僕だった。
「うわあああああ!!!!!」
僕は叫んだ。
なんでかはわからないけれど、叫んでしまった。
その瞬間、今までの記憶が走馬灯のように流れてくる。
『なんで部活やめちゃうんだよ!いきなりすぎるだろ!』
『理由くらい教えてくれたっていいじゃん!何がいけなかったの!?』
『お前が部活を引っ張っていくんじゃないのかよ!ふざけんなよ!』
『自分が速いからってさ。バカにしてたのかよ、内心俺たちのこと鼻で笑ってたのかよ!』
「あ、あれ…………」
足に力が入らない。
僕は、独り、グラウンドに跪いた。
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