第26話 本番②

 

 体育祭午前の部が終わり、各々は昼休憩に入る。

 友達と一緒に弁当を食べる者もいれば、観客としてきた家族と食べる者もいる。

 

 「え、来たの」

 

 「来るわよそりゃあ。息子の体育祭ですもの」

 

 望が観客席を見ると、自分の母が楽しそうに体育祭を満喫しているのが見えた。

 その手には缶ビールが握られている。

 

 昼間から飲酒すんなよ…………。

 

 「お兄ちゃん」

 

 「か、楓!?学校は?」

 

 「今日は小学校の創立記念日だから休み」


 母の後ろから顔をだす楓。 藤巻家が全員集合している。


 「頑張ってね。お兄ちゃん」

 

 「まあ、ほどほどにな」

 

 「なに、それ」

 

 くすくすと笑う妹の頭を一撫でして、望は陣地に戻ろうとした。

 

 「あ」

 

 「お兄ちゃんしてるなぁ、副部長は」

 

 一番見つかりたくない人に見つかった。

 

 「…………いつからそこに」

 

 「『まあ、ほどほどにな』ってところは、ばっちりと」

 

 「うぐっ!」

 

 想像以上のダメージが望を襲う。

 部長は新しい玩具を見つけたみたいに喜んでる。

 

 「というかこっち白組の観客席ですよ。なんで紅組の部長がいるんですか」

 

 「まあまあ細かいことは気にするなよ」

 

 部長はにこにこしながら望の頭の上に手を置こうとする。

 

 「ちょ、やめてくださいよ」

 

 「ええー、私も姉っぽいことしたいのにー」

 

 「僕に姉はいません。先輩だって上に兄妹いないでしょ」

 

 確か妹と弟が一人ずつだった気がする。

 

 「お兄ちゃん…………この人は?」


 会話に入れずにいた妹の楓が望の裾を引っ張ってる。

 

 「紹介が遅れたね。私は文芸部部長の「変人さんだ」―――ちょっと副部長!?」

 

 「…………変人さんなんだ」

 

 楓は部長の顔を見上げて怯えたように覗き込む。

 

 「変な知識吹きこまないでくれる!?話す前から嫌われちゃうよ!」

 

 その後も部長は楓となんとかコミュニケーションを取ろうとするも一度植え付けられた変人というレッテルは中々払しょくできなかったらしい。

 

 まあ事実だしな。

 

 「やはりここにいたか。真夜、お前は係があるんだからあまり出歩くな」

 

 「琴音ちゃーん。遅いよ」

 

 「お前がうろうろしすぎなんだ」

 

 相川先輩が部長を探しに来たようだ。

 三年生にとっては最後の体育祭。色々としたいことやしなければならないことがるのだろう。

 

 「相川先輩も紅組なんですね」

 

 「ん、ああ、そうだな。君は白組か。お互い頑張ろう」

 

 相川先輩は体育会系の血が騒いでいるのかいつもより熱い。

 熱血クールとか矛盾してんなぁ。

 

 「副部長も頑張ってなー。応援しているぞ」

 

 そう言って、部長と相川先輩は自分たちの陣地へ帰っていった。

 そろそろ昼休憩も短くなってきた。望も戻らないと。

 

 

 「さあ、お弁当を食べて元気満タン!午後の部もしっかりと実況させてもらいます!」

 

 放送部のアナウンスとともに午後の部最初の競技の招集が始まった。

 午後に行われるのはどれも目玉種目ばかり。

 

 「……………………」

 

 望は今、自陣の席に座って校庭を眺めていた。

 既に望が出場する種目は大かた片付いてしまった。残すところは男子全員の騎馬戦と学年対抗リレー程度のものだ。

 

 「楽しんでるかー?」

 

 「……………………」

 

 「おーい…………?」 

 

 「あ、ごめん。どうかした?」


 はっとなって、振り返ると辰海が寂しそうに手を振っていた。

 もう片方の手にはペットボトルが二本見える。

  

 「別に用事があるわけではないけどさ。楽しんでるかなーって」

 

 「あ、うん」

 

 辰海が差し出したペットボトルを受け取る。

 炭酸のジュースだった。辰海は隣の席に座るとペットボトルの蓋を開けて飲む。


 「なに、望は楽しくないのか?体育祭」

 

 「いや、そういうわけじゃないんだけど。ちょっとね」

 

 「ふーん」

 

 辰海は隣の席に誰もいないことを良いことに足を広げて、横になる。

 

 「荒井と喧嘩しているからか?」

 

 「え、あっ」


 「なんだよ。忘れてたのかよ」

 

 「あ、いや…………そうかも」

 

 辰海は上半身だけ上げて、望の方を見る。

 四六時中理津の事ばかり考えている望(あくまで辰海のイメージだが)にはありえない行動のように辰海には思えた。


 「それで、お前らなんで喧嘩してんだよ」


 「別に、喧嘩はしてない」

 

 「そういうならいいけどさ。少しでもなんかあるなら解消したほうがいいぞ」

 

 「わかってるよ。…………ありがとう」


 「おうっ」


 辰海は気さくに返事して、残っていたペットボトルの中身を飲み干した。


 「よしっ。俺らもそろそろ騎馬戦だぞ。行くぞ」

 

 先に歩き出す辰海の後ろを望は付いていった。


















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