第24話 さける


 「やっぱ、早いな望は」


 クラスの背面黒板に貼られた学年対抗リレーの走順表を見て、辰海が言う。

 先日委員長が言っていた走順が発表されたのであった。

 アンカーの欄には「藤巻望」と書いてある。


 「中学の頃陸上部だったんだろ?なんで高校もやらなかったんだ?」


 自分の友人が誇らしいのか辰海は嬉しそうに言う。

 けれど、当の本人の顔は芳しくなかった。 


 「…………いや、別にちゃんとしていたわけでもないし」


 一瞬の間の後、望は少しぶっきらぼうに答えた。

 見る人が見れば不機嫌そうに見えたかもしれない。 


 「ふーん」

 

 辰海は一度、興味なさげに呟いた後、

 

 「まあ、そういうことにしてやる」

 

 と言った。

 それが何を意味しているのか望にはわからなかった。

 

 「――――でも、僕にアンカーは荷が重いよ。他の誰かにしてもらう」 


 「えー、望には俺が渡したかったぜ」


 アンカーの前の走者は辰海だ。

 サッカー部の中でもかなり速い方らしい。

 

 「クラスの目立ちたいやつとかいるだろ。頼んでみるよ」

 

 「……………………だめ」

 

 「え?」

 

 望は突然のだめ発言に振り返った。

 すると、先ほどまではいなかった理津が、同じく貼りだされた走順票を見て言う。


 「り、理津?なにが?」

 

 「だめ。アンカーは望」

 

 望が不思議そうに見つめるも彼女はただ意見を述べるだけで顔色は変わらない。

 ただ少し、不機嫌そうに見えた。辰海にも。 


 「あ、いや、でも」

 

 そのまま返事もろくに返せないまま理津は踵をかえして戻ってしまう。

 

 「お前ら何かあったのか?」


 望の横から立ち去る理津を辰海が見る。 


 「いや、ない…………」

 

 即答したその言葉には確かなものがあったはずなのに、次第に色を失っていって、望の前でぐらぐらと揺らぎ始めていた。


 「…………と思う」

 


 「……………………遅いなぁ」

 

 望がしぶしぶスマホで時間を確認すると、すでにかなりの時間が経っていた。

 おかしい。

 

 「行ってみるか」

 

 何時まで経っても理津が部活から帰ってくる気配がないのだ。 

 文芸部はとっくに終わっており、昇降口には次々と帰路に着く他の生徒の姿が見えている。

 

 「え?理津ちゃんならもう帰っちゃったよ」

 

 「本当ですか?」

 

 女子茶道部の部室に行き(仮入部期間のこともあったので入りずらかったが)尋ねると、残っていたらしい部活の先輩が答えてくれた。

 

 「部活はもう終わってるし、いつも通り彼氏君と帰るのかと思ってたんだけど。違った?」

 

 「いや、ちょっと、わからないですね…………」

 

 先輩にお礼を言って部室を出る。

 靴を履いて外に出ると、もうすっかり日は落ち込んでいた。

  

 『なんで先帰っちゃったの?言ってくれればよかったのに』

 LINEでそう打ち込むか悩んで、結局望は何もしなかった。


 夏の夕方は少し寒かった。

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