第23話 体育祭が来た。
何か焼けた匂いがする。
耳鳴りのように響く音が悲鳴だと気づいたのは、霞んでいた視界が戻って、それと同時に世界が傾いた時だった。
やがて、サイレンが聞こえてきて、野次馬に囲まれる。
上半身を揺らし、角度を変えて、我先に見ようと互いを押しのけ合う。
『………………………………あれ』
ふいに思い出したかのように体中をまさぐる。
全身から汗が噴き出していて、けれど驚くほど体温は低かった。
『りつ………………………………?』
「―――――――うわああああああああああっ!!!!!」
勢いよく起き上がる。
はあはあ、と息を荒げて
ジリジリジリジリジリジリ!!!!
視線を下げると、既にケータイのアラームは大きな音を立てて、僕を起こそうとしている。
「お兄ちゃん!いつまで寝て―――――あれ、起きてる」
普段の時間に起きてこない僕を叩き起こしに来た楓と目が合う。
「もう、朝ごはんできてるよ。早く来てね」
一言残すと、楓はすぐさまにドアを閉める。
「あと、顔洗ってきた方がいいよ。酷い顔してる」
「……………………うん」
まだ朝だというのに重たくなった体を起こして、まずは着替えようとしたところで、手に垂れた冷たい感触に気づいた。
「なんで、泣いてるんだろう」
右目から流れる冷たい涙に僕はあの頃を思い出す。
1
「おはよう、理津」
「……………………ん」
久しぶりの学校に、まだ夏休みで痛いという気持ちはあれど、時間は待ってはくれない。
「今日から授業なんて、億劫になるよ」
「……………………?」
「え、理津はいやじゃないの、授業」
そう?と、首を傾ける彼女に僕は問いかける。
辰海なら首を縦に振って、同意しそうなのだが。
「……………………(ふるふる)」
「そっか。勉強ができると考えも変わるのかなぁ。たくましいなぁ」
「……………………(じい)」
「いや、別に理津が肉体的にたくましいって言ったわけじゃないからね?」
そんなやり取りを繰り返して、僕と理津は学校に向かった。
2
「それでは体育祭の各々の出場種目を決めていきたいと思います」
教卓に立ったクラス委員長がてきぱきと話をまとめていく。
その後ろでは書記が指示に従って黒板に書き写している。
「今日も張り切ってるなぁ。うちのクラスの委員長は」
前の席に座る辰海が後ろを向きながらそう呟く。
「あれだけ頑張ってると応援はしたくなるよな」
二年二組のクラス委員長。
名前は周防由香里(すおうゆかり)。いたって真面目な模範的な生徒で先生からの信頼も厚い。勉学においてはさらに優秀で学年でもトップの成績を残す。
その反面、かなりの堅物で少しおっちょこちょいなのが、望の抱く彼女への大まかなイメージである。
「そこ!私語はつつしむ!」
「ご、ごめん」「すまん………」
と思ったら、いきなりお叱りを受けてしまった。
「それで、二年生で担当する競技は大きく分けて三つです」
丁度書記が黒板に写し終わり、みんなの視線がそこに集中する。
「玉入れ、棒倒し、あと学校全体で行う男子の騎馬戦と女子の綱引きがあります。そして最後の学年対抗リレーです。ちょうど三年生のリレーは紅白リレーという形で行われますので、二年生はその前、プログラムで言うと最後から二番目です」
玉入れは二年の男子、棒倒しは二年の女子が担当する。
よって望がする競技は、玉入れ、台風の目、騎馬戦、学年対抗リレーの四種目だ。
部活のない帰宅部や文化部にとってこの四種目はかなり堪える。
「それで、学年対抗リレーに関してですが、この走順は一学期に行った五十メートルのタイムで選出しますので、決まり次第掲示します。何か意見があれば私か、担任の先生に。以上です」
委員長が教卓を下りる瞬間、キッ、っと彼女の目がこちらを睨み付けていた。
「うわぁ、目の敵にされてるな、望」
「お前もだろ?いつも注意されてるから」
「俺が話しかけてるからな」
「ああ、お前のせいだ」
「あなた達どっちもです!」
また委員長に叱られてしまった。
3
「――――部活でまた変なゲームが流行っててさ。なぜかみんなやってるんだよね」
部活終わりの帰り道。
いつも通り理津と並んで歩く。
「…………………望」
「ん?」
「体育祭、楽しみ?」
僕の裾を掴んで彼女は聞いてくる。
「うーん、いや?あんまりかな」
望は一度首を傾げるも答えた。
体育差にも理津は参加できない。運動のできない理津にとっては体育祭はただの鑑賞会になってしまう。
「…………………そう」
「理津?」
彼女にしては静かな返事だと思った。何か言いたいことがあるのか、理津はじっと望の方を見て、瞳をずらさない。
「望はそれで、いいの?」
「いいって、何が?」
僕にしてみればその質問を彼女にこそ投げ返したかった。
なぜ、そんなことを聞くのか、体育祭に出たいのは理津自身じゃないのか。
本当はどう思っているのか。
「…………………なんでもない」
「そか」
けれど、そんなこと聞けるわけがなくて、望は再び前を向いて歩き始めた。
聞けるわけがない。彼女をこんなにした僕自身が。
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