二学期 「体育祭編」

第22話 二学期の始まり。「開始早々」

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 二学期の始まり。

 

 多くの人にとってそれは不幸な出来事であり、宿題を清算しきれなかったものには一種のデッドラインであろう。

 

 あれだけあった夏休みがどこに…………!?と時間の流れは残酷で、人を待ってはくれないのだ。

 

 それはそうと――――――校長の話はなぜこうも長いのだろう。

 誰か教えてあげて、あなたの話誰も聞いてませんよ。


 「ふあーあ」

 

 「お、新学期早々眠たそうだな」

 

 話しかけたきたのは春畑辰海。サッカー部様様に肌の色をこんがりと焼いている。


 「別に。ただ、休み中ならこの時間ソファーでテレビ見てるなって思って」

 

 「んだとこのぉ、俺だったら今頃部活だぞ」

 

 二学期になったってことは、運動部のほとんどが三年生の引退を挟んでいるわけだ。辰海も大変だろう。

 

 「でも、今日は午前中で終わりだろ?ならまだましだろ」


 「かもな」

 


 「ということで、HRは終わりです。これから部活のある生徒は、一度顧問の先生に指示を仰いでください」

 

 担任の先生による挨拶で二学期の始まりは締めくくられた。

 今日は文芸部の部活もない。僕は自由の身だ。

 

 「……………………望」

 

 「おう、理津。帰るか?」

 

 「……………………ん」

 

 帰り支度(といっても鞄の中にはほとんど入っていない)をしていると、理津が話しかけてくる。

 

 「にしても、暑いなぁ」

 

 「……………………ん」

 

 もう九月、まだ九月。

 蝉もまだ活動期間らしく、一度外に出れば大合唱が聞こえてくる。

 

 「茶道部も今日はないんだな」

 

 「……………………ん」


 教室を出て昇降口に向かうと、部活の準備をしている生徒と掃除当番の生徒が互いに道を作りながら、各々の活動に専念している。

 

 「文化祭とか茶道部はいつも通りなの?」

 

 「……………………ん。今のところは、いつも通り」

 

 「そか」

 

 文化祭で茶道部といえば、結構な人気部活だ。

 実際に部員が着物を着て、お茶菓子と一緒に抹茶をふるまってくれる。

 

 その年によっては、他にも百人一首をしたりと映える企画をするのだが、今年も変わらずらしい。

 

 「それで三年生の先輩方は引退か、やっぱりちょっと寂しいな」

 

 「……………………うん。寂しい」

 

 「僕はあまり茶道部の先輩に会ったことはないけれど、噂には聞くよ。美人だって」

 

 「……………………(むう)」

 

 「いや、噂だからね?私の意見じゃないですよ?」

 

 「……………………(ふん)」

 

 「信用ないなぁ、僕」

 

 そっぽを向く理津に望はため息交じりに答えた。

 あはは、と笑って二人は歩く。

 

 「そういや、理津のおばあちゃん家行ったあと、恵子さんとかなんか言ってた?」


 望としてはそれは気になるところだった。

 かなり迷惑をかけたと思うので、できればもう行きたくない。  


 「……………………っ!?」

 

 「え、なんか言ってたの?」

 

 「……………………(ふーん?)」

 

 「…………びっくりした」

 

 理津の冗談は頻度が多くないので、心臓に悪い。

 

 「…………………また来いって」

 

 「ええ!?」

 

 今度は本当に言っていたらしい。まじかよ。

 

 二人はいつも通りの道をいつも通りの歩幅で歩いていく。

 阿吽の呼吸を思わせるそれは互いが互いを気遣って、いつの間にかに形成されたものだ。


 「ちょっと、飲み物買っていい?」

 

 「……………………ん」


 望は理津に一言詫びを言って、ショッピングモールの中に入っていく。

 通学路に隣接するモールはよく学生を見かける。

 

 「今日は午前中だから、水筒持ってこなかったからさ。理津もなんか飲む?」

 

 「……………………(ふるふる)」

 

 「さいですか」

 

 望は自販機と少し睨めっこしていると、やはりといった感じでボタンを押す。

 缶の蓋を開けると気持ちのいい音が鳴る。

 

 「ん、何その顔。別にいいでしょいつもと同じのでも」

 

 「……………………ない」

 

 「ええー、おいしいじゃん缶コーヒー」

 

 望が買ったのは大抵の自販機にある缶コーヒー。

 ちっちゃく「微糖」とプリントされている。

 

 「……………………かっこつけ?」

 

 「いや、別に格好つけてるわけじゃ―――ない」

 

 「……………………(じい)」

 

 「ほんとほんと!昔はそりゃちょっと我慢して飲んでたこともあったけど、今は普通に美味しくて飲んでるの!」

 

 そう。昔はそうだったかもしれない。でも今は違うのだ。

 ブラックは今でも苦手だけど。

 

 「…………………一口」

 

 理津は手をこちらに突き出して、缶を見つめる。


 「え、あげないけど」


 「…………………(むう)」

 

 「冗談だよ。ほらっ」

 

 両手で缶を持つと、理津はゆっくりと口を付ける。

 一瞬だけ苦みに顔をしかめると、口を離した。

 

 「………………………おいしくない」

 

 「理津は苦いの無理だもんなあ」

 

 望は笑いながら元の進路に戻って、また歩き出す。

 

 「でも、今日飲んでるやつはちょっと甘いかなぁ」

 

 一口飲んだ望は不思議そうに呟いた。

 

 「…………………(ふふん)」

 

 「え、なに。何でかわかるの?」

 

 「…………………教えない」

 

 「ええー、教えてくれたっていいじゃん」

 

 二学期が始まる。

 

 間接キスはちょっと甘い。

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 

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