第19話 帰省②。
3
「どうしてそんなことになったのかしらぁ」
車の中では会話もできないということで、一度家の中に上がらせてもらった。
居間は広く古民家を想起させるそれは、木の匂いが漂いリラックスのできる空間であった。
「まあ、私も口を挟みたいってわけじゃないのだけれどぉ。事情くらいは聴いておきたいかなぁって」
テーブルを囲んで、僕と理津、恵子さんと敬三さん、そしておばあさんが座っている。
「おばあさんは――――」
「儂をおばあさんと呼ぶな、吉奈おばあちゃんとお呼び」
「じゃあ、吉奈さんで…………」
彼女の祖母をおばあちゃんと呼ぶのは些か恥ずかしい。
「吉奈さんはいつからおじいさんと別居されているんですか?」
「昨日からじゃ」
「昨日!?」
予想以上に最近の出来事だった。
「じゃが、それ以上は言わん。わざわざ来てくれた家族に妙な迷惑かけられるか」
「で、でもねぇ」
恵子さんは困ったように言う。
吉奈さんの気持ちもわかるが、せめて力にはなりたい、そんなところだろうか。
「……………………荷物」
「ん?」
「……………………まだ、片付けてない」
理津がぼそっと呟く。
「確かにねぇ。一度それぞれの荷物を片付けちゃいましょうか」
「……………………」
恵子さんの提案で、とりあえず僕たちは今日泊まる部屋へ案内してもらうことになった。
「部屋は空いておる、好きなところを選べばいい」
長い廊下を歩きながら迷いなく進んでいく吉奈さん。
随分と広い家だが、普段はここを二人で使っていると思うと掃除が大変だと思う。
「……………………ここ」
「ここにするかえ?」
理津が吉奈さんを呼び止めると、襖を明けて中を見せる。
畳十五畳ほどの部屋で、内装はすっきりとしていた。
理津は中にするすると入っていくと、かけていたバッグを降ろす。
「じゃあ、僕は―――――」
「……………………望はあっち」
理津が部屋を選んだので望も自分の部屋を決めねばならないと思ったところを理津が呼び止める。
「え?」
彼女が指さしたのは、反対側の部屋。
よく見れば理津のいる部屋と彼女が指した部屋は襖で仕切られており、対となっているようだ。
「じゃあ、それで決まりじゃの」
一部始終を見ていた吉奈さんは一人で頷くとすすす、と奥に引っ込んでいってしまった。
「え!?いや、ちょっと、吉奈さん!?」
「……………………(くいくい)」
望がよそ見をしている間に理津が裾を引っ張って、あれよあれよと部屋の中へと連れて行かれる。
(どこが、隣の部屋だ。これじゃあ、ほとんど同じ部屋に泊まるようなもんじゃないか)
望が改めて部屋を見渡すと、襖さえ開いて入ればそこはただの一室。
男子高校生の望にとって襖ほど安全性に乏しいものはない。
「……………………(くいくい)」
理津がこちらへ手招きしてくる。
「ん?」
「望もこっちの部屋を使う」
「理津さん!?ダメですよ、ちゃんと部屋はわけなきゃ」
この孫、ごりごりおばあちゃんのこと騙そうとしてますやん。
「……………………(つーん)」
「その顔やってもダメだからね!?」
反対された理津はへのへのもへじみたいな顔をして、そっぽを向く。
そして―――――
「……………………(ゴゴゴゴゴゴゴ)」
「ほんとダメだからね!?絶対この襖は開けません!」
理津は両腕を大きく広げてアリクイの威嚇みたいなポーズをとると、じりじりと近寄ってくる。
「いいぜ、僕を理津の部屋に移動させることが理津の勝ちだ。かかってこい!」
これは彼氏云々の話じゃない、男の尊厳を賭けた話だ。
「……………………っ!(ぐいぐい)」
理津は望の両腕を取ると、思い切り引っ張って望を移動させようとする。
「ふはははは、効かんな!」
理津の華奢な体では望の体を動かすことはできない。
せいぜい服が引っ張られる程度のものだ。
――――――うん?服が引っ張られる?
「ちょ、ちょ、ちょ、理津さん!?ストップ、ストップ!?」
「……………………(ぐいぐい!)」
「そんないけいけドンドンじゃないから!服ぬげちゃう!」
理津が望の裾を引っ張ると、段々と上半身に着ていた服がずれてくる。
「……………………(ふふん)」
理津は僕から剥ぎ取ったセーターを掲げて、自慢げに見せてくる。
「……………………(すんすん)」
「ちょっと、匂い嗅がないで。恥ずかしいから」
「……………………(そうちゃく)」
「着ないで!?恥ずかしいから!」
望のセーターを装着?した理津は再び、臨戦態勢に入る。
(どうする?このままでは僕の理性がマッハで吹っ飛ぶ)
「……………………(がちゃがちゃ)」
「理津さん?僕のズボンを下ろそうとするのと、この勝負は関係なくないですか!?」
今度は望のズボンに手をかけて、下ろそうとしてくる。
「そんなことしたら…………!」
ずる、っと。
前足を踏み出そうとした望が地面を滑り、もつれるようにして転ぶ。
「――――――ててて」
「大丈夫?理津」
咄嗟に手を伸ばして彼女を守ろうとしたのが、幸か不幸か。
理津を抱きしめる形で望は転がっていた。
「……………………ふふ(ぎゅっ)」
彼女は薄く笑みを浮かべると、そのまま望の後ろに手を回して抱きしめてくる。
なんとか部屋の間に襖を置くことは了承してもらえたが、勝負に勝った気は微塵も起こらなかった。
4
「ねえ、理津」
「……………………ん」
「吉奈さんはよくおじいさんと喧嘩するの?」
望は襖一枚隔てた向こう側から気になっていた質問を投げかける。
「……………………ん」
「そっか。しないよね、普通」
理津の回答はNOだ。普段そんなことはない。
「じゃあ、やっぱり…………」
「……………………望?」
理津が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫。ちょっと、行ってくるよ」
望はすっと、立ち上がるとひとりで部屋をでた。
「吉奈さん」
望が居間に行くと、吉奈さんがひとりテレビを見ていた。流れているのは昼ドラか?
「なんじゃい、今ちょうどラブシーンに入ったところなんじゃが」
「……………………う」
なんて間の悪さ。
「まあいい、何の用じゃ」
吉奈さんは一度テレビを止めると、望の方に向き直る。
「結局なんだったんですか、別居の理由というのは」
「それは、あれじゃ。痴情のもつれというやつじゃ」
「もつれるほどないでしょ」
「口の減らないやつじゃの」
「……………………」
望は吉奈さんのことをじっと見つめる。
「僕のせいですか?」
「……………………」
「僕のせいですね…………」
望が顔を俯かせながら、申し訳なさそうに言う。
何故それが自分のせいなのか、望にはわかっていた。
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