第18話 帰省①。
1
「ということで、あなたは明日から理津ちゃんの実家の方に帰省してもらいます」
「は」
突然告げられた言葉に内容が頭に入ってこなかった。
夏休みも折り返し地点。
そろそろお盆の時期に入ってくるのだが、それでも理解できん。
なんだって?
僕が理津の実家に?バカ言うんじゃないよ。
「第一、理津の家は了承しないだろ。家族の大事な時間に男子高校生が入ったら台無しだ」
家族のみというリラックスタイムにぬけゆけと入るほど望は考え無しではない。
「それなら問題なし。荒井さん家からもOKもらってるしぃ、なんならお願いされたくらい」
なんでだよ。そこはお断りしてくれよ。
「じゃあ、楓は」
「楓ちゃんは今日から修学旅行。さっき出かけたばっか」
退路が完全に断たれている。
気づけば妹の楓もいないし、完全に仕組まれている。
「母さんたちはどうするんだよ。二人で旅行でもするってのか」
「あら、よくわかったわね「え」今から私たちは新婚旅行に行ってくるから」
「言葉の意味はよーく考えてから言ってくれよ母さん。新婚旅行は1年単位で更新するものじゃない」
望の両親は変わっている。
イチャイチャが過ぎるのだ。夫婦仲が冷めきっているよりかはマシだと思うのだが、こうも見せつけられると、勘弁してくれと思う。
「もう、夫婦水入らずの機会に口を挟まないの。じゃあ、行ってくるから後よろしくー、二三日は帰らないからねー」
「あ、ちょっと!!」
望の制止も聞かず母は颯爽と去っていく。
家のリビングには望一人取り残された。
もう嫌いだこんな家族。こっちからやめてやる。
「あ、もしよかったら帰省だけじゃなくて、既成じじ――――」
「言わせえよ!」
2
そんなこんなで、当日。
僕は理津の家族と一緒に母方の実家に行くことになった。
「…………………」
「…………………ん」
「ああ、ありがとう。いただくよ。(ぱく)」
藤巻望、十七歳。
現在理津の家の車に揺られて一時間が経過しました。
車の運転席には理津の父(荒井敬三)、その隣の助手席に母が乗る形で、後部座席には僕と理津が座っている。
理津の父親は先ほどから全くと言っていいほど口を開かずに運転に集中している。
元々寡黙な性格の人なので、あまり望まで委縮することなく同乗していられるのだが。
逆に理津の方がいつもよりテンションが高くて僕の口にお菓子を運んできては、あーんで食べさせてくるのだ。
怖い。
何が怖いって、ミラー越しに理津の父親と目が合った時が怖い。
理津の母(荒井恵)はニコニコとした笑顔を保ったまま何も言わない。
これはこれで怖い。
「理津は食べなくてもいいのか?」
三十分以上お菓子を食べ続けているせいで僕はもうお腹いっぱいだ。
「…………(こくこく)」
「そっか。でも、僕なんかが付いて行ってホントに良かったの?あまり家族の邪魔はしたくないんだけど…………」
「…………大丈夫。行ってもあんまり喋らない」
理津はふるふると首を横に振る。
それはそれで、すごく悲しい気がするのだが。
「だから、付いてきてくれて嬉しい」
「そっか」
理津は僕の手を取って、少し顔を緩ませる。
変化ないように見えるが、ちゃんと笑っている。
「本当に仲が良くて羨ましいわねぇ」
「す、すみません。こんな不躾についてきてしまって」
助手席のミラー越しに理津の母が話しかけてくる。
何の気ない言葉にも望はつい姿勢を正してしまう。
「いいのよぉ。理津も喜んでいるし、おばあちゃんだって嫌だと思ってないわよぉ」
理津の母―――恵さんとは小さい頃から何度か話す機会があったので、人となりを知っている分話しやすい。
おっとりとした性格だけれど真面目でしっかりとしている。その点うちの母親も見習ってほしい。
「ご実家の方へ帰られるのは久しぶりなんですか?」
「そうねぇ。距離的には近いから毎年帰ろうと思えば帰られるのだけれど、却って機会がなくて、去年は帰ってないわねぇ」
今向かっている理津の母方の実家は、隣県に位置しており車で二時間とかからない距離だ。
「少し田舎の方だし従妹がいるわけでもないから、理津にはどうしても退屈だろうし。…………だから、望君が理津と遊んであげてね?」
「それは、もちろん。理津が僕なんかで満足してくれるかはわかりませんが」
「あらあら、うふふ」
僕の言葉に恵さんは笑みを零す。
県境をまたいですぐ、窓から見える景色は都市のそれとは色を変えて、緑がかっていく。
木々の色と青空が広がる世界は僕たちの生活からは遠く、非日常を感じさせる。
「……………………(くい、くい)」
「ん?」
理津が僕の裾を引っ張る。
「……………………もうそろそろ」
理津がそう言ったとたん、目の前に見えた一軒の建物。
和風な趣のある日本家屋は立派で、その隣には蔵のようなものも見える。
「……………………あれ」
「へえ、立派な建物だね」
望がそう言った瞬間、車は中へと進んでいき、家の前で止まる。
先に恵さんと敬三さんが出ていき、家に入っていく。
田舎の家が鍵かかってないって本当なんだ、とか思いながら大人しくしていると、
「おかあさーん、帰りましたよー」
玄関の戸をガラガラと開け、恵さんが声をかける。
しかしいつまで経っても人影が見える気配はない。
「あらあらー?どこに行ったのかしら?」
恵子さんは家の辺りを探しているみたいだが見つからないようだ。
「いつもこんな感じなの?」
望が理律の方を向いて話すと、
「そうじゃなぁ、あまり人と話すのは苦手での」
知らない人がいた。
「うわぁあああああ!!!!」
「いきなり人に話しかけるなり大声出しおって。戦時中か」
「あなたに話しかけたわけじゃないんですけどね!?あと、その冗談は笑って良いやつなんですか?」
隣に座る人に慌てる望。
そりゃそうでしょ、気がついたら彼女がめっちゃ年老いてたら。
「…………望」
と思えば、車のドアがガチャりと開き、理律が顔を覗く。
「………ここにいた、おばあちゃん」
「おばあちゃん?ええ!?」
「なんじゃ、知らんでこの老いぼれと話しておったのか、変わった小僧じゃのう」
「ものすごく口が悪い!」
理律のおばあちゃんは、顔色ひとつ言わずにこちらを見て、
「しかし、気に入った。理律の目は良いと見える」
「…………自慢の彼氏」
ふふん、と鼻を鳴らす理律は誇らしげだ。
「あ、あ母さん。いつの間にいたんですか?」
車内の声を聞きつけて恵子さんが声をかける。
「あら、お父さんはどこにいるの?」
「くそじじいのことなぞ知らん。別居じゃ別居」
「―――――――――え」
別居という単語をリアルで初めて聞いたのが、まさか彼女の祖母からとは思わなかった。
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