第16話 プール日和①。
1
夏休み半ば。
八月に入ってからは梅雨も無事に明けたおかげか見事に晴天が続いている。
「無事晴れてよかったね」
「…………………(こくこく)」
望と理津は今、駅のホームで電車が来るのを待っていた。
沙也加と辰海とは現地での合流になっている。
「そういえばさこの間、部活のみんなで肝試しをしたんだけど、一番早くにゴールした人に景品があるってことで、商品券をもらったんだ。今度どっかに食べに行こうよ」
「……………………ん」
文芸部のイメージといえばインドアなのだが、うちの部活はそうでもない。
夏休みには企画がてんこ盛りだし、みんな趣向を凝らしてくる。(この話はまた今度)
「理津はこの夏、何か良いことあった?」
「……………………(考え中)」
理津はおもむろに腕を組んで、記憶を探る。
「……………………っ!(ひらめき)」
「お、なになに」
「……………………猫耳」
「猫耳?猫カフェでも行ったの?」
猫カフェに行くほど動物が好きなイメージはないけど。
最近はそういうのが流行っているのか?
「……………………(ぶんぶん)」
けれど、理津は首を横に振る。
「……………………買った」
猫耳、猫耳、猫耳……………………買う?
「ふーん……………………ん!?」
ガタンゴトンガタンゴトン
その瞬間、電車がホームに入ってきた。
「ちょ、理津!それ何に使うの!?」
「……………………遅れる」
「それは、そうだけどっ」
2
「おっ、来たな」
「遅い!何してたの?」
電車からさらにバスに乗り換えて数十分。
目的地に到着すると、待ちかねた二人が仁王立ちで立っていた。
「ごめんごめん、こっちも死活問題だったんだ」
「……………………(ぶんぶんぶんぶん!)」
「ほんとに何があったのよ…………」
勢いよく首を横に振って否定する理津を見て、沙也加が困惑する。
「まあ、無事集合出来たんだしいいじゃん。時間もほとんどぴったしだし」
辰海はスマホのホーム画面をちらと見ると、三人に背を向けて歩き出す。
「早く行こうぜ」
―――――***――――
女子更衣室。
皆が黙々と水着に着替え、何のプールに入ろうかと考えている中。
ただ一人、本命のプールよりもこの着替えの瞬間を楽しみにしている者がいた。
「大丈夫?ちゃんと水着着れる?無理だったら私が手伝ってもいいからね」
「……………………だいじょぶ」
(理津はどんな水着なのかしら?どきどきどきどき――――)
沙也加は先ほどから自分の着替えなど隅に置いて、全神経を理津に集中させている。
「え、」
それを見た瞬間、沙也加の思考は一瞬停止した。
けれど、彼女は何もおかしなことはない、と言わんばかりに着替え始める。
「ちょっと、待って」
「…………………?」
「なんで、スクール水着?」
理津の水着がどんなものなのか興味津々の沙也加の目に飛び込んできたのは、真っ青なスクール水着。さすがに胸元に「荒井」とは書かれてなかったが、それでもものすごい破壊力だ。
「…………………水着?」
「うん。合ってる。それが水着であることは間違いない。でもね、それを着て倫理的に許されるのは中学生までなのよ」
「…………………っ!?」
まあプールに入る機会がなければ水着を新調することもないだろう。
理津の体なら何もおかしくはない。
「私が新しい水着選んであげるから。彼氏だってスクール水着じゃがっかりしちゃうわよ」
沙也加は理津の腕をとって、一旦更衣室を出る。
今の彼女に大事な使命ができたのだ。
(スクール水着の理津なんて………なんて…………絶対に望には見せられない!)
一周回って理津のスクール水着姿を見てみたい気持ちがないわけではないが、男子の目もある。それはまた今度の機会にしようと思った。
3
「おお…………!」
おもわず望は感嘆の声を漏らす。
夏休みというだけあってか中にはかなりの人が入っており、望たちが来ている屋内プールは完全室内のプール。
その内装はかなりのもので、入り口入ってすぐには浅瀬メイン広大なプールが飛び込んでくる。
「お、結構広いな。ウォータースライダーもあるじゃん!」
望の後を追いかけて、更衣室を出てきた辰海も同じく瞳を輝かせている。
「女性陣はまだですかな。まあ、色々と時間がかかるらしいからな」
辰海は望とほぼ同じの水着で男子同士に感想もクソもないのだが、強いて言えば運動部特有の立派な腹筋が見えているところだろう。
「お、おまたせ…………」
「お、おう…………やけに疲れてるな」
女子更衣室から出てきた沙也加がなぜか大きく息を吐きながら応える。
「あれ、理津は?」
「もう少しで来ると思う。今新しい水着に着替えてるから」
「新しい水着?」
「望は気にしなくていい」
「?」
望はよくわからず首を傾げるがこの世の中には知らなくても良いことはいっぱいある。
「……………………望」
名前を呼ぶ声に望振り返る。
すると、理津がゆっくりとこちらに歩いているのが見えた。
「あれ、なんで着たままなのかしら?」
沙也加も振り返り、何かに気づいたかのように疑問を投げる。
現在理津は、上半身にタイトなパーカーを羽織っていて、どんな水着を着ているか全くわからない。
かろうじてわかるのはパーカーの裾に見え隠れする純白の生地で、白い水着を着ていることくらいなものだ。
「り、理津…………?」
望達のほうに歩いてきたかと思えば、理津は止まることなく望の目の前まで来て立ち止まる。
「…………………しゃがんで?」
「しゃがむ?これでいいの―――――むぐっ」
突然視界が真っ暗になると、顔全体が柔らかい感触に包まれる。
「ちょ、何やってんの理津!?」
沙也加の悲鳴にも似たその声を聞いて僕は初めて状況を理解した。
理津は上のパーカーを僕に被せてきたのだ。
当然パーカーのチャックは閉められたままなので、目の前にあるこの二つの巨大なマシュマロは他でもない理津の―――――
「ぷはっ、なんばしよっと!?」
なんとかパーカーの下から出て来て、息を吹き返す。
その反動で理津の着るパーカーのチャックが外れ、白い水着が見えていた。
「…………………似合ってる?」
「まっくらで、何も見えなかったよ!」
「あれあれ~?その他には何も言ってあげないのか~?」
いつものにやにや顔を見せながら、辰海が言ってくる。
「私、ここまで来るのに大変だったのになあ~」
「うぐっ」
「…………(きらきら)」
顔を上げると、理津がいつもの三倍は瞳を輝かせて、何かを訴えかけている。
望は一度、息を吐くと、
「……………………似合ってるよ」
「「何が?」」
「その顔、めちゃくちゃ腹立つ!」
こちらもいつもの三倍増しのにやにや顔。
「だから、その水着―――じゃなくて、その水着を着ている理津がすごくかわいい。似合ってる」
「「よろしい」」
「僕はその言葉の後にクリークと言いたいよ…………」
望は大きくため息を吐いた。
続く。
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