第13話 突然の訪問①
1
夏休み。
七月末にもかかわらず、窓の外ではセミが活発に鳴りだし、その短い生涯を謳歌している。
来年の今頃。僕達には夏休みというものは存在せず、受験勉強という大きな壁が迫ってきているのだろう。そう考えると高校生活最後の夏休みは大変貴重に思えてくる。
けれど、だからといって記念に何か始めてみようだとか、友達との予定を詰め込んでみようとはならない。
僕も理津も部活に所属しているのだが、週に何回もある部活でもないし、夏休みならなおのこと出席数は少ない。
大して量のない宿題にも一向に手を付ける気にはならないし、今もこうやってソファーに転がっては妹がプールに出かけるのを見送る程度しかしてない。
「…………………うーむ」
開始早々どうしたものかと頭を悩ませていると――――
ピーンポーン、とチャイムが鳴る。
「はーい」
返事だけはして、そのままくつろいでいると、
ピーンポーン。ピーンポーン。
「あれ、今日僕しか家にいないのか」
家に自分ひとりしかいないことに気づいた。
両親は共働き、妹はさっき出かけたばかり。
いつもは誰かしら家にいるので感覚がバグっていた。
ピーンポーン。ピーンポーン。
チャイムはまだ鳴り続ける
「あー、はいはい!今出ますよっと」
ガチャ。
僕が勢いよく玄関を開ける。
「グッモーニン!来ちゃった、てへっ」
バタン!
僕は勢いよくドアを閉める。
「あれ?どうして閉めてしまうのだ?あ、わかった久しぶりに会えたから恥ずかしくなっているのか、まったくしょうがないやつだな君は」
「そんなわけないでしょ!?なんで僕の家を知っているんですか部長!」
吠えた僕が見たのは、ゴリゴリ私服姿の我が文芸部部長、夜桜真夜その人であった。
白いワンピースに少し高さのあるハイヒール。
ザ・夏色コーデといった感じだが、僕が思うに、このコーデが存在するのは二次元の中だけの話で、いざ目の前で着られるといささか違和感がある。
「この家の住所については、君の親友である春畑辰海君?に聞いたら、こうちょちょいと」
「人の個人情報をポンポンと喋るなあいつ!!!!!」
あまりに横暴な情報漏洩に僕は叫ぶ。
今度、辰海に会ったらただじゃおかない。
「それで?いつまで扉を押さえているつもりかな?いい加減私も暑くなってしまった。早くクーラーのある快適な空間に入れてもらいたいんだ」
「厚かましいことこの上ないし!」
ドア越しに「ああ、暑いなぁ。日焼けしちゃうなぁ。死んじゃうなぁ」と言っている彼女は発言には触れずに僕は続ける。
「それで?何しに来たんですか?夜桜先輩」
「やけに他人行儀じゃないか藤巻副部長。いつもみたいに真夜………と呼んでくれよ」
決め台詞よろしくと彼女が意味ありげに言う。
「そんな風に言った覚えはないですよ、先輩」
「ぶー、ついには部長とも呼ばれない…………」
そんなショック受けるなら、最初から何も言うなよ。
ガチャガチャガチャ。
「…………はあ。早く質問に答えてください。夜桜部長。あと、さっきからドアノブ回さないで」
段々と面倒くさくなってきた僕はため息をつく。
それと先ほどからドアノブをがちゃがちゃと動かしているこの人は、人の家のドアだと理解しているのだろうか?
「わかった。私も鬼じゃないこうしよう。私が手を離す、そして君がゆっくりとドアを開ける。そう君の手で、だ。これならいいだろう」
「何が良いんだふざけんな!部長が踵を返して、まっすぐ自分の家に帰る。それでいいでしょう。ステップは二段階もいらない!」
またしても臨戦態勢に入った二人は一枚のドアを隔てて睨みあう。
無論本気の戦いではないのだが、部活中も度々こういった衝突があった。
なので大抵この場合に僕が取る方法はわかっている。
「…………わかりましたよ。話だけでも聞きましょう。さあドアノブから手を離してください」
諦めたように僕は頷く。こういう時の部長はドがつくほど面倒くさいし頑固だ。
ついに僕は深呼吸をして扉を開けた。
のだが――――――
ガシッ!!!!
「どうしたんですか部長…………いきなり扉を掴んだりして」
「なあに、ちょっと手が滑ってしまってね!」
大の高校生が玄関の扉を掴みあっている。
この画は傍から見るとかなりひどい。
ワンピース姿の女子は清廉さを想起させる面立ちにも関わらず必死になって、ドアをこじ開けようとし、内側にいる男子は予想以上に強い部長の力に全力で対抗している。
しかし、この二人の激しい泥仕合は意外な形で終止符が打たれることになる。
「…………………いい加減に、しろ!」
「うじゃべら!!!」
振り下ろされたチョップが部長の脳天に直撃する。
その威力は相当なもので、掴んでいたドアを離した。
「ちょっと、いくら何でも嫁入り前の女子に痛すぎじゃないか!?」
「人の家の前で何騒いでいるの。さすがに看過できない」
そう言って、部長を見つめる彼女。
身長は部長よりも高くスラっとしている。切れ長の目はクールに見え、どことなく王子様感のある人だ。
「もう、少しくらい手加減してくれたっていいだろうに。琴音ちゃん」
「私をちゃんづけで呼ぶな馬鹿たれ。そのような愛称で呼ぶのも真夜くらいだぞ」
部長から琴音ちゃんという愛称で呼ばれる彼女の名は、相川琴音(あいかわことね)。
文芸部とバレー部の両方を掛け持ちしていることもあってか、あまり部室(といっても図書室だが)に顔を出す機会は少ない。
それでも作品の提出期限に遅れたことは一度もないし、出さなかったこともない。律儀で礼儀正しく、公平。それが望が思う彼女への印象だった。
「ったく、真夜が最初は二人きりにしてほしいと言うから傍から見守っていたのにどうしたら後輩と後輩の家のドアを争うことになるんだ」
「それ以上言ったらダメだよ琴音ちゃーん!」
二人のやり取りは僕から見ても仲良さげに見える。
かなり昔からの付き合いらしいが、最初からこうだったのだろうか。
「すまんな。副部長。こちらも用がなく押し掛けたわけではないのだ。申し訳ないが、一度上がらせてもらってもいいかな?」
「わかりました。少し散らかってはいますが、どうぞ」
彼女の申し出に僕は二つ返事オーケーした。
玄関を開けて、二人を中に入れる。
「ちょっと、副部長!?私の時とは対応が違うんだが!?」
部長の素っ頓狂な声だけが夏空に響いていた。
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