第11話 散髪式は変わらない

 1

 

 「最近、髪が伸びてきた?」

 

 「……………………(こくこく)」

 

 いつも通りの帰り道。

 突然、理津が言ってきた。

 

 「まあ、確かに伸びてきた気がするけど。理津ってショートのままが良いんだっけ?」

 

 ショートヘアーの全体的に丸みを帯びたフォルムが理津にはとても似合っていて可愛らしいのだが、髪の伸ばしたい、ということだろうか。

 

 「…………………(ぶんぶん)」

 

 「じゃあ、美容院に行く?」

 

 「…………………(ぶんぶん)」


 違うのか。

 

 「じゃあ―――――わかったよ。話をはぐらかしてるのはわかったから」

 

 「……………………じい」

 

 まっすぐこちらを見つめてくる理津の瞳には抗議の視線が宿っており、それもこれも先ほどから望が本題に入らせないようにしていたからだった。

 

 「ほんとに良いの?僕が髪を切っても」

 

 「……………………(こくこく)!」

 

 思い切り頷く理津。

  

 「でもなぁ、あんまり期待しないでよね。人の髪を切るのだって妹くらいにしかしたことないんだから」

 

 藤巻望には、小学生の妹がいる。

 今年で小学六年生になる妹の藤巻楓。

 最近思春期なのかあまり話す機会は少なくなってきたけれど、それでも髪を切るのは今でも続けている。

 

 「じゃあ、いつ切る?来週とか?」

 

 「…………………(ぶんぶん)」

  

 「え?今から?まあ、いいけど…………ちょ、引っ張んないで!」

 

 

 目の前に鏡を置いて、椅子に彼女を座らせる。

 髪が落ちてもいいように下には新聞紙をひいて、首元には柔らかめのタオルと布を巻く。

 妹に使っているケープでも良かったんだが、さすがに大きさが合わなかった。

 

 「じゃあ、切るぞ」

 

 「…………………ん」

 

 まず、コームで髪全体を梳かし、毛先を整える。

 思いっきりではなく少しずつ丁寧に。

  

 妹の長い髪と違って、理津の髪はそう長くないので最初から梳きバサミでいいだろう。左手でハサミを持つと、片方の手で後ろの髪を少し取る。

 

 チョキチョキ、ぱらぱら、チョキチョキ。


 理津のサラサラな髪の毛は触っていて気持ちいいし、何より見えるうなじにドキドキする。

 

 「ん、くすぐったくないか?」

 

 「…………………大丈夫」

 

 少し指が肌に触れてしまい、理津が体を震わせる。

 

 「そういや、昔は美容院って苦手でさ。なんだか見えない部分を触られるとくすぐったくて」

 

 「…………………ん」

 

 「だからあんまり美容院って好きじゃなかったんだよ。最近はそれも無くなってさ…………まあ、逆に行くのが面倒になってきたところはあるんだけどね」

 

 「…………………ん」

 

 「女子ってそういうの気を遣うんじゃないのか?」 

 

 「…………………?」 

 

 「そうですか。けど、髪を切るのはそろそろ荷が重くなってくるよ。僕あんまり得意じゃないし」

 

 「…………………そんなことない」

  

 「そうか?」

 

 「…………………のぞみ、てくにしゃん」

 

 「それ、絶対よそで言うなよ」

 

 そんな会話をしながらも、ある程度形になるまでは切ることができた。

 

 「理津は髪綺麗だな。うちの妹は若さでつやつやしてるって感じだけど、なんていうか丁寧な綺麗さっていうか」

 

 「…………………♪」

 

 「はいはい。そうですよ、褒めてますよ」

 

 「…………………よろしい」

 

 それにしても、女子の髪って普段触ることがないから新鮮だ。

 あまり気にしたことがないけど、髪の毛ってなんか艶めかしいよな。

 

 世の中にはそういったフェティシズムがあるらしいけど、こんな感じなのだろうか。触ってみたいだとか、匂いを嗅いでみたいとか。

 

 いやいやいや、僕は違うぞ!?

  

 「…………………?」 

 

 「い、いや、何でもな…………痛っ」

 

 「…………大丈夫?」

 

 「ごめん、ちょっと刃が当たっちゃって、消毒すれば大丈夫だよ」

 

 けれど、ハサミの威力はかなりのもので結構切ってしまったのか血が滲んで痛い。

 

 「…………………あむ」

 

 「理津!?」

 

 体を振り向けると、理津は僕の切った指を取って口にくわえてきた。

 

 「…………………らい、りょうふ?」

 

 口の中はあったかくて、柔らかい。

 傷口を舌でなぞられて少しくすぐったいけれど、段々痛みも引いてきた。

 

 「り、理津………もう大丈夫だから。ありがとう」

 

 「…………………へ、あ」

 

 理津がゆっくりと口を開けると、ふやけた僕の指が顔を出す。

 離すのを名残惜しむように、間には糸を引いて、そしてだまになって落ちた。

 

 「…………………」

 

 「うん。もう血も止まっているし、大丈夫だよ。絆創膏取ってくるから、ちょっと待ってて」

 

 そう言って、そそくさと部屋を出る望を見送ってから、理津は目の前の鏡に向き直った。

 

 「…………………ふふっ」

 

 彼女の楽し気な声が一人の部屋に響く。

 まだ、感触が残っている。

 彼の指の感触が。

 

 ごつごつしてて、自分の指とは違う。両親のものとも違う。

 唇に触れて、まだある熱を感じて。

 

 彼が褒めてくれた髪の毛をその手で触りながら。

 少しの間、彼が戻るまで、にやけた顔が鏡に映っていた。

 

 

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