第10話 あったかい素肌

1 

 

 体が重い。

 どうにも怠さが抜けなくて、心なしか頭痛と喉が痛い。

 

 「三十八度、七分…………」

 

 ピピピッ、と鳴った体温計を出してみれば案の定熱だった。

 たぶん、昨日の雨の中走って回ったのが、原因だろう。

 それも中々の高熱。道理で布団から出られないわけだ。

 

 「き、きつい…………」

 

 舐めてた。

 最後に熱を出したのは中学生のころだったので、久しぶりだし特に問題ないだろうと思っていたが、考えが甘かった。

 

 両親は早々に仕事に出かけてしまったし、小学生の妹も休日だというのに友達の家に遊びに行ってしまった。

 

 本格的に頭痛はするし、咳も出てきた。

 

 「み、水…………」

 

 頑張って体を起こしてみるけれど、うまく歩けない。

 やっとのこと自室のドアに手をかけようとした時だった。

 

 「あれ…………?」

 

 目測を誤ったのか、伸ばしたはずの手にドアノブは当たらずにそのまま僕は地面に倒れる。

 顔だけ上げてみると、何故かドアは開いていて、その隙間からこちらを誰かが見ている。

 

 「……………………大丈夫?」

 

 「う、うう…………?って、あ゛れ゛、理津?」

 

 そこで、僕の意識は一旦途切れた。

 

 

 何やらいい匂いがする。

 目が覚めた時、そう思った。

 

 「……………………ありがとう理津。わざわざ来てくれて」

 

 「……………………(こくこく)」

 

 僕がお礼を言うと、彼女はただ頷く。


 話を聞くに、母さんが気を利かせて理津に伝えておいてくれたようだった。

 いつもなら余計なことを、と悪態を吐くところなのだが今回はそうも言ってられない。ありがとう母さん!


 「水分も十分とったし、かなり楽になったよ」

 

 「……………………ん」

 

 一度は意識を失った僕だが、その後すぐに目を覚ましてスポーツドリンクを飲んだ。

 朝起きてから何も飲んでなかったこともあって、汗もかいていたのでそのせいの脱水症状だと思う。

 

 「だから今回は、何で理津がうちの家の合鍵を持っているのかは聞かないよ」

 

 「……………………(こくこく)!!!」


 さらに新事実として、母が理津に合鍵を持たせていたことがわかった。何やってんだよ母さん。 

  

 「ぐうー」

 

 体も楽になって安心したのか、望のお腹が元気よく音を立てる。

 

 「……………………待ってて」

 

 「え?」 

  

 理津が席を立って数分。

 そう言えば、何か荷物を持って来てたような気がしたので、

 

 「……………………!」

 

 理津が持ってきたの配膳に乗っていたのはお粥。

 水分の多いお米に卵と少しのネギがが混ぜられていてすごくおいしそうだ。

 

 「すごい!食べていい?」

 

 「……………………だめ」

 

 「え―――――ちょ、理津!?」


  右手にお茶碗、左手にスプーンを持った理津が布団に上がってくる。

 

 「……………………はい、あーん」

 

 「……………………ぱく」

 

 半ば馬乗りになった状態で差し出さるお粥を僕は食べた。

 味はすごいおいしい。

 

 「……………………あーん」

 

 「……………………ぱく」

 

 おいしいのだが、その、体勢がまずい。

 理津がちょうど、僕の下腹部辺りに腰を置いて太ももで挟んでくるものだからすごくまずい。

 

 「……………………暴れない」

 

 なんとか腰の位置だけでもずらそうとしている僕を見て、理津が注意する。

 でも、布団越しとはいえさっきから妙に柔らかいし、素足がちらつくのがいちいち神経を刺激してくる。

 

 「ちょ、理津も動かないで…………!」

 

 僕が位置を変えようと動くのに対して、理津もそれを止めようと体勢を変えるので、余計に擦り合うような形になってしまう。

 

 「……………………早く、食べて」

 

 「わ、わかった。わかったから!」

 

 

 「はあ、はあ、はあ……………………」

 

 なんでだろう。

 お粥を食べただけなのにものすごく疲れた。

 

 「ありがとう。おいしかったよ」

 

 「……………………ん」

 

 理津は食器を片付けるために一度部屋をでた。

 僕はそのままベッドに座るような形から、また横になる。

 

 「……………………」

 

 本当に理津が来てくれてよかった。

 ちょっと、あぶない場面もあったけれどあのまま一人だったら、どうなっていたかわからない。


 正直、もっと迫ってきたりするのかなと内心身構えていた部分はあったけれど、そんなことなかった。

 ちょっと、残念なような、安心したような。


 段々と眠気も出てきて瞼が重たくなってきていて。

 だからだろうか、台所から戻ってきた理津に僕は気づかなかった。

 

 そのあとすぐに気が付いたのだけど、どうせならもう少し眠っていたかったこともあって、僕はそのまま黙っていた。

 

 「……………………望」

 

 「……………………」

 

 「……………………寝てる、の?」

 

 「……………………」

 

 「……………………じぃ」

 

 なんか、すごい視線を感じる。

 理津は依然、僕のベッドのそばを離れずにじっと僕の顔を見つめている。

 

 「……………………いいこ、いいこ」

 

 ゆっくりと近づいてきた理津は、上体を僕の顔に寄せて優しく頭を撫でてきた。

 当然、起きている僕としてはすごく恥ずかしい。

 そして、完全に起きるタイミングを逃した。

 

 「……………………(むくっ)」

 

 かと思えば、突然理津が起き上がり、そして――――


 ウロウロウロウロウロウロ


 急にベッドのそばをうろうろしはじめる。

 

 「…………………水分補給、食べれるなら食事、あとは」

 

 何かぶつぶつと考え込んでいるようだが、スマホで調べ物でもしているのか?

 

 「……………………病人の体は、温める」

 

 今回はその記事を参考に看病してくれたのか。

 確かに理にかなったことばかりでおかげで体は随分と楽になった理津に後でお礼を言わないとな。

 

 「温める、温める―――――――――地肌で」

 

 んんん!?

 ちょ、何言ってんの理津さん!?ってもう、衣擦れの音が!脱いでるよ、これ完全に脱いでるよ!

 

 一分もしないうちに脱衣してしまった理津はのそのそと僕の寝る布団に入ってきて、腕にしがみ付いてくる。

 

 ごそごそ。

 

 あ、暖かい。というか、熱い。

 なんかもう、マシュマロみたい柔らかい肌と女子の体温で布団の中がとんでもないことになってる。

 

 「……………………ふふ」

 

 ご機嫌そうですね。

 しきりに押し当ててくる胸の感触に耐えながら、寝たふりを決め込んでいる僕はかなりきついです。

 

 まあ、いっか。理津が幸せそうなら。

 次の日、何故か熱が下がらなかった僕は、もう一日寝込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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