第9話 過去編1
1
「おじゃましまーす!」
少年の声が元気よく木霊する。
素早く靴を脱ぎ去ると、慣れた足取りで家の奥の奥へと入っていく。
小学生の元気なんてのは底抜けで、隣に住むおばあさんには「元気だねぇ」と言われるのがしょっちゅうだった。
木造建築の理津の家は和を代表するような立派な家で、多くの部屋があって迷いやすいのだが、毎日のように通っていればさすがに覚えてしまうものだ。
「りつちゃん!遊びに来たよ!」
僕が戸を開けると、奥のちゃぶ台で一人の女の子が大人しく座っているのが見える。髪を肩より十センチほど長く伸ばした髪型で、ちょこんとした仕草は愛くるしい。
彼女は僕を一瞥すると、手でこちらを招いてくる。。
「………………今日、家に誰もいないの」
「そうなんだ!」
「………………今日、家に誰もいないの」
「?なんで二回言ったの?」
僕の疑問にはなぜか答えずにりつちゃんは迷わず僕の手を取って、座らせる。
「今日は、なにで遊ぶの?」
いつも遊びは彼女が決めることになっていた。おにごっこ、かくれんぼ、テレビゲーム、だるまさんがころんだ、オセロなどなど…………小学生の子供にしてはかなり沢山のもので遊んでいたと思う。
「……………………おままごと」
「おままごと?うん、わかった!………でも、二人しかいないよ?」
勢いで返事したものの出てきた疑問に僕は首を傾げた。
のぞみの記憶では確かおままごとには配役があって、どれも二人でやるには難しいような気がする。
「だいじょぶ、二人でもできる」
りつちゃんはそう言って、鼻でふん!と意気込む。
「…………じゃあ、犬とご主人様」
「へ?」
小学生ののぞみの口から素っ頓狂な声が出る。
けれど、りつちゃんは顔色一つ変えずに進める。
「…………どっち?おすすめはご主人様。私は犬。わんわん」
「え、えと」
どうしよう。
人はピンチの状況に至った時、とてつもなく戸惑うものらしい。
「い、いやー。せっかくだから、ちょっと別のにしようよ!」
よくわからなかったけれど、アブナイ気がしたよ。
犬はうちでは飼ってないけど、おままごとにはよく出るのかな?
「…………じゃあ、夫婦」
りつちゃんは少し不機嫌そうに別の役を提案した。
「ふうふ?ふうふってなんだろ…………でも、良いよ!」
「…………私がお嫁さんでのぞみくんがお婿さんになるの」
「ふーん、そうなんだ?」
子供の僕には少し難しい話し。でも、りつちゃんがしたいことなら特に嫌じゃない。
「…………ふふ、じゃあ二人は結婚、ね?」
りつちゃんが僕の手を取って微笑む。
このたまに見せる笑顔がとっても好き。
「うん!」
僕はふたつ返事でOKした。
「…………じゃあ、キス」
「きす?」
「……………………ん」
そのまま、りつちゃんとの距離がゼロになる。口と口が触れ合う程度の軽いキス。でもなんだか甘かった。
「…………結婚したら、きすするの?」
「うん。常識」
即答するりつちゃん。
「でも、僕のお父さんとお母さんはキスあんまりしないよ?してるところ見たらやめちゃうし」
「それは、恥ずかしい、から。キスは二人だけの時にする」
「そうなの?」
「…………………そう、なの。んっ」
迷わず唇を重ねてくる。さっきよりも少し長い時間。
離れた口から糸が伸びる。すぐにだまになって落ちた。
「じゃ、じゃあ、二人だけの秘密だね」
「…………………うん」
二人は向かい合いながら、互いの手を取って繋ぐ。
「あれ、僕のあげた髪留め」
少年がふと目をやると、少女の髪には花柄の髪留めが丁寧につけられていた。
「使ってくれてたんだ」
「…………………ん」
「うーん、でも、ちょっと微妙かも」
「…………………?」
「りつちゃんは髪短いほうがもっとかわいいよ!」
「…………………そう、思う?」
「うん!そう思う!」
「………………ん。じゃあ、短くする」
少年からの言葉を受けとった少女は嬉しそうに微笑む。
その笑顔を見て、少年もまた幸せそうに笑った。
「………………私がもっと、かわいくなったら、迎えに来てね」
「…………?うん!むかえにいくよ!ぜったい!」
僕の小さい頃の悪い癖だ。りつちゃんの頼み事なら二つ返事で頷いてしまう。
約束を守れなかったら、なんて考えてもいなかったから。
2
「理津ー、望君ー?どこにい―――――あら」
理津の母が静かに見つけたのは。
「まあまあ、仲が良いこと。遊びつかれちゃったのね」
二人仲良く隣り合わせになって寝る理津と望。
遊びに遊んで、はしゃぎにはしゃいでついには力尽きてしまった。
そんな二人の子供の姿を理津の母は幸せそうに見つめていた。
いつまでも想い続けてる少女と、誓い続けてる少年。
けれど、彼はもう覚えていない。
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