第8話 雨模様は恋模②

 

 「ごめん、遅れた」

 

 「…………………ん。大丈夫」

 

 僕が声をかけると短い髪が少し揺れ、彼女が振り返る。

 

 「はい、傘。もしかした今日、忘れた?」

 

 僕は予め持っていた傘を開く。理津は僕の肩にぴたりと付いてきて歩き出した。

 

 雨音は周りの音をなくして、二人の世界を創り出す。

 

 「今日は早かったね。いつもならもう少しかかるのに」

 

 女子茶道部は全十三名が所属しており、その内容は先生や先輩から茶道の所作を教わったり部員が持ち寄ったお菓子を食べて談笑したりする。

 

 しかし、侮るなかれ。

 古くから続く文化であるゆえにその奥は深く、その点、理津の入っている部活はそこそこ本格的だ。

 

 文化祭では実際に着物を着て、お客さんに抹茶やお菓子を提供したりする。

 

 この時期になると他校との交流があったりして、その準備で遅くまで残ったりもする。

  

 「うちはいつも通りというかなんというか、ゲームのし過ぎでテンションが高いってところはあるけど、この調子なら今月の部誌は間に合いそうかな」

 

 こちらも文化部だからといって、腑抜けているわけじゃない。最初は慣れない作品創りで大変だったが、最近は楽しくできている。

 

 「ん?どうかした」

  

 「…………………じい」

 

 理津がこちらに視線をやって、何か言いたげだ。いつもと違って二人で傘をさしているため距離が近い。

 

 「いや、何もなかったよ?みんないつも通り」


 理津は「何かあったでしょ」と目で送ってくる。

 けれど、特に思い当たることはなかった。

 

 「…………あ、でも、先輩には何か言われたなぁ」

 

 あれは、結局どういう意味だったんだろう。先輩はいつも冗談を言ったり意味のないことを平気で言ったりするから、あまり考えても無駄なのかもしれない。

 

 「うん、やっぱりいつも通りだったかな―――――いてっ!何で怒るの!」

 

 「…………………鈍すぎ、馬鹿」 

 

 いきなり叩いてくるから何かと思えば、そのまま早歩きで進んでしまう。

 傘からはみ出て濡れないように僕も急いで後を追いかけた。


 

 「じゃ、理津。またね」

 

 理津を家の前まで送って、僕は手を振る。

 玄関の戸は既に開かれていて、あとは理津がその戸を閉めるだけなのだが、

 

 「…………………」 

 

 「まだ怒っているの?」

 

 少しだけトーンを下げて聞く。

 

 「…………………怒ってない」

 

 嘘だ。怒ってないにしても明らかに不機嫌。

 

 「理津」

 

 「…………………」

 

 理津は何も言わない。

 

 「言ってもらわないと直したくても直せないからさ。教えてよ」

 

 「…………………直してもらいたいわけ、じゃない」

 

 「ん?」

 

 僕はその先が気になって、理津の元まで寄ると腰を下ろして、俯いた彼女に顔を近づけた。

 

 「…………………ちゅ」

 

 彼女は真っ赤にした顔を一度だけ見せると、勢いよく戸を閉める前にこういった。

 

「ただ、望は私のだって、こと…………!」 

 

「…………………」

 

 

 

 「ただいま」

 

 「お兄ちゃん、おかえり―――――お兄ちゃん!?どこいくの?」

 

 「ちょっと、走ってくる」

 

 「いや、どう考えても雨降って――――」

 

 妹の制止を聞かずに僕は走り出す。

 もうすっかり日は落ちて、暗闇に包まれ始めた街を駆け抜けた。

 雨がしきりに降って、体に残った熱を冷ますまで。

 

 (理津…………!)

 

 「可愛すぎるだろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

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