第7話 雨模様は恋模様①
1
大雨。
七月に入ってから一週間が経ち、段々と梅雨の季節となった。
期末テストが近づく一方で、生徒たちの心中を表すかのように空の天気もまた黒々とした分厚い雲で覆われている。
「雨はいかんよなぁ。こう、こっちのテンションも下がってくるし、何しろ登下校が憂鬱になる。傘を差すだけでも足元は濡れるし、教室も湿気でじめじめする。いかんよなぁ」
「何なんですか、その口調。いい加減止めてください」
「むぅ。これが私の素なのに。君には良心というものが欠けているのか?」
「その何とも言えない甘えた声もやめてください。一応あなたここの部長でしょう」
僕が小説に夢中になりながらも向かい側の席に座る先輩の話を適当に聞き流す。
「なんだあの二年生、部長と普通に会話してるぞ!?」「なんてあしらいかた。あれはもう極められている!」「す、すごい!あの一度話しかけられると後々面倒な部長を!」「なんかお前、馬鹿にしてね!?」
「ほらほら、部長としての本分を果たしてくださいよ。部員が待ってますよ」
二人をよそに部員達が何やらとんでもないことを言っているので、部長に指揮を執るように促す。
「仕方がない。よかろう。そろそろ揃ってきた頃合いだしな」
部長と呼ばれる女子生徒は胸につけられた三年生を示すバッチを少し整えると、席を立ってこう言った。
「よし、それでは、これより文芸部の部活動を開始する。皆、心してかかるように」
「「「「はい!!!!!!!」」」」
「……………………うちはそんな熱血な部活じゃないんですけどね」
二年生藤巻望が所属する部活動は、文芸部。
謎に癖のあるメンツが集まっているこの部活も、元はといえば部長の癖が強いのが原因だと思う。
2
文芸部。
名前だけはどの高校にもあるであろう部活動の内容は意外と知られていない。
小説を書いたり、ブックトークをしたり、文化祭には部誌を発行したりするのが主な活動内容になる―――――のだが。
「ほらっ、そこ!気を抜くな!最後までコンボを続けるのだ!」
「は、はい!」
「その宝箱はダミーだ。周りを索敵し、すぐさまに標的を排除せよ!」
「わかりました!」
「物資班、何をやってる!武器の貯蔵は十分か!」
うちの文芸部はちょっと、変わっている。
毎回のように部活動の最初はオンラインゲームで遊ぶのだ。
というのも、部誌に掲載する小説や文章は個人作業がほとんどなので、やろうとすれば一人でもできるし、スマホひとつで創れる。
つまり、無理に部員同士が顔を合わせて部室に来る必要はない、のだ。
「ってここ、部室ってよりかは図書室だし…………!」
今、文芸部の部員達が使っているのは正真正銘図書室であって、部室ではない。
活動場所自体がこの図書室であって、部室はない。
「何をさっきから、ぶつくさ言っているのだ副部長。さっさと任務に当たりたまえ」
「さっきからやりたい放題だなあんた!こんなゲーム機持ち込んで!」
僕はたまらず部長に叫ぶ。
「しー、図書室ではお静かに」
「………………………………」
ひょっこりと顔を出してまた奥に引っ込んでいったのは女性は図書室の司書さん。
文芸部の顧問も兼任してくださっている。インドア派とは思えないプロポーションから陰で男子生徒に人気がある。
「(あなたのせいで怒られてしまったんですが!?)」
「(あれは自業自得というやつだよ、ワトソンくん?)」
「(あんたがホームズなら事件を解決してくださいよ!推理小説書けないくせに!)」
この部長とわいわい言い合うのもすっかり慣れてしまった。
文芸部部長。三年生夜桜真夜(よざくらまや)。
黒髪ロングとすらっと長い身長が特徴の彼女だが、変人である。
ゲームを習慣化したのも彼女。わけのわからない軍隊もどきを定着させたのも彼女。などなどetc…………。
けれど、彼女の書く小説には定評があり、文芸部の出す部誌を部長の作品を読むために手に取る人もいるくらいだ。
(こんな変人だけど、小説は綺麗なんだよなぁ…………)
かくいう望も彼女の小説の一読者である。
恋愛小説であったり、怪奇ものであったり、作品の幅は年々広がっているのだが、推理ものだけは度を越えて下手くそ。
のくせに、毎度毎度没になった推理小説を僕に読ませてくるのは何故だ。
「さて、そろそろ争いは終わりだ。今月の部誌の予定がまだだからな」
かれこれ一時間半も遊んだゲームを終えて、彼女は指示を出す。
部誌に掲載できる文字数やページ数には限りがあるので、ある程度は編集をしなければならない。
また、部誌の表紙や目次なんかも部員達の担当だ。くじ引きで回ってくる。
「前もって提出された作品にはいずれも目を通したが、前回よりも皆レベルが上がっていると感じた。まず○○の作品だが――――」
ある程度部誌の形が見えてきたら、部長自ら部員の作品に対してアドバイスがある。これもうちの文芸部にある独特な習わしだと思う。
普通は人に自分の書いたものが見られるのは恥ずかしいし、笑われたりするのは嫌だ。けれど、部長は部員が嫌だと思う反応を示したことは一度もない。
丁寧に、そして的確に教えてくれる彼女の言葉には人をやる気にさせてくれるものがあるし、だからこそこの部活は良い雰囲気を保てていると思う。
仕事ぶりだけはかっこいい。それが望が彼女に抱く純粋な評価だ。
「―――――――よし、以上で本日の部活動は終了だ。ご苦労だった」
「「「「ありがとうございました」」」」
皆各々が帰り支度をする中。
「な、なあ副部長」
「なんですか、部長」
彼女が突然話しかけてきた。
それもやけにもじもじしている。
「そういえば、今日は雨だなー!だから、そのー!」
ん?なんだ…………?そうか!
確信した僕は、いつものテンションで言った。
「あ、傘を忘れたからって、貸しませんよ?僕だって雨には濡れたくないので」
「そうではない!…………うー、君は私を馬鹿にしすぎじゃないか?」
「じゃあ、なんなんですか?」
「だから、その…………一緒に帰らない、か?」
「言ったぞ………ついに部長が!」「いつもはヘタレな部長が!?」「そういえば、瞳の輝きがいつもと違う」「あれは覚悟だ!乙女の覚悟の表れだ!」
「すみません。彼女を待たせているので。では」
「……………………」
あまりの切り返しの速さに唖然とする部長を置いて、望はすたすたと歩いていく。
滴る雨の中、部長の悲痛な叫びが校舎に響いた。
「もおーーー!副部長のばかあああああああああああああ!!!」
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