18話 俺が凡人で本当に良かった。


「で、どうするよ?お前のお姫様は」


 圭の明るい声が屋上に響いた。


 相変わらず、天気は良好で蒸し暑い。

 

 でもそれを嫌だとは思わなかった。


「そんなの決まってる。もう一度告白する。俺の本心を美優に伝えるよ。真っ直ぐに。何処かの単純幼なじみみたいにね」


 俺がそういうと、圭は口角をニッと上げ、俺の手をさらに強く握った。


「いいね。それ。最っ高にいい!」

「はは、だろ?」

「ああ。最高にいい。だから僕も応援してやる」


 応援してやる。


 それはきっと圭からの挑戦状だ。


『今の優生を見せて』そう言われてるようにしか俺には聞こえない。


 これが勝手な思い上がりだとしても、勘違いでも。俺は受けて立とう。


 手伝う、ではなく、応援してるって言ってくれたんだ。


 変わった俺を見ててくれるって約束を叶えてくれた圭への恩返しだ。


「じゃあ、授業に戻るね。トイレって言って出てきたからそろそろまずいからね」

「ああ。多分もう手遅れだと思うが分かった」


 きっと教室に戻ったら圭は男子共に本当にトイレかぁ?息上がってね?みたいなからかいを受けるだろう。多分。


「ふふ、ばーか」


 俺の考えてることが伝わったのか圭は嬉しそうに軽く笑い屋上を出て行った。


 閉まったばかりのドアを俺は暖かく見ていた。


「ありがとな。圭」


 ボソリと一言を添えながら。


 俺は額に浮かんだ汗を袖で拭う。


 正直許してもらえるとは思ってなかった。もう絶好かと思った。でも、圭は言ってくれたんだ。隣にいていいって。弱くて、ダメダメな俺を支えてくれるって。


「おめでとうございます!先輩!」


 上から元気いっぱいな声と、急いで梯子を降りるリズミカルな音も聞こえてきた。


 屋上に降りるや直ぐに俺の方へ駆け寄ってくる。


「ちょっ声大きいから!今授業中!」

「へへ、そうでしたね!私なんだか嬉しくなっちゃって……つい出しちゃいました!」


 右手で自分の頭を撫でながら説明してくる。興奮してるのか、いつもより言葉に勢いがあった。


「ちゃんと言葉にできたじゃないですか。本心を言葉にして伝えたじゃないですか」

「うん」

「それは凄いことなんですよ。私は、それができなくて失敗しちゃいましたから……」


 深春は言い終えてから、後悔したように慌てて口を塞いだ。


 失敗。


 そんなの聞くまでもない。前に話していたことだろう。


「もし、もっと上手くできたら違ったかもしれなかったんですけどね……」


 顔を伏せて、悲しそうに自分を句碑する少女の姿はいつかの彼女と重なった。


「確かに違ったかもしれないな……」


 彼女の視線が俺に変わり、目が合った。


「過去は過去。なんて一言で決着をつけれないのは俺でも分かる」


 恩人が悩んでいるのなら、やるべきことはたった一つだろう。考える必要なんてない。体が勝手に答えてくれる。


「それでも、過去は過去なんだ。起こってしまったことはもうどうしようもないのだから」


 少し、深春の顔が不安に染まったのが分かった。


「だから、深春が過去で立ち止まってるなら俺がそれを歩かせる」

「どうやって……」

「そんなの簡単さ」


「さっき、深春が俺にしてくれたみたいに、元気づけてるよ。深春は俺を救ってくれたんだって、そして――――」



「深春はもう、一人じゃないよ!って伝えるんだ」


 深春は驚いたように目を開いてただ、俺を見た。


 もう、一人じゃないんだ。


 ギターを弾くのも、歌うのも、屋上で過ごす時間もこれからは一人じゃない。


「先輩……急にポエム辞めて下さいよ……」


 潤んだ瞳でそう言った。


 少し掠れている声に驚く。


 いや、ポエムって……思ったことを言っただけなんだが、そう聞こえたのだろうか。ポエムって言われると急に恥ずかしくなるな。


「でも、ありがとうございます。やっぱ先輩は先輩ですね」

「それはどういう意味だ!?」

「そのままです」


 驚く俺を見て満足したのか、深春はその場で大きく伸びをして脱力。


 よし、と一言呟いて。


「今回は特別に私の歌を聞かせてあげます」

「え!?いいのか?」

「はい。お礼ですっ」


 腕をまくり、左手を右の二の腕に当てて、任せろと自信満々ポーズ。


 これは期待できそうだ。


「じゃあ、上行きましょうか。ギターもそこに有りますから」


 そして、いち早くハシゴへ向かう深春の背中を直ぐに追った。


 ◇


 深春は壁に寄りかかり、お父さん座りでギターを抱きながら、咳払いをして喉を調整。


「じゃあ、いきますよ?」

「おう!」


 ギターの弦を指で軽く触り、意を結したように大きく深呼吸をして、歌い始めた。


「〜〜♬」


 深春を取り巻く雰囲気が少し変わたのを肌で感じた。


 今までのコロコロと変わる愉快さは全く感じ取れず、初めて会った時のような深春を目の当たりにして、今日会った時に抱いた違和感の正体に気がついた。


 深春はスイッチが入ると別人みたくなる。


 そんなあり得ない事も、一生懸命に歌う彼女を前にすれば簡単に納得できる。


 ゆっくりな曲調でA メロ、B メロと滑らかに歌い上げられる。


 彼女の透き通るような歌声に思わず聴き惚れてしまう。


 そして、それをさらに持ち上げるようなギターの音色。


 全ての調和が取れていて、それは間違いなく美しくて。


 思わず生唾を飲み込む。


 そして一瞬、演奏がピタッと止まる。


 深春は目を軽く瞑り、神経を集中させてるのが伝わってくる。


 じわりと手汗が滲む。


 次はどうなる?サビはどうなるんだ?


 たった数秒の沈黙だが、俺は今すぐに深春の歌声を聴きたいと切望した。


「言葉で、行動で、全てを尽くして僕は伝えるよ」


 そのフレーズが俺の心を奪った。


 深春の心に訴えかけるような声が、一気に雰囲気を塗り替えた。


 ノッてきたのか、深春の動きは徐々に大きくなっていく。


 その笑顔は心から歌うことが楽しいと伝わってくる。


「君の笑顔が欲しいから、君の隣に居たいから、君を幸せにしたいから」


 その歌詞で、何故君が俺に歌ってくれたのかを理解した。


 これは俺へのエールだ。


「だからもう一度言わせてよ」


 だから自然と次のワードが分かってしまった。


 その言葉は俺の口から、驚くほどにスルリと溢れた。


「僕は君が好きだ」


 俺の声と、深春の声が重なる。


 突然の出来事に深春が驚いた様にこちらを見てくるが、俺の表情を見て悟ったのかニコッと朗らかに笑った。


 最後に弾いた弦の音は泡のように小さくなってゆく。


 その音を最後まで噛み締めながら。


「これ、前の歌?」

「まぁ、そうですね。正確には前歌ってたのは未完成だったので、ちょっと、というかだいぶいじって完成させたんです」

「そっか……」


 深春の歌から伝わってきた暖かなエール。

 

 そんなものを聞いてしまったら、やるしかないじゃないか。


 そう考えたら笑いが込み上げてきた。


「はっはっははは!やっべぇ!本当にやるしかないな!」

「いや、それだけじゃないですよ?」


 分かってますよね?と言わんばかりに俺を覗き込む。


「分かってる。絶対成功させる」

「はい!また見せて下さい。2人の幸せを。この屋上で」

「ああ、任せろ!……って、そうだよな!?いつもずっとここにいるって言ってたもんな!?てことは、美優とのことほぼ全部見られてるよね!?」


 今気づいてしまった……お弁当も、膝枕も、寝顔も全て美春には見られてしまっている……。


 ああ、恥ずかし!


 ここまできたら気づかない方がよかったかもしれない。


「あそこまでラブラブだとキッパリと諦められますしね」

「え……それ、どういう……?」

「知りません!」


 意地悪そうに、子供のような無邪気さを纏いながらサラリと一言。


 戸惑う俺を見て、深春は満足そうに笑った。


「では、指切りでもしましょうか」

「ああ、構わないが」


 俺の前に突き出された小指に俺も小指で応じる。


「ゆーびきーりげーんまん、失敗したら、ギター飲ーます」

「いや、それは物理的に無理だろう!?」

「指切った!」


 そんなやりとりにくすくすと2人で笑いながら。


「さて、もう授業も終わって放課後だな」

「そうですよ。決着の時ですね」


 すると、ポケットのケータイが震えた。


「ん?圭からだ……どした?」


 突然の出来事に戸惑いながら、メッセージアプリを開き、内容を確認する。


『暁月さんは俺が話あるって伝えたから教室に残るらしいぞ。多分』


「くっくっくっ……多分って……」


 自分でセットしてくれたのに多分って言ってるあたりがちょっと照れてるのかな?と想像してしまい、笑ってしまった。


「どうしたんです?」

「いや、コレ、圭が」


 圭のメッセージを見せてあげると深春は、ほーと感心したように声を漏らした。


「じゃあ、もう方法を考える必要もないですね」

「そうだな。後は俺の思いをちゃんと伝えるだけだ」


 右拳で左胸を軽く叩いてみる。


「じゃ、行ってくる!」

「はい!行ってらっしゃい!先輩!」


 こうして俺は屋上を飛び出した。


 こんなにも体が軽いのは初めてだった。


 俺の足はどんどん前に進む。


 そして俺は気づいた。


 笑顔で見送ってくれる後輩に感謝して、歌ってもらったことに感謝して、お膳たてしてくれたことに感謝して、殴ってくれたことに感謝して、応援してくれたことに感謝して。


 こんなの知ったらもう、1人でなんでもやろうなんて絶対に思えないな。


 人との繋がりがこんなにも尊くて、強くなれるものなんて思いもしなかった。


 こんなにも苦しんで、辛くて、痛いなんて全く思わなかった。


 けど、それを知れたから。


 俺は強くなれて、成長したんだ。


 本当に、俺は凡人で良かった。


 美優が待っている教室のドアの前に着く。


 いつもは当たり前に入る教室が今日は緊張した。


 でも、引き返そうなんてこれっぽっちも思わない。


 だって、君が向こうにいる。


 これは再スタートなのだから。


 もう一度、右拳で胸を叩き、ドアをスライドさせた。


 教室に入ると、夕日に赤く染まった君が、机に座っていた。


 教室に入ってきたのが俺だと分かると、驚いたように目を大きく開き、呟いた。


「……どうして……ここにいるの?」

「話がしたいんだ。だから、ここにきたんだ」


 真っ直ぐに君の目を見て俺は始めた。


 もう、覚悟は決めてる。


 だから俺は、素直にこの気持ちを伝えよう。


 俺は胸を張り、右拳をぎゅっと握った。

 


 

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