15話 もしも君と普通に付き合ってたら


 俺と、圭の拳が交差して――――


「はぁぁぁぁぁ!!!」

「うぉぉぉぉぉぉ!!!」


 俺たちは互いの顔面を殴りあった。


 鋭い痛みと、強い衝撃に倒れないよう、なんとか震える両足に力を入れる。


 圭も同様に、息を切らし、俺を鋭く睨んでいた。


 おい、圭。


 どうしてそこまでするんだよ?


 いくら幼馴染であっても、俺をクズって呼んで、縁きって終わりにすればいいじゃないか。


 こんなにボロボロになってまで戦って。


 そんな傷だらけの幼馴染を見ているとグワン、と視界が半回転した。


 立っていたいのに、並行感覚なんて無くなって。今はただ、曇っている空を見ることしかできなかった。


「今の優生は……大嫌いだよ」


 顔に痛々しいアザを浮かべた圭が俺を見下ろしながらそう言った。


 俺は何も言えなかった。


 体を動かそうと試みるも、肝心な足に全く力が入らず徒労に終わった。


 ちくしょう、負けた。


 俺の全てを否定された。


 甘さも、弱さも、全部。


 あいつの根性に負けちまった。


 ああ、もう。


 それこそ、あいつが主人公じゃないか。


 自分の出せるもの全てを出し尽くして、正しい方法で正面から解決する。


 そんなの、俺がずっと昔から憧れてたマンガの主人公そのものじゃねぇかよ。


 もしも俺が間違えさえしなければ。


 そんなスゲェ奴の、たった一人の主人公で居れたかもしれないのに。


「クソっ………」 


 心は冷え切ってるはずなのに、アツい何かが溢れてきた。


 俺はそれをシャツの袖で必死に拭う。


「すごく似合ってるわね、その格好」


 頭上から、冷え切った声で笑うのは美優だった。

 

「予行練習彼女、ほんっと酷い呼び方ね?」


 どこか怒りの混じった声音で美優は続けた。


「いつもの会話も、告白したのも、デートも、お昼ご飯も、笑顔も、涙も全部嘘だったんでしょ?」


 本当は違うって言いたい。


 だが、俺に否定する権利があるのだろうか?


 自分が作った罪だ。


「……ああ」


 俺自身が罰を受けなければならない。


「そう……」


 落胆が混じったその声は空っぽの屋上によく響いた。


「私はあの時間が、好き、だったんだけどなぁ」


 惜しむように空を見ながら裏返る声で最後にそう残して、屋上から出ていった。


 冷めた体に、乾いた風が当たって身を凝らせた。


 頭の中で、同じ映像が何度も、何度も繰り返される。


 『全部、嘘だったんでしょ?』


 長いまつ毛を伏せながら悲しそうに呟く彼女が。


 『僕の、主人公だったんだよ!』


 弱いくせに何度も立ち上がる幼なじみが。


 俺の心の中で今も鮮明に映っている。



 予行練習彼女を思いついたあの日。


 俺は傷つける覚悟を決心したはずなのに。


 俺の中途半端さと弱さが招いた結果がこれだ。


 彼女なんて、そう思ってたのに。

 

 練習程度でいいってずっと思ってたのに。


 いつしか彼女の笑顔を見れるのが嬉しくなっていて。


 お昼の時間を楽しみにしていて。


 その横顔を見ていられることが何よりも幸せで。


 気がつたら離れたくない、なんて考えてた。将来、ずっと一緒にいれたらいいな、なんて考えてた。


 あんなにつまらなかった日常がいつの間にかドキドキで溢れていて、凄い嬉しくなったんだ。


 言葉一つ選ぶのも、君の笑顔を何回も想像して。


 行動一つ選ぶのも、君の喜びを何回も願っていて。


 そして、いつの間にか俺の行動する理由になってたんだ。


 それに俺はずっと気づかないフリをしてた。


 怖いから、弱いから。自分に言い訳するために。


 けど全てを失った今だからはっきりと言える。


「俺は、美優を好きだったんだよ……!」


 大切な物を失った俺が手に入れたのは、今はもう叶わない淡い恋心だった。

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