12話 彼女の優しさと体温


「ほら、ご飯。感謝して食べなさいよ」

「へーへー」


 昨日同様、美優の手作りお弁当を屋上で食べる。


 今日のおかずは、焼き鮭に、だし巻き卵、きんぴらごぼうなど、渋めのメニューだった。


 ふむ、洋食も美味いが和食も引けを取らない……。


 美優の料理の幅の広さに感心しながら黙々と頂く。


 もしかしたら、このきんぴら母が作ったのより美味いのでは……?


 既に主婦の腕前を越える女子高校生。わーお。

 

「……味、どうなのよ……」

「あ、うん。美味い。最高に美味い」

「語彙力低っくいなぁ……」

「うっさいな……美味しい物は美味しって言うのが一番なんだよ」

「そ、そう。それぐらいいいんだ……私の手料理……」


 あーもう……。


 嬉しそうに俯いてはにかむの止めろ。胸にキュンときちゃっただろうが。


「私、料理人になろうかな?」

「それは調子乗りすぎだと」

「そんなはっきり言わなくても良いじゃん!」

「あくまで、一般的に見て、の話だし」

「でも、一般的になら美味しんでしょ?私の、手料理」


 妙に「私」を強調しながら誇らしげに言う。


 どれだけ美味しいって言わせたいんだよ。 


「ああ、美味いよ。ちょー美味い。きっと良い……」


 そこまで言いかけて俺は話を切り上げる。


 急に話を止めた俺を心配そうに美優は覗き込んでくる。


「どう、したの?大丈夫?」

「ああ、平気だ……」


 きっと良い嫁さんになるな、なんて俺の立場で絶対に言えるはずがないんだ。


 あの一瞬で、これを死ぬまで毎日食べれる将来の夫は羨ましい、なんて思って良いはずがないんだ。


 それぐらいに俺がやってることは自分勝手で最低だ。


 それなのに、彼女と一緒に居る時間を楽しいと思ってる自分が気持ち悪くてしょうがない。


「……顔色、悪いよ?保健室、行く?」


 優しく伸びた彼女の手を、俺は強く振り払った。


「いや、いい。大丈夫だから」

「っ……」

「あ、その、ごめん……」

 

 拒絶された手を胸に当て泣きそうな目で、美優は俺を見つめる。


 ああ、クソ。何やってんだ。俺は。


 一人で勝手に自己嫌悪して、楽しい空気ぶち壊して。


 それだけでは飽き足らず、人の厚意まで踏みいじって。


 本当に、何がしたいんだよ……俺は。


「そっか、きっと疲れてるんだよね……優生は。人気者でいつもみんなの期待の中心にいるもんね」


 思わず、彼女の顔を凝視してしまった。


 さっきまで、泣きそうだったのに。そんな面影を全く感じさせず今は俺に微笑んだ。


「どう、して……」


 酷いことしたのは俺なのに、悪いのは俺なのに。


 俺は君を騙してるんだぞ?


 君に殴られたっておかしくないことをしてる。いや、殴られるだけじゃきっと足りない。


 この後に及んでも真実を言えずに、ぬるま湯に浸かろうとしている本当にクズの中のクズなんだよ。


 最低最悪な男なんだよ。


「どうしてって……そんなの決まってるんじゃん」


 これ以上、俺を嫌いにさせないでくれよ。


 もう、辞めてくれ。


 辞めて欲しいのに……。


「私は、アンタの彼女だから、だよ」


 子供みたいに無邪気に、向日葵みたいに明るく、笑わないでくれよ。


「優生……泣いてる……」

「ごめ、ちょ、変、だよな。本当に」

「ううん。全然、変なんかじゃないよ」

 

 涙が溢れて止まらなかった。


 いくら止まって欲しいと願っても、痛いほどに目を擦っても言うことは聞いてくれない。


 水道のように、ただ溢れるだけだった。


「お弁当、置いて?」


 言われた通り、弁当を置く。


 その瞬間、ネクタイを強く引っ張られた。


 俺は勢いに耐えられず美優のされるがままに。


 そしてその数秒後、優しい感触がした。


 「よしよし……頑張ってるんだね……」


 さっきまで向かい合ってた筈なのに、今は上から声が聞こえる。


 膝枕、だろうか。


 君の優しい声に、スカート一枚越しに伝わる体温。


 そのどれもが初めてで、自分でもどうしたらいいか分かんなくて。


 でも、君の声はあったかくて心地が良い。


 美味しい料理に、君の体温。


 そんな幸せすぎる感覚が俺と現実世界との意識をーーーー


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「寝顔はかわいいのね……」


 初めてする膝枕は思ったよりも重たくてびっくりしてる。

 

 こいつがこんなに泣くなんて何があったんだろう?


 正直、いくら考えても分からない。って当たり前か。


 だって、コイツは勉強も運動も完璧で。


 私が持っていないものをなんでも持ってる。


 そんな人の考えなんて分かるわけないか。


 だったら、少しでも気が晴れるように、支えてやるのが彼女、なのかな?


 よく分かんないけど。


「全く。人の膝の上で気持ちよさそうに眠っちゃって」


 普段からかわれてるお返し、という理由をつけて人差し指で頬を触ってみる。


「ん……」


 普段は絶対に出さないような声に、少し眉を寄せて顔に力が入る。そして、頭を少しずらした。


 柔らかい髪の毛が太ももに当たってくすぐったかった。

 

 声が出そうになるのを何とか我慢する。


「ふふ、本当に間抜けな顔……無防備なんだから……」


 そして、周りを見渡して人がいないことを確認。


 右よし。左よし。


 今度は頬じゃなくて、その麗しい唇に人差し指を――


 バンッ!


 急にドアが開いた。


「ッ〜〜!?」


 あっぶなーい……叫ぶ所だった……。


 一息ついてドアのほうに視線をやる。


 そこにいたのは、


「浅井くん?」


 彼氏の大親友だった。


 

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