9話 初デートの終わりに


 俺たちが最後に選んだのは――


 観覧車だった。


 「本当にこれで良いのか?最後だぞ?絶叫系もまだギリ間に合うけど……」

 「うんうん。これで良いの。これが良いの」

 「そうか……美優がそういうなら」

 「うん。ありがと」


 そう言って、俺に優しく微笑んだ。


 観覧車が放つ七色のライトはどこか儚く見えた。


 下から見た観覧車はまるで時計の様で。


 ゆっくりと、ただゆっくりと回っている。


 これぐらい、時間の流れがゆっくりだったらどれだけ違っただろうか。


 「どうしたの……上ばっか見て」

 「いや、なんでもない」

 「そう。すごく、寂しそうだったけど?」

 「……そんなでもねぇよ」


 見透かされてたことに思わず言葉が詰まってしまった。


 「……」

 「さ、行こ?」

 「あ、ああ」

 

 俺がぼうっとしている間に美優は歩き出した。


 「2人です」

 「はいよ」


 係員に人数を伝え、扉を開けてもらい俺たちは観覧車に乗り込んだ。


 向かい合って座る俺たち。


 「これでもう、終わりだね……」

 「そう、だな」

 「不思議だよね。あんなにケンカばっかりだったのにいざ終わりが来ると寂しくて仕方がないの」

 「……」

 「だから観覧車にしたんだ……」

 「……」


 返す言葉も思いつかず、美優の小さな声が狭い車内に響いた。


 どうしてだろうか……。


 所詮は予行練習なのに。


 本番に備えた練習でしかないのに。


 なのに、本当はもっと話したい。


 君を笑顔にしたい。


 もっと近づいて、君を感じたい。


 なのに、胸の苦しみがそれを邪魔するんだ。


 きっと楽しければ、嬉しければそれ程に後が辛いから。


 また、俺は自分に嘘をつくんだ。


 自分を守る為に。


 本当にどうしようもない奴だよ。俺は。


 「ねぇ」

 

 呼ばれて顔を君の方に向けた。


 俺はずっと下を俯いてたことに今気づいた。


 「泣いてるよ……?」


 言われて目尻を拭ってみる。


 俺は泣いていることに今気づいた。


 「悲しいの?」


 その声が俺の左側からする事に今気づいた。


 どうだろう、って自信無さげに言ってみる。


 「そっか。そんな時もあるよね」


 そう言いながら優しく受け止めてくれた。


 「ねぇ、もうすぐ頂上だよ?」

 「あ、ああ。ありがと」


 袖で涙を雑に拭いつつ、鼻を啜って顔を上げた。


 そして、窓の景色を見てみると、


 地上に夜空が広がっていた、なんていうのはありふれた表現かもしてないが本当にそう思った。


 「綺麗……」


 まるで外の景色に吸い込まれるように俺は夜景を見ていた。


 「元気、でた?」


 そう聞かれて視線を左に送ると、優しく俺を見つめる彼女の顔があった。


 「うん。出た……」

 「そっか」

 「なんか、ありがとね。気使わせたみたいで」

 「いいや。そんなんじゃないよー。私がしたいからそうしただけ。だから気にするなよ!」


 勢いよく言葉と平手を俺の背中にぶつけてくる。


 痛ったぁ……。昨日圭に打たれた所に偶然ヒットする。


 ん?俺重要なこと忘れてないか?


 あの時の会話が脳内で再生される。


 『そっか。少しは進展させろよー』

 

 『少しずつでいい。手を繋ぐでも、ハグでも。自分から行動すればそれで良いんじゃないの?』

 

 『そうだよ。優生は男の子なんだから』

 

 あ……そうだった……。俺は一歩踏み出さなければならないんだった。


 目的がすっかり頭から抜けていた。


 ヤバい……これじゃ、圭になんて言えば……。


 ここまでお膳たてしてもらったというのに。


 観覧車もう半分を過ぎている。


 なんならもう、270℃は回ってる。


 時間がない!


 「くっ、くく、ははっ」


 俺が焦ってるなか、隣から笑い声が聞こえた。


 「何だよ?」

 「うんうん。何でもない。アンタの痛がる顔が面白くて……つい」

 「何かはあるんじゃねえかよ」

 「……確かに言葉にしたら面白くないかも」

 「何か言った?」

 「いーや!何でもなーい!」


 人を叩いた上に笑いやがった。そしてこの態度。


 俺の彼女、結構やりやがります。


 「っと、時間だね」


 って、オイ!


 終わっちゃったじゃん。


 「何してんのー?出るよ。ここに泊まる気?」


 先に外に出た美優が唖然としてる俺に言った。


 「泊まりません……」


 とりあえず、重い腰を浮かして観覧車の外に出た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「んん〜!!遊んだねぇ!」

 「そだなー」


 バス停で伸びをしながら美優は楽しそうに語った。


 「いやー付き合ってこんなに早くデートするなんて思わなかったよ!それにチケットも用意してもらっちゃったしさ」

 「まぁ、一応、彼氏、なんで……」

 「んー?聞こえないよ?彼氏さーん」

 「それもう聞こえてるよな!?」


 チケット用意したのも俺じゃないんですけどね。

 

 圭に感謝。ありがとう。圭。


 「……でさ、何で私が最後に観覧車選んだか……分かる?」

 「いや、えーっと……」

 「分かんない?」


 クスリ、と笑いながら俺の胸ぐらを軽く握って顔を寄せてくる。

 そんな大胆な仕草に思わず目を逸らしてしまう。

 しかし、それは悪手だったようで、顔との距離が出来た分さらに詰められる。


 薄い街灯に反射して強調される艶やかな髪と、君の震える手がすぐ近くにある。


 チャンスじゃないのか?


 急な状況に照れていると、もう一度圭との会話が再生された。


 そうだ。チャンスなんだ。


 二回逃すわけには行けない。


 強く決心してまずは、俺の胸ぐらにある彼女の手を握った。小さくて、柔らかいのに、彼女の体温が直に伝わってくる。


 こうすれば、彼女は驚いた顔で、こっちを向く。


 そして、攻守逆転。攻めてると思ったのに、意表を突かれて急に入れ替わって驚く。そんな精神状態だからこそ、俺は迷わず振り切った。


 ゆっくりと、顔を近づけてゆく。


 薄暗い街灯と、紅い顔を頼りに。


 そして、彼女の体温が、直接肌に感じる。


 あと、数ミリ。


 ミリ単位の大きな勇気を振り絞って俺は――


 プシュ――!


 俺の動きが止まる。そして、美優も目を開けて俺から距離を取った。


 「バス……来たけど……?」

 「……そですね」


 運転手さん……もうちょっとゆっくりしててもよかったんですよ……?


 俺は重い足でなんとかバスに座った。


――――――――――――――


 「じゃあ……」

 「……うん。ありがと……」


 駅で彼と微妙な雰囲気で挨拶を交わし解散する。


 そりゃあ、こうなるよね……。


 後ろを振り返り、彼がいなことを確認すると取り敢えず近くにあるベンチに腰をかけた。

 

 目を瞑り、深呼吸をして落ち着かせてみる。


 何だろう……胸がドキドキする。


 顔がニヤける。何もしていないのに。


 駅で人目もあるのに。


 私、変だ。


 大嫌いなのに。振ってやりたいのに。


 今すぐにでも別れたかったのに。


 観覧車を選んでしまった。


 1番長く乗れて、2人きりになれる乗り物に。


 そんなの、もう告白してるようなもんじゃないか。


 あなたともっと居たいです。この時間が終わってほしくないですって。


 だから、彼が泣いてる時、思わず隣に座ってしまった。


 この胸が、どうしようもないぐらいに締め付けられたから。泣いている姿なんて見てられなかったから。


 そんな自分を否定したくて、最後に悪戯してやった。


 それなのに、悪戯されるどころか本気にされちゃって。もうちょっとで、キ、キス。されちゃうとこだったし……。


 けど、思わず残念、だなんて言葉が湧いてきて。


 言葉と行動がチグハグだ。


 絶対に他のみんなには見せない顔。


 あんなうるさくて、天野濁な私なんて彼ぐらいにしか見せない。


 いや、彼には見せてしまうんだ。勝手に。


 もう、いいや。


 ここまできたら認めるしかない。


 私、暁月美優は、伊川優生の事が――――


 好きなんだ。


 私はベンチから立ち上がって歩き始めた。


 早く帰って作戦を練ろう。もっと惚れさせるために。

 

 肌や髪だって整えなくちゃ。もっと可愛くいるために。


 やりたいことで溢れてる。


 ああ、本当に好きって、幸せ!


 見上げた月は驚くほどに輝いていた。


 

 


 

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