7話 嘘つきな僕


 「優生!」


 昼休みからずっと、魂が抜けた様子の幼なじみの名前を呼んでみる。


 こうしていつものように並んで帰り道を歩いているが、優生からの返事は一回もない。


 「優生」


 もう一回呼んでみる。


 ……ダメだ。目が死んでやがる。


 仕方ない。こんなことしたくはないが……。


 「目の前に美優が!」

 「ホンマか!?」


 目を見開き大声で叫ぶ優生。そして、キョロキョロと辺りを見渡す。


 ビンゴだ。今日の昼休み美優と何か有ったな。


 くそっ。羨ましい奴め。


 「ごめん、ごめん。ウソ」

 「あ、ああ。ウソか……」

 「怒った?」

 「いや、少し目が覚めたよ……ありがたい」


 どうやら自覚はあったらしい。


 にしても、何があったのか気になるな……。


 直接聞いてみるか?いや、無理に介入しない方が良いか。本当に困ってたら優生の方から話が出るはずだ。それまで待つとしよう。


 僕がやるべきことはキッカケ作り。


 いわば、起爆剤的な。


 「チケット渡せた?」

 「うん。ごちゃごちゃ言いながらも受け取った」

 「へぇ」


 そんなことを何となく言う優生を横目に、僕は思考を巡らせる。


 美優はクラスの中心的人物で人気者だ。


 人との付き合い方を分かっている彼女が貰い物にケチをつけるわけがないのだ。


 だってそんな事をしたら好感度が下がることをきっと分かっているから。


 そう考えると自ずと答えは出る。


 彼女が素直に慣れない理由なんてそんなのーーーー


 「〜〜っ!?」


 考えて、胸が苦しくなる。


 どうしようもないぐらいに苦しくて、無限に感情が内から湧いてくる。


 けど、ダメだ。我慢しなくちゃ。


 僕が彼と関わり続けるには自分を捨てなければいけない。


 だって、隣を歩く人はもう決まってる。


 それに、彼女の反応を想像すればするほど鮮明に浮かんでくる幸せの像。


 だから、嘘をつかないと。


 幼なじみで親友の浅井圭で居続ける為に。


 「そっか。少しは進展させろよー」

 「進展って……初めてのデート?だぞ?急にそんなこと言われても」

 「少しずつでいい。手を繋ぐでも、ハグでも。自分から行動すればそれで良いんじゃないの?」

 「ハ、ハグね……。そうね。自分から行動することが大事だよね」

 「そうだよ。優生は男の子なんだから」

 「男だからって……そういうもん?」

 「そういうもん!」


 そう吐き捨てて親友の背中を思いっきり叩く。


 「イッタ!急に何をする!?」

 「頑張れよ!間違っても、これを彼女から顔に喰らうことがないようにな!」


 優生が痛みに悶えてる間に、僕は走り出す。


 「じゃあな!明日!頑張れよ!」


 手を振りながら叫ぶ。おお、と元気な声が背中から聞こえた。それに振り返ることなく僕はただ走る。


 行き場のない気持ちを燃料にして。


 そして立ち止まり、呼吸を整える。


 「ふふっ……」


 不意に、優生が痛がる姿を思い出してしまい笑いが溢れた。自分でもビックリだ。まさか優生を思いっきり叩くなんて。


 きっとそれくらいに、俺はまだ彼女の事を――――


 「あれ?浅井くん?」


 聞いたことのある声だ。あるいは、いつも僕が聞きたいと願っている声。


 その正体は、直ぐに浮かんできた。


 「あ……暁月さん……」

 「どうしたの?一人で笑って……何かいいことでもあった?」

 「いや、まぁ、あったっちゃ、あった……かな」

 「ふーん気になるなぁ」

 「言葉にすると面白くないから」

 「はは!それ!あるよね。説明したいけど、言葉にすると面白くなさそうだから迷うやつ」


 偶然にも会った優生の彼女、暁月美優は声を弾ませながら楽しそうに話す。


 「話てくれる?」


 真っ直ぐに、純粋な瞳で僕をみる彼女。


 話せばもっと君と居れるかもしれない。


 でも、そうしてら君はもっと彼のことを、知らない一面を知ったらきっともっと熱くなってしまうから。

 

 僕は、僕に嘘をついた。


 「そういえば、暁月さんは買い物帰り?」


 手に紙袋を持ってたから話題をずらす為に聞いてみる。


 「うん……洋服をちょっとね……」


 そう言って、袋を大事そうに抱く。


 「そっ……か……。楽しかった?」

 

 明日デートで今日わざわざ洋服を買うなんてそんなの誰の為、と考えなくても勝手にイメージが沸いてくる。


 その事を考えないようにするために、或いは、自分を守る為に適当な話題を振った。


 「うーん……楽しかったけど……緊張、したかな」


 またしても、胸が苦しくなる。


 だって、緊張してると言った彼女はとっても嬉しそうだったから。


 早く彼にみせたいって、雰囲気から伝わってきたから。


 「って、私、何言ってるんだろ!?服買うだけなのに緊張とか……恥ずかし!」


 我に帰ったような反応で、彼女はさらに顔を赤く染めた。


 「はは……」


 その笑いは自分でも驚くほど感情が入ってなくて。


 「じゃあ、帰るね。また月曜日」

 「またね。良い休日を」

 「うん。浅井くんもね」


 そうして挨拶をし、お互いにすれ違う。


 チカチカと点滅する街灯が妙に僕の心に馴染んだ。


 そうだ。分かった。


 僕が優生を叩いたのは照れ隠しでも何でもない。


 誤魔化す為だったんだ。


 この胸の痛みを否定したかったんだ。


 俺よりもっと痛がってる奴がいるって安心したかったんだ。


 だって、そうでもしないと壊れてしまいそうなぐらいに苦しかったから。


 

 

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