6話 素直になれないのは何で?


 「これ」

 「は?」


 昼休み。俺が手に持ってる物を渡すと、美優は怪しいと言わんばかりの視線を送ってきた。


 いや、は?は無いだろ。


 ありがとう、とか嬉しい、とか他に言葉は沢山有るじゃろがい。


 全く……。顔は可愛いのに……。勿体無い。


 「は?じゃなくて、これ。一緒に、い、行かないか?」

 「いつ?」

 「えーと……今週の、土曜日、とか?」


 慣れないことで思わず途切れ途切れになってしまう。

 

 「まぁ、良いけど……もっとハキハキ喋りなさいよ」

 「くっ……」

 「何、くッって……マンガの見過ぎじゃない?」

 「そんなことねぇよ。大体くッ、だけでマンガの読みすぎとか分かるお前の方がマンガ見てるんじゃないの?」

 「はぁ!意味わかんない!別に何見ようと私の勝手でしょ!?」

 「そうだねー」

 「聞いてるの!?」


 何で約束するだけでこんな会話に成るんだよ。


 俺は美優が熱くなってきたのを察知して、一人で焼きそばパンを齧った。


 うん。今日も変わらぬ美味しさ。流石だ。


 「ねぇ!私のこと無視!?本当にあり得ないんですけど!?彼女無視とか……」

 「……」


 聞こえぬ振りをしてまたパンを一口放り込む。

 

 さっきから美優が俺のことをチラチラと見ているが気にしない。


 何となくここで気にしたら負けの気がする。


 「いや、ここまで無視する!?」


 美優が泣き目で俺の肩を掴んできた。


 潤んだ瞳からは強い降参の意が伝わってくる。


 いくら予行練習彼女だからといって流石にこれ以上は可哀だ。

 

 俺もそこまで鬼じゃない。


 「ふっ、ごめ――――」


 軽く謝って話し始めようと口を開いた瞬間。


 ネクタイを引っ張られて、正面に座っている美優に引き寄せられる。


 不意を狙われた俺は反応できずそのまま地面に倒れ込む。


 彼女を下敷きにして。


 その瞬間、強い衝撃に腕がビリビリと痛む。


 感覚的に俺の腕が美優の下に有るから大事には至らなかったと思うが……。

 

 「ごめ!……だいじょぶッ!?」

 

 謝って、目を見開いたら彼女の顔がすぐ近くにあった。


 力強く目を瞑り、何かに怯えるような美優。


 掻き立てられる保護欲に、思わず見惚れてしまった普段との温度差。


 さっきまでの強い威勢はどうしたのやら。今は少女らしさ全開の可愛い女子高生だった。


 「ッ!?」


 そして、美優によってまた抱き寄せられる。


 今度は美優が俺の背中をギュッと包み込み、密着度が上がる。


 彼女の生暖かい温度が俺の頭を沸騰させた。


 さらに、考える暇なんて与えられずに俺の耳元で囁かれる甘い誘惑。


 「やっとこっち向いてくれたね」


 彼女の柑橘の匂いと、妖艶な笑みに眩暈がした。


 回る視界に、まとまらない思考。


 こっからどうすればいい?


 足りない経験で何とか考えようと――――


 その時、ペチンっと俺のデコが音を上げた。


 同時に微かな痛みに襲われる。


 「ばーか。重いんですけど?」


 さっきまでの乙女モードとは一変し、普段の美優に戻った。


 そんな様子に合わせて体制を戻し、立ち上がる俺たち。


 「ご、ごめん」

 「いや、引っ張ったのは私だから、悪いのも私」

 「あ、うん……」

 「……」

 「……」

 「じゃ、じゃあ、私はこの辺で!お昼は友達と食べるね!」


 そう言って屋上の扉勢いよく開ける美優。

 

 屋上に1人取り残された俺はただ、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。



ーーーーーー


 ばかばかばかばか。


 頭の中で何度も同じ単語が繰り返される。


 急いで屋上から逃げてきて、今は使われてない教室に入り、乱れた呼吸を回復するために深呼吸をしていた。


 どうしてあんなことしちゃったんだろう?


 前から。私は彼のことが嫌いだった。


 全部をつまらなそうに作業する姿が何よりを嫌いだった。


 適当な授業も、あくびをしている横顔も、面倒臭そうにやる体育も。全てが気に食わなかった。


 周りの女子はそんな伊川を見て、クールとか何とかって言ってたけど、私は全然そうは見えなかった。


 なのに、話しかけれられたら胸が少し熱くなった。


 なのに、馬鹿にされたらちょっと強く返しちゃう。


 なのに、無視されたら、ちょっと悔しかった。


 ああ、もう。思い出したらまた恥ずかしくなってきた。


 彼の驚く表情に私を支えた太い男の子の腕。

 

 心配そうな顔と、熱い体温。


 〜〜っ!?


 ばかばかばかばかばか。


 またしても繰り返されるあいつの悪口。


 本当に意味わかんない。


 ふってやろうって思ってるのに。これじゃまるで私の方が、落ちてるみたいじゃない。


 いや、そんなはずが無い。


 私の勘違いだ。


 きっとこの緩む頬も、熱い顔も、激しい心臓の鼓動も全て、全て。


 私の勘違いだ。


 ーーーーきっとそうに違いない。


 私はブレザーの震源地をギュッと握った。


 「……ばか」


 口から溢れた言葉は虚しく空の教室に響いた。

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